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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
ヒロインなのに悪役令嬢のバッドエンド迎えました
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いつも誤字脱字報告、本当にありがとうございますm(__)m



 緊張しながら手を握りしめ待っていると、いつものようになんの知らせもなく近衛兵が部屋に入って来た。

 レイチェルさんがこの部屋を初めて訪ねてくれて、表向きは私が話し相手の御役目をいただいてからは、この部屋に来る人はみんなノックをしてくれるようになった。初めは驚いたものの、慣れてみると今までが普通でなかったことが分かる。

 しかしこの近衛兵だけはノックというものを知らないのか、それとも私にそんな価値はないと言うことを毎日教えているつもりなのか……きっと後者で、心底私が気に入らないのだろうと思った。だが、私自身がしたことを思えば当然かと自嘲し、私は初めて自分の方から近衛兵に話しかけた。


「昨日は、急に倒れてしまい申し訳ありません……ご迷惑とお手数をおかけしました……」


 深々と頭を下げてから、近衛兵を見ると彼は少し驚いているような表情をしていた。全てを思い出した私は、それまではただ理不尽に怖い存在だったこの近衛兵が部屋に来ることを今か今かと待って居たのだ。私にはやるべきことがあり守るべき人がいる。それまで怖くてどうしようもなかった近衛兵に嫌われていようと邪険にされようと、傷つかない訳ではないがこれまでのような強い恐怖は感じて居ない。


「――体調はもういいのか?」

「はい。今日はもう大丈夫です。今日もレイチェル様に会えますか?」

「――あぁ……そのためにここに来た。準備はできているな? ならば、いくぞ」

「あのっ……その前によろしいでしょうか?」

「……なんだ。手短に言え」

「私に誓いの作法を教えてくださいっ!」

「――なんでそんなことを知る必要がある」

「お、お願いしますっ! どうしても、レイチェルさんに私の忠誠心を示したいんです! もちろんそれで私の件がどうにかなるとは思ってませんっ! ただどうしても覚悟を決めたいのですっ! あなたが、私のことを認めていないことも分かっています……ですが、どうか……」


 近衛兵の冷たい目を見ると、尋問の時を思い出してしまい思わず体が震える。やはり、ここでの暮らしの中で体に染み付いたこの男への恐怖は、そう簡単には抜けないようだった。しかし、今の私には彼しか聞ける人間はいない。私は今にも目を逸らしてしまいたい気持ちを必死に堪えて、鷹のように鋭い目を必死に見つめる。

 やっぱりダメかもしれないと思い諦めかけたとき、黙って見ていた近衛兵はやがて左手を握りしめて拳を作り、そして心臓のある位置に重ねた。


「……何をしている。お前が聞いたんだろ。さっさと真似をしろ」


 私は慌てて、近衛兵のように拳を握って心臓の位置においた。近衛兵は私の姿を確認すると、頷いて続けた。


「まずは名前を言え。大精霊ウランの名と私の命にかけて、と言ってから誓う内容を言えばいい。言った後は左膝を地面につけて、頭を下げろ。以上だ」


 思っていたよりも単純で安心した。これなら私もできそうだ。

 私は頷いて、近衛兵に再び深く頭を下げお礼を言った。

 近衛兵はそんな私を一瞥すると、「行くぞ」と一言だけ呟いて部屋を出て行く。私は頭を上げて、いつものように近衛兵の後に続いた。


 レイチェルさんがいるであろう部屋の前で、もうすっかり慣れた身体検査と器具の検査を終え、近衛兵と入室する。

 レイチェルさんは読んでいた本を閉じて、立ち上がると私の方へとわざわざ足を運んでくれた。そして心配そうに私の両手を取りながら声をかけてくる。


「エリー! 体はもう大丈夫なの? 心配したのよ?」

「ごめんなさい……でももう大丈夫です! ありがとうございます」

「いいのよ、お礼なんて……さ、座りましょ」


 レイチェルさんは慣れたように私をエスコートして椅子に座らせると、自分も目の前の椅子に腰掛けた。こう言う行動一つ一つがとても素敵で女の自分でも思わずうっとりと見惚れてしまう。

 レイチェルさんはいつものように今日のお茶の説明やお菓子のことを楽しそうに話してくれた。

 私は一通り話を聞いてから、お茶に口をつける前にレイチェルさんに伝えるべきことを伝えることにした。


「――レイチェルさん……私、今日は大切なことを伝えに来ました……」


 おそらく初めて見せるだろう私の真剣かつ深刻な表情に、レイチェルさんは驚いてから持っていたカップをソーサーへと戻した。


「……その前に、立ってもよろしいでしょうか?」

「……え、えぇ……」


 レイチェルさんは目をパチパチとさせて驚いている様子だった。許可を得て立ち上がる私に、近衛兵からピリッとする殺気のような視線を感じたが、私は怯まずレイチェルさんの隣に立った。

 そして、先ほど教わったように左手を心臓の位置に当てる。


 私の意図がわかったのかレイチェルさんが息を飲んだ気がした。


「私、エリーは、大精霊ウランの名と私の命にかけて、この場で一切嘘を吐かず真実のみをお伝えし、レイチェル様へ忠誠を尽くすことを誓います」


 習った通り、左膝を床につけて頭を下げて、返答を待った。

 レイチェルさんからは返答がなく、代わりに静けさが部屋を包んだ。私は不安になりながらも作法に失敗があってはならないと、そのまま頭を下げ続ける。しばらくして、レイチェルさんが口を開いた。


「……クリスフォード……あなたですね? まったく、こんな騎士の作法を教えて一体なんのつもりです?」

「……いえ、誓いの作法を教えてくれと言われたので……」

「だからと言って、こんな可憐なご令嬢に騎士の誓いを教えるなんて、あなたは馬鹿なのですか? いえ、いいわ、言わないでちょうだい……」

「――……申し訳ありません……」

「……はぁ……エリー、さぁ立って」

「で、でもっ」

「いいから、立ってちょうだい。私は、エリーにそこに居る脳筋みたいな態度を望んでないわ。エリーは私の友人でしょう?」

「……はい……」


 何をどう間違えてしまったのだろうかと考えながら立ち上がると、レイチェルさんが私の手を握った。近衛兵はどこか不服そうにしながら頭をかいている。


「――私は、あなたに言ったはずよ? エリーのことを信じてるって。忘れたの?」

「ち、違うんです! 私、ただ、私の気持ちを表したくてっ」

「――エリー……私は、エリーを信じてるわ。だから、そんなことをしなくてもいいのよ。でもエリーの気持ちは受け取っておくわね。ありがとう」


 握られた手から伝わる温もりに涙がこぼれそうになったが、これから伝える内容を考えて一生懸命こらえた。

 レイチェルさんは私を椅子に座るよう声をかけたあと、自分も椅子へと座り直した。

 私は拳をぎゅっと握りしめて口の中の唾を飲み込み覚悟を決めて、お茶に手を伸ばすレイチェルさんを見つめた。


「――私、全部……思い出しました……」


 レイチェルは驚いて持っていたカップを少し揺らした後、お茶に口をつけることなくソーサーへ戻そうとするがズレてしまいガチャリと少し大きな音がなる。


「私が、エレーナ・ハイムだったことも、レイチェルさんに……いえ、レイチェル様に何をしたかも……全部、思い出しました……」


 レイチェルさんは驚いたまま私を見つめていた。


「――……タナカヒトミ……」

「……っ! エリー! それって……!」


 レイチェルさんは身を乗り出しそうな勢いで驚いていた。こんなに取り乱したレイチェルさんの姿は見たことがない。


「……私の中に居た人の名前だと思います……こんな話、きっとレイチェル様しか信じてくれないと思いますけど……今から五年前に私の中にタナカヒトミという人が入ってきました。私はずっとどこかに閉じ込められて居ました……そこは真っ暗で何もなくて……タナカヒトミという人の声だけが聞こえてました」


 思い出すだけで恐怖で体がガタガタと震えてしまい呼吸が乱れそうになる。レイチェルさんは手を伸ばして、拳を作っている私の手を優しく握ってくれ、その温もりで私はもう一人ではないと再確認できた。


「……ずっと暗闇から見ていました……意識を失いたくても失えなくて……ずっと、やめてと願っても私の声は届きませんでした……だけど、あのときようやくレイチェル様に一瞬だけ届けることができました」

「――やっぱり、あの時、エリーが私を助けてくれたのね」


 レイチェルさんの瞳にはうっすら涙の膜が張って居た。


「はい……と言っても、私がレイチェル様を襲っていたのですが……あはは……なんだか意味がわからないですよね」

「いいえ……私には分かるわ。エリーが私に助けてって言ったことも、しっかりと届いたもの」

「――っ!……レイチェル様っ……本当にありがとうございますっ」

「もう……様なんてやめて? 私はエリーに様なんつけて呼ばれたくないわ」

「でもっ……やっぱり私とじゃ、身分があまりにも」

「エリー……私たち、友達でしょう?」


 優しく微笑むレイチェルさんに私の涙腺はとうとう崩壊してしまった。レイチェルさんは「あらあら、エリーは泣き虫なのね。可愛いわ」と言いながら私の方に来ると、そっと抱きしめてくれた。そんなレイチェルさんの頬が濡れていたことも、背中をさする手が震えて居たことも、何もかもが私の涙をさらに誘った。


「――エリー、貴方は私の命の恩人よ。だから様なんてつけないでちょうだい? せっかくお友達になれたのに寂しいわ」

「……っ、はいっ……」

「話してくれてありがとう……勇気のいることだったと思うわ」

「――レイチェルさんは、信じてくださると……信じていました……私のことを信じてくれて、ありがとうございます」

「もちろんよ。エリーはあのとき私を助けてくれたんだもの」

「――それでも、私は貴方を襲ってしまいました……」

「エリー……あれは田中瞳さんがエレーナとしてやったことでしょう? 田中瞳さんとエリーは全くの別人だわ。それがエリーの体を使って行われたとしてもね」

「――私、レイチェルさんと出会えて幸せです……私の声があの時一瞬でもレイチェルさんに届いて本当によかったです」


 あの時少しでも遅れて居たら、私の持つ矢はレイチェルさんを傷つけて居たかもしれないと思うと身震いがする。私たちはしばらく抱き合って居たが、私はまだ重要なことを伝えられて居ないことを思い出し、大きく息を吸い込んで決意を固める。

 

「――私、もう覚悟ができました。罪を償います」


 記憶を取り戻してから私はそう決心していた。


「な、何を言っているの!? エリーに罪なんてないわ!」

「――いえ、結果的には私がしてしまったことです……私はそれを止められなかったのです……」

「そんなの仕方ないわ! それにエリーは私を助けてくれたじゃない!」

「――レイチェルさん……それでも周りの方は私のことを許さないと思いますし、私の言うことを信じてはくれないと思います……」

「……それは……!」

「――大丈夫です……レイチェルさんが信じてくれただけでいいんです。それに私はもともと牢で死んだつもりだったんです。タナカヒトミさんが首をつったときに私も一緒に死んだつもりでした……でもこうして生きているのは償うチャンスを頂けたからだと思ってます……何より、このままだと私自身スッキリしないので、罪は償おうと思います」


 私はまるで憑き物が取れたスッキリした笑顔をレイチェルさんに向ける。レイチェルさんも私の決心を認めてくれると思っていたが、レイチェルさんは首を振って認めては下さらなかった。


「……いいえ! いいえっ! 誰がなんと言おうと、エリーに罪はないわ! 親の罪が子にないように、同じ身体でもタナカヒトミさんの罪は彼女だけのものよ! エリーとはなんの関係もないわ!」

「――レイチェルさんにそう言っていただけるだけで、私は十分です……。――レイチェルさん、私貴方に伝えなければならない重要なことがまだあります……」


 私がそう言うと、レイチェルさんは瞳にうっすら涙を浮かべたまま「なに?」と不安げに尋ねる。私は、レイチェルさんに嘘を見抜く方を呼んでほしいとお願いした。レイチェルさんは、そんな人いなくても私を信じると言い切ったが、私がどうしてもと頼むと数分後に、尋問の際にいたフードの女性が兵士に連れられて入って来た。


 ここまでの話を同じ部屋で聞いていた近衛兵にも近くに来てもらい、私は本題を話し始めた。レイチェルさんは相変わらず不安そうな顔で、近衛兵は私のことをいつもの冷たさに加え値踏みするような目をしている。


「昨日、ここに来る前に通った庭園で、とある兵士を見かけました……その兵士は、私が牢にいたとき私が操った兵士です……」

「……なっ! あいつはクビになっているはずだ!」


 近衛兵が私に噛みつくように反論したところで、嘘を見抜くフードの人が「嘘ではありません」と被せるように否定した。


「――私は死ぬ間際に、その兵士にお願いをしたのです……レイチェルさん……あなたに復讐をと……」


 言い切ってからフードの人に目配せを送る。


「――嘘ではありません」

「昨日、その兵士を庭園で見かけたことで全てを思い出しました……私の胸の痣がなくなっていることはご存知でしょうか?」


 レイチェルさんは真剣な瞳で頷いた。私は近衛兵にも目を向けると、なぜか彼からは目をそらされた。いつも刺すように見て来ることはあっても目をそらされたことは無かったので少し驚いてしまったが、今はそんなときではない。


「あの兵士から……嫌な力を感じました……私が良く知っているものです……」

「……エリー……まさか」

「――はい……多分、私の力だったものだと思います……。すでに罪を犯したこんな身で、こんなことを言うのはすごく恐縮で申し訳ない気持ちでいっぱいです……ですが、どうしても私のお願いを聞いていただきたいのですっ! 私をどうかあの兵士に会わせてはくれないでしょうかっ……! いえ、私のことを囮に使ってほしいのですっ」

「――お前……自分が何を言っているのかわかってるのか」


 レイチェルさんではなく、近衛兵がひどく冷たい声で私に返答した。そのあとに、フードの人が「嘘ではありません」と私の真実味を表現してくれたが、無意味に終わった気がした。


「――お前が単にその兵士と何か企んでるかもしれないのに、会わせるメリットがこちらにはないな」

「――命を……命をかけます……私なんかの命じゃ担保にもならないかと思いますが……でも、証明するものが他にないので……」

「嘘ではありません」

「……お前は、そいつに会って何をどうする気なんだ?」

「――私が蒔いた種を摘み取ります……。その方も私が操ってしまった可哀想な方なんです……もう誰にも悲しんで欲しくないんです……」

「――エリー……もう一度言うけど、貴方がしたことではないから、貴方に責任なんて何一つないのよ? だから、貴方がそんな風に思い詰める必要なんてどこにもないの」

「……いえ、私がそうしたいのです……」

「――……エリー……はっきり言って私は反対よ……そんなの、危なすぎるわ」


 レイチェルさんが私の手を握りながら心配そうに見つめて来る。


「――いいだろう……だがお前の処分は殿下より俺に一任されている。何かあった時は……わかるな?」

「クリスフォード!」


 レイチェルさんが近衛兵に眉を吊り上げて怒るが、私は近衛兵の目をしっかりと見ながら深く頷いた。

 今度こそ、誰も傷つかないように守りきるんだと胸に誓いながら、私は近衛兵を決意の目で見つめた。




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