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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
ヒロインなのに悪役令嬢のバッドエンド迎えました
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 近衛兵と図書室に行ってからすでに四日が経ち、穏やかな日々が帰って来ていた。近衛兵はレイチェルさんに会えるまであと二日はかかると言っていたが、きっとドリスさんの件もあり予想以上に忙しいのだろう。

 あれから部屋を尋ねて来るものは誰もおらず、ご飯だけが律儀に1日3回運ばれて来ていた。平民は1日に3食も食べないのだが、ここに来てすっかりと体が馴染んでしまい昼前になると律儀にお腹が鳴くようになってしまった。ユリウスは1日3食食べれているのだろうかと考えると胸に痛みを覚える。頭を振って、読みかけの本をゆっくりと閉じた。

 近衛兵に図書室へ連れて行ってもらって追加の本を借りたから、この四日間それほど暇はせず過ごせていた。


 コンコンとノックの音がしたあと、きっとお昼ご飯だろうと思っていた私は驚いて倒れてしまいそうになった。

 そこにはセドリック殿下がいたからだ。思い出してからは初めての対面だった。殿下のあとにレイチェルさんも現れ、その後ろには近衛兵も居る。


「やぁ。君とは、初めましてだね」

「え、は……はいっ」


 私は慌ててベッドから立ち上がりできるだけ頭を床に近い位置まで下げようとしたが、レイチェルさんが「そこまでしなくていいのよ」と、それを止めた。


「しばらく会えなくてごめんなさい……」

「い、いえ! そんなっ、とんでもないですっ」


 おそらく自分の処分を決めていたのだろうと推測していたし、近衛兵からも時間がかかると聞いていたからそれほど寂しい一週間ではなかった。殿下に座るようにと言われ、私はできるだけ背筋を伸ばして姿勢良くベットの端に少しだけ腰掛けて座る。


「……私、覚悟ならできています」


 ここにセドリック殿下がいるということは、きっと恐らくそいうことだろうと察しての言葉だった。


「勇ましいお嬢さんだね。まるでレイチェルみたいだ」

「……セディ」

「わかってるよ。さて、エレーナ嬢。いや、エリーと呼んだ方がいいかな?」

「……どちらでも構いません。今は全て思い出してますので……」

「では、エレーナ嬢と呼ばせてもらうよ。君に正式な処分を下す」

「――どのような処罰でも謹んでお受けします」


 頭を下げてできるだけ忠誠心を示す心がけをする。


「――いい心構えだね。では伝える。君は、前オーウェン・ハイム子爵から脅されていたことや、君に責任能力が無かった点を考慮し、情状酌量の無罪を言い渡す。この決定はすでに決まったもので覆すことも変えることもできない」


 覚悟はしていたものの現実には少し恐ろしくなり震えそうになる体を必死に抑えていたが、殿下の思いもしなかった言葉に口をあんぐりと開いてしまう。

 レイチェルさんはどこか嬉しそうな表情を浮かべていた。


「……し、しかし、私はっ」

「――まだ、あるから聞きなさい。ここからは処分ではなく君のこれからについての話だ。エレーナ嬢、君には現ハイム子爵となったユリウス・ハイム子爵の補佐役を命じる。ハイム子爵家はユリウスが責任能力を果たせる年齢になるまで、アイルヴェール侯爵家が後ろ盾となり支持することとなる」


 思いもしなかった処分と命令で、頭の中はどんちゃん騒ぎだった。てっきり死罪だと思い込んでいたから、私は自分の人生の幕閉じる準備しかしていない状態なのだ。


「以上が君への処分通達だ」

「……でもっ! 私はっ……!」


 こんなことがあって良いはずがないと必死に抗議しようとするが、レイチェルさんにやんわりと抱きしめられて止められる。


「――エリー。もういいのよ。もう全て終わったの。私も貴方も、もういいの。カイン伯爵子息も貴方のおかげで目が覚めたようだし、彼の紋章も綺麗に消えたの。だから、もういいのよ」


 レイチェルさんの言葉がそれまで頑なだった私の心をゆっくりと解していく。あんなに疲労感から逃げたいと思っていたのに、レイチェルさんの言葉だけで救われる気持ちになれるのだから、私は相当レイチェルさんに依存して居るのだとも思う。

 瞳にだんだんと涙が溜まっていきとうとう溢れ出す頃には、疲労感から全て放り出したくなってしまった自分と、罪からの解放されるかもしれないという安堵感が入り混じっていた。


「――いいのでしょうか……本当に……私が許されて……いいのでしょうか……」

「いいのよ。……そもそもエリーは何もしてないもの。むしろ私を助けてくれたのよ? それも二度も。だから、エリーもエリーとしてちゃんと自分の人生を生きないと。ユリウス子爵も貴方の帰りを心待ちにしているわ」


 背中を一定のリズムでさすってくれるレイチェルさんの言葉に返事をしたいが、ついに嗚咽まで出てしまいうまく答えれそうにない私は必死になって首を上下に動かした。

 私がようやく落ち着いたころ、レイチェルさんは私を離してにっこりと綺麗な笑みを浮かべた。目尻にはうっすらと涙の跡が残っている。


「――これからも私の友達としていてくれる?」

「っ……! はいっ!」


 私は感極まってしまい失礼だとかそういう理性が吹っ飛んでしまい、レイチェルさんに抱きついてしまった。レイチェルさんは驚きはしたもの嬉しそうに笑って私を受け入れてくれる。


「――なんだか妬けるね……そろそろ、いいかな?」


 しばらくレイチェルさんと抱き合っていると、セドリック殿下が私からレイチェルさんを笑顔でベリベリと剥がし、隠すつもりもないむき出しの嫉妬の目を私に向けてきた。


「もう、セディ! せっかくエリーから抱きついてきてくれたのにっ! 台無しじゃない!」


 拗ねたように振る舞うレイチェル様も美しい……思わずうっとりと見惚れていると、セドリック殿下が後ろに待機し存在を消していた近衛兵を自分の横に引っ張り出し私に話を始めた。


「エレーナ嬢、ここからは私の提案だ。君の弟が当主となったハイム子爵家だが、君一人だと何かと厳しいところも出てくるだろう。そのためにアイルヴェール侯爵家がサポートにつくのだが、この際そこの子息と縁談を結ぶのはどうかな?」

「……え、縁談ですか?」

「あぁ。そうすれば子爵家はずっと侯爵家の支援を無料で無期限で受けられるし、君にとっても良い話だと思ったんだが、どうかな?」


 今日は思いもよらないことばかり伝えられるなあと思いながら、殿下の言葉を必死に理解するため頭を動かした。


「……あの、私なんかと縁談を結ぶのは可哀想では……それに身分も違いすぎます……」

「それが相手側が乗り気でね。それに君はもう無罪判決が出ているし、あの件を知るものも私の手の範疇だから、そんなに自分を卑下することはない。身分については、侯爵も侯爵夫人も君を大歓迎しているようだし何も問題はないよ。周囲に何か問題が生じるようであれば、その際は私がなんとかしよう。私としても、君には新しい君だけの人生を送ってほしいと思っているよ」


 爽やかな優しい笑みを浮かべているが、おそらくは私をレイチェルさんから遠ざけたい一心なのだろうと察した。そんな殿下の横でレイチェルさんは心配そうに私を見ていた。

 正直、自分には結婚なんて無理だろうと思っていたし、罪を償うことばかりを考えていたから、誰かと縁談を結ぶことすら想像できなかった。その上に、相手が侯爵家だなんて恐れ多くて本心は辞退したいが、この先ユリウスを支えていくためには必要なことだと言うことはバカな私にも理解できた。正直な気持ち、男の人と生活してくことは未知であるし、恐怖心もある。だが、ユリウスの足手まといには絶対になりたくないと思った。


「――エリー、もし嫌なら……」


 レイチェルさんが、私を気遣いながら心配そうに見つめている。

 私は安心させるために無理やり表情筋を動かした。母さんが病に倒れてから、母さんやユリウスに心配をかけないように必死で表情を取り繕ってきたからか、今ではこの笑みは板についてしまった。


「もし、その方がご自分の意思で私を受け入れてくださるとおっしゃているのであれば、ユリウスのためにも私はその方に嫁ぎたいです」

「そうか! それは良かった! 良かったな! クリス!」


 殿下は満面の笑みを浮かべて、隣にいる近衛の肩を叩いた。私は一瞬で自分の選択が間違っていたことに気づく。


「……ま、まさか……!」


 殿下の隣にいる近衛兵と殿下を交互に見て、思わず顔から血の気が引いていく。近衛兵は私の方に一歩近づくと手を伸ばした。おそらく私も手を差し出さなければならないことは雰囲気で分かったが、驚きで体が膠着して動きそうにない。


「俺が、貴女をもらい受けるクリスフォード・アイルヴェールだ。責任を持って貴女と、貴女の家族を守っていくと約束しよう」


 目の前の近衛兵が何を言っているのか理解できない。言葉はわかるのに理解ができないのは、この部屋で目をさましてから何度も経験したことだった。そのときもこの近衛兵の言葉の意味がまったく理解できなかったなと思い出すと同時に、あの頃の恐怖も同時蘇る。

 いつも私のことを鋭い目で射殺さんとばかりに見ていた男が、私との結婚を受け入れているはずがない。きっと、何かの間違いだしそうであってほしいと思いながら、私の口から出た言葉は私の意思ではなかった。


「――……い、いや……」


 小さく消え入りそうな声だったが確実に、三人に届いてしまった。必死に何か言い訳をしなきゃと考えるもうまい言葉が出てこない。


「――泣くほど嫌か……」


 近衛兵がさも無表情でそう言い放ったことで、自分が泣いていることに気づいた。きっとあのときの尋問を思い出したことで溢れてしまった涙だろう。あの頃の記憶は私のトラウマになっていた。私は手で急いで涙を拭き取ると、近衛兵を見て問いかけた。


「――……あ、あなたは……良いのですか……私が相手で……」

「俺は、貴女となら一緒になっても良いと思ったからこの話を受け入れた」


 いよいよ意味がわからない。まるでそこらのゴミを見るような目で私を見ていたのにどういう心の変化だろうか……この人頭でもぶつけたのではないかと心配になるぐらいだ。

 目を見ると嘘がないことは分かるが、シルバーの瞳は私にトラウマを嫌という程思い起こさせる。図書室に一緒に行くのすらもう二度とごめんだと思っていたのに、結婚して生涯を共に過ごすなど考えられない。きっと見る見る心臓がすり減っていき、一年生きられれば良い方だと思う。ユリウスのためなら、知らない男の人に嫁いでも良いと思っていたが、目の前の近衛兵だけはどうしても嫌だと思ってしまった。


「――あ、あなたは……私のことを嫌いだと思ってました……」

「いや、こいつはちょっと捻くれてて分かりにくいやつだが、根は良い男なんだ。それは俺が証明するよ!」


 雲行きが怪しくなったからか、私をレイチェルさんから引き離したいからか、おそらく両方であろう殿下が急に必死になって己の近衛兵の売り込みを始める。その証拠に一人称が私から俺に変わっていた。

 私は意を決してゴクリと唾を飲み込んで殿下に話しかけた。


「――殿下……この縁談は……ご命令でしょうか……?」


 おそるおそる問いかける私に、殿下は諦めたように少し短いため息を吐いてから頭を左右に振って否定した。


「――では……この縁談は……私にとっても、その……クリスフォード様にとっても良くないものになるかと思います……それに……」


 なんとか円満にお断りしようと言葉を並べる私に、近衛兵は少し怒ったように口を挟んだ。


「なぜ決めつける」

「……え」

「なぜ、俺と貴女との縁談が良くないものだと決めつけるんだと聞いている」

「おい、クリス……」

「それに俺は貴女が嫌いだと言った覚えはないはずだ」


 近衛兵の瞳に射抜かれて動けなくなってしまう。目があっただけで猛禽類に捕食されそうな草食獣のような気持ちになってしまうのだから、結婚なんてぜったい無理だ。

 それに彼の態度をしっかり思い返してみても、今私の目の前で不機嫌そうに眉を寄せている彼を見ても、私のことを嫌っているようにしか見えない。もはや生涯いたぶろうとするため縁談を結ぼうとしていると言われた方がまだ信じられただろう。


「――クリスフォード、落ち着きなさい。エリーが怯えているわ」


 何も言えず震える体をなんとか抑えている私に、レイチェルさんが気づいてまた抱きしめてくれた。殿下のこめかみがピクピクと動いたのは見なかったことにする。

 レイチェルさんに抱きしめられたことで、幾らか勇気が出た私は乾き始めた唇を動かした。


「――い、言われたことはありませんが、疎い私でもさすがに分かります……それに……私も……き、嫌いではありませんが……その……」

「――そうか……だが俺は、貴女が好ましいと思っている。貴方のことが好きだ」

「――……は?……」


 あまりの爆弾発言に、思わず場にそぐわない素っ頓狂な声が漏れてしまった。彼の発言に驚いているのは私だけではないらしく、殿下もレイチェルさんも驚きから目がいつもの倍になっている。


「……う、うそ……」

「嘘ではない。貴女が俺に好感を持っていないのは分かっていた。だが、俺は貴女が好きだ。――貴女のことを俺に守らせてほしい」


 私の方にさらに一歩と踏み出そうとした近衛兵に、これ以上踏み込まれると大変なことになると察し、思わず後ろに後ずさりガバッと頭を下げた。逃げるが勝ちというのは平民の間では常識だ。


「ごっ、ごめんさいっ! 無理ですっ!」


 どうにか誠意を持って断らなければなんて思っていたが、そんなことは頭から吹き飛んでいた。


「わ、私っ! あなたが怖いんですっ! お、大きい男の人も苦手だし……っ! あなたの目を見ると震えが止まらないし、息をすることも苦しいんですっ! だから、あなたとは結婚できませんっ! ご、ごめんなさいっ!」


 あまりにも必死な私の声があたりに響きわたった。私はしばらく頭を下げたまま床を見つめていたが、しばらくしても反応がないためチラッと相手を確認すると、近衛兵は顔から表情をなくしていた。そして殿下の肩はなぜか上下に揺れている。

 恐る恐るゆっくりと上半身を元に戻したと同時に、殿下が近衛兵の肩をバンバン叩きながらお腹を抱えて笑い始めた。近衛兵は相変わらず無だった。

 しばらくしてレイチェル様が殿下のことを肘でつつき頭を振ったことで、殿下はようやく笑いを諌めた。


「くくくっ……君が()()()()嫌なら仕方ない。……ぷっ……んんっ……この話はなかったことにしよう」

「……! あ、ありがとうございますっ!」


 嬉しくて、思わず勢いよく殿下に向かい頭をガバッと下げると、殿下はまた辛抱たまらんと吹き出し笑い出してしまった。

 レイチェルさんは私の隣でなぜか近衛兵を残念なものを見るような目で見ていた。



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