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これまでドリュフェルノやリリアナをはじめ、たくさんの生命を生み出してきた大樹が、大精霊として生まれ変わった。
闇から希望が生まれた瞬間だ。
大精霊は背中に大きい綺麗な翼を持った人間に近い姿として人々の前に現れた。そして、この世に生きる生命全ての頭に直接、ドリュフェルノが狂った理由を語り始めた。
大精霊はウランと名乗り、自らが選んだ人間に加護を授けると言い、加護を授けた証拠に選ばれた人間にはその加護に関連する紋章を刻むと言い、どうかドリュフェルノを止めるよう人々に願った。
後に、この紋章は大精霊ウランの祝福と呼ばれるようになる。いまレイチェルが生きる時代の貴族達全ての者が、この祝福を授かった紋章持ちの子孫である。
そして、選ばれた人間の中でも、もっとも強く美しい魂を持った者に、大精霊自身の力全てを授け、その証にその者の背中には大精霊ウランの大きな翼の紋様を残した。
その、力を授かった者ヒューベルトこそ、現在の聖ウラングランド帝国の創始者である。
ヒューベルトは、力を授けてくれた大精霊ウランに感謝の意を込めて自らを、ヒューベルト・ウランと名乗り、竜帝王ドリュフェルノ鎮静軍を設立。
大精霊ウランにより紋章を授かった者は、全て鎮静軍に所属し、ヒューベルトとともに竜帝王ドリュフェルノ鎮静のため身も心も捧げた。
全ては世界に再び希望と言う明日をもたらすため。そして今までたった1人で苦しみ藻掻いてきたドリュフェルノ竜帝王に安らかな休息をあたえるために……。
大精霊ウランの力をほぼ授かったヒューベルト以外に、紋章を授かった者の中でも大きな力を持つ選ばれし五人の者がいた。その者達こそ、5大貴族の先祖である。
この選ばれし五人はヒューベルトの側近として、鎮静戦争で力を発揮し、大きく貢献した。
竜帝王ドリュフェルノ鎮静軍設立から、実に15年の時が経ち、多くの血が流れ多くの命も失われたが、ようやくドリュフェルノ鎮静に成功した。
ドリュフェルノと激しい戦闘の際、ヒューベルトの中に消えたウラン大精霊の力で、かつてのリリアナ妃が光に包まれた状態で現れ、真実を語りドリュフェルノを止めたのだ。
そして、リリアナ妃を包んでいた光がドリュフェルノまでも包み、ドリュフェルノ竜帝王は亡骸も残さず光となり、心底愛した番リリアナと共に淡く儚く消えていった。
リリアナの登場で自我を取り戻したドリュフェルノは、ヒューベルトと大精霊ウランに感謝し、自らが滅ぼしかけたこの世を案じ、竜の加護をヒューベルトに授けた。
こうして、竜帝王ドリュフェルノ鎮静戦争は終わり、世界は平和を取り戻したのである。
人々は、大精霊ウランとヒューベルト、そして選ばれし紋章持ちに感謝した。
ヒューベルトは人々や紋章持ちに慕われ、ドリュフェルノ亡き後の新たな帝王になった。実に約700年ぶりの新しい王の誕生だ。
ヒューベルトは帝王となった際、大精霊ウランに感謝の意を表すため、帝国名を聖ウラングランド帝国と新たに名付けた。さらに大精霊ウランを奉る神殿を建て聖ウラン教を国教とし、人々の心にいつまでも大精霊ウランへの感謝を忘れないようにした。
そして、亡きドリュフェルノ・ハイデングランド竜帝王の追悼の気持ちと、かつて正常であった素晴らしい時代のハイデングランド帝国への愛国心を込めて、自らの名前をヒューベルト・ウラン・ハイデンと改めた。
聖ウラン教は今でも変わらず国教であり、聖ウラングランド帝国の国民だけではなく、その他の二つの国からも信仰されている。
かつて一つだった国は、レイチェルが生きている今では三つの国になっていた。
これは、ヒューベルトとその他紋章持ちによって、わざと三つに国を分けたのだ。
今後また、竜帝王ドリュフェルノ鎮静戦争のようなことが起こらないとは限らない。そのときの為に、世界を一つではなく三つに分けようと話し合いのもと決められた。
まずは、ヒューベルトが治める人間を中心とした国、聖ウラングランド帝国。そして、獣人の中で最も強い紋章持ちが治める、獣人を中心としたグレートフィール王国と、若きエルフとドワーフの紋章持ちが率いるアイゼンゲイン公国が設立された。
こうしてかつて、世界のすべてを治めていたハイデンランド帝国の時代とは違い、現在は聖ウラングランド帝国が5割、残りの半分ずつを、グレートフィール王国とアイゼンゲイン公国とで分け合い、治める形となったのだ。
聖ウラングランド帝国の領地が大きいのは、単純に人口と繁殖力の問題だ。人間の繁殖力とその他生命の繁殖力は大きく異なってくるからだ。
ヒューベルトは、紋章持ちは加護を持たない普通の国民を守るべき立場にあると考え、国の領地をさらに細かく分けて管理するような制度を設けた。
それまで圧倒的な力とカリスマによって治められていた帝国の半分ほどの地だが、何れだけの加護を持とうと、ヒューベルトは結局ただ一人の人間だった。
人間たった一人が、いくらこれまでの半分の領土とはいえ、されど世界の半分を治めることは不可能だと考えたためだ。
ヒューベルトが設けた制度が後に身分制度と代わり、今の貴族と平民が出来上がったのだ。もちろん紋章持ちが貴族であり、加護を持たない普通の人間が平民である。
そして、祝福の紋章は今の時代までも、先祖から子孫へ脈々と受け継がれ、昔から変わらず紋章持ちとして加護を持たない領民を良心的に治めている貴族もいれば、我こそは希少な紋章持ちなり!と踏ん反り返って贅沢をする本末転倒貴族もいる。
しかし領民を守るため、貴族はこれまでの歴史をしっかり学ぶ義務があるので、あくまで少数派だ。
そして、その貴族の中でも飛び抜けて大きな力を持っているのが5大貴族である。鎮静戦争で活躍した選ばれた紋章持ち5人を先祖に持つ貴族だ。
水の力の加護を授かった、リルモアナ公爵家
風の力の加護を授かった、アイレヴェール侯爵家
火の力の加護を授かった、イルブラム侯爵家
緑の力の加護を授かった、ツェペリロッセ侯爵家
そして、大地の力の加護を授かった、レイチェルが産まれたソイルテーレ公爵家だ。
この5家のみで世界にありとあらゆる厄災を起こすことが可能であるため、ヒューベルトと5家の先祖は、制約を交わした。
それが己の力で他を意図的に傷つけないという、シンプルかつ強い制約である。制約は5家に産まれる子孫全ての者に受け継がれてきた。
よって現在も、この5家に産まれた者は、産まれた瞬間から神殿にて制約を行うのだ。
しかし、日常生活に必要な力や、守るための力は発揮できるため、特段不便はない。まぁ、レイチェルにとっては不便この上なかった制約だろう……。
この制約、万が一の際は神殿にて一時破断が可能だが、今まで1人として破断した者は居ない。幸福なことに、聖ウラングランド帝国が誕生してから、これといった大きな厄災もなく平和であったためだ。
何かを守る力は存分に発揮できるので、破断までせずとも乗り越えられてきたのだ。
一方的に悪意を持ち他を傷つけないというこの制約は、シンプルであるために故に強い。そして、これを破ると身体の中から全ての力が抜ける。つまりは、呼吸どころか全ての臓器を動かす力も抜けるので、死ぬのだ。
なんとまあ、シンプルだ。シンプル故に守ることも簡単だが、破ると怖い。
簡単に、これまでレイチェルとして生きて学んだことを纏めたノートと歴史書を比べ、記憶違いがないかを確認した。
この世界で生きる者なら知っていて当然のことばかりだが、乙女ゲームにこんな歴史…とも言う設定なんて当然のことながら無かったと思う。
これはどうやら、私が持っている妹譲りの情報だけでは上手くいかなそうだなとため息をついた。