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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
ヒロインなのに悪役令嬢のバッドエンド迎えました
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投稿が間に合いませんでした……(;;)

誤字脱字報告いつもありがとうございますm(__)m


 

 レイチェルさんと会ってから数日が経過した。

 目を開けて一番最初に入ってくる白い天井にも慣れてきたし、何より私という人間を認めてくれる人がいるということがとてつもなく大きな勇気を与えてくれていた。これから自分がどうなるのか分からないし、怖い気持ちもあるけれど、レイチェルさんに会ったことで少しはマシな未来(モノ)になっているのだろうと思う。

 相変わらずユリウスのことも気掛かりだけど、今の私にはきっとどうすることもできないのだろうと思うと心がずんと重たく沈んでいくことが分かった。そんな自分を律するように洗面台の櫛をとると、絡まりやすい髪にゆっくりと櫛を滑らしていく。

 母さんが病に倒れるまでは、よく髪をといてもらっていた。平民の間では珍しいこの桃色の髪を母さんは綺麗だとよく褒めてくれていた。しかしよく絡まるし、平民の間では目立つ色だったので、私はあまり気に入ってはいない。どうせならユリウスみたいな母さん譲りの赤茶色の髪が良かったと何度も思った。今となって思い出してみると、どれも切ない気持ちにしかならない。どれも陽だまりのように暖かくて幸せな家族の思い出なのに、思い出すと心臓が締め付けられたように苦しい。些細なこと一つ一つがとても幸せで掛け替えのないものだったのだと、全てを無くした今だから分かる。

 泣いても現状は変わらないということが痛いほど分かっていても涙は出るのだから人間は不思議だなと、わざと考えを逸らす努力を試みる。意識を櫛を持つ手に集中し、ただただ細い猫っ毛の髪の絡まりを丁寧にほぐす事のみを考え始めていたところに、ガチャリと音がして部屋のドアが開けられた。

 朝食が運ばれてきたのだと思いドアの方に目をやると、思わず体が強張る男がプレートを持って立って居た。



「何をしている。さっさと座れ」


櫛を持つ手がピシリと止まっている私に軍人の方がしびれを切らした。男は簡易的なベットに備え付けられている折りたたみの小さなテーブルを組み立てると、そこにプレートを置いた。

 プレートの上には、パンが二つと加工肉とサラダ、そして毎日種類が違うフルーツが添えられている。元気になってからここでとる食事はシミひとつないこの真っ白な部屋と違い、とても美味しいものだった。パンなんて食べたことがないくらい柔らかくて香ばしい香りがするし、見たこともない綺麗なフルーツ達は頬っぺたがとろけるぐらい美味しいのだ。こんな美味しいものを自分だけ食べるなんて罪悪感が溢れる。ユリウスにも食べさせてあげたいし、母さんにも食べて欲しかった思いながら、初めて食べた時は涙が溢れた。今日も、プレートの横には見たこともないフルーツが切って添えられている。薄緑色の水水しい見た目がとても綺麗で、どんな味がするのだろうと考えるとはしたなくも喉がコクリとなってしまう。

 いつもは決まった女性が食事を運んできてくれるのだが、なんで今日はこの軍人なのかと不思議に思いながら、男の言う通りイスの代わりとしても使っているベッドに腰掛けると、食事のいい香りが鼻をくすぐった。するとグウっとお腹が鳴ってしまい、恥ずかしさから急いでサッと手で腹を覆った。謝りながら軍人の方窺い見ると、相変わらずどこまでも冷たい瞳が私を貫いていた。気まずさから思わず目線を下に逸らすと、軍人が話し始めた。



「今日は、お前に通達することがある。エレーナ・ハイム、貴様の罪については再審が行われることになった。貴様に記憶がないと同時に責任能力を問えないこと、そして殿下と、被害者である公爵令嬢が再審を強く望まれたためだ。再審の結果が出るまで、この部屋にての拘留は続くものと思え。分かったな?」


 なんの抑揚もなく、ただ決まったことを通達している軍人の手には、報告書が握られて居た。読み上げるなか、なんの感情もなくと言いたいところだが、隠しきれない私への侮蔑が漏れているような気がした。


「……は、はい」

「――よし。貴様にはもう一つ殿下より命がでている」


 生まれて初めて、殿下からもらう命令だ。一体どんなものだろうと体が強張る。そもそも普通に生きていれば、平民には殿下からの命令なんて降るはずもないのだ。


「再審の結果が出るまでの間、貴様にはレイチェル・ソイルテーレ公爵令嬢の話し相手を申付けるとのことだ。面会の際は身体検査を徹底する故そう思え。貴様が刑を処されずに生きているのは、公爵令嬢のおかげだ。そのことをゆめゆめ忘れず、しっかりと尽くすようにとのことだ。そして、今日より貴様には魔力封じの魔法具も付ける。分かったら返事をしろ」


 私は、頭の中で軍人の言葉を整理しながらも、条件反射のように「はい」と答えていた。私にとってこの背が高くて体が大きい威圧感満載の軍人はもはやトラウマとなっていた。顔は恐ろしく整っていて、どちらかというと中性的な雰囲気なのに、体は見事に鍛え抜かれて居て、本当に言葉の通り一捻りで私なんかは召されてしまうだろう。

 公爵令嬢様は、あの、レイチェルさんなのかとか、魔法具とは一体なんなのかなど、疑問点はたくさんあったが、勝手に口を開くものなら捻り殺されてしまいそうなのでそのままにしておくことにする。

 

「――魔法具は食後に俺が直々に付けさせてもらう」

「……は、はい。分かりました」


 なるべく軍人の目を見ず首元あたりに焦点を合わせて返事をした。食後にもう一度この軍人と顔を合わせないといけないのかと思うと気分が落ち込んでいった。私は返事をしてから目線を下にそらし、男がで居ていくのを待つが一向にその気配がないまま、気まずい空気がただただ流れていく。どういうことなのかと考えていると軍人が再び口を開いた。


「――何をしている」


 眉間にしわを寄せて怪訝そうにしながら、そう言ってくる軍人に返す言葉が見つからなかった。純粋に、貴方の方こそ一体何をしているのでしょうか? と尋ねるのは流石に失礼すぎるし無礼者と言われかねないだろう。何も答えられず目線を彷徨わせていると、小さい舌打ちののち軍人が話し出した。


「さっさと食べろ。時間は無限ではないんだ」


 驚いて思わず顔が弾き上がった。まさか、私が食べるまでここにいると言うことなのか……。これからは私は私のことを獲物か汚物でも見るような目線を感じビクビクしながら、この美味しい食事を摂らなければならないのか……。最悪すぎる……これは新たな拷問なのかと考えてしまうぐらいだ。レイチェルさんが私を救ったことがよっぽど気にくわないからなのか、考えても男の行動は理解できそうにない。

 私は震える指を動かして軍人の命令通り、パンを手にとってちぎり口に運んだ。当然ながら、味なんて分かったものじゃない。できるだけこの苦痛な時間を早く終わらすために、咀嚼を進める。なるべく男の視線を意識せず食べ物にだけ意識を向けて、ようやくパンを一つ食べ終わったところで男の舌打ちが聞こえた。


「――十五分だ。それまでに済ませろ。分かったな?」


 私はパンを口に入れたままコクリと頷くと、軍人は部屋から出て行った。思わずホッとして息をつくと、片方の頬が濡れていることに気がついた。あまりの緊張で自分が泣いていることになんて気がつかなかった。この部屋で目を覚ましてからと言うもの、もう数えきれないぐらい涙を流してきたので涙腺がバカになったと思う。私が泣いたことで、あの軍人は嫌がらせに満足して出て行ったのだろうか……。そんなことを考えながら、残りの食事を、今度こそはきちんと味わいながら食べていった。


 その後、宣言通り十五分後に軍人が現れ、私の右二の腕に金属でできた飾りのようなものを付けられる。軍人が私の肌に触れた時、恐怖から思わず飛びのいてしまいそうになったが必死になって堪えた。

 軍人はなぜか終始不機嫌だったように思えたが、私にはどうすることもできないから気にするなと必死で自分に言い聞かせながら、頭をひたすら下げて軍人が早く部屋から去ってくれることのみを祈った。


 もともと異性は得意な方ではなかったけれど、この軍人と出会ったことで私は完全に男性が怖い存在のように思えて仕方がなかった。母さんが、いつか優しい人と出会って幸せな結婚をしてねと言っていたが、どうやら自分には無理そうだ。

 そもそもここに拘留されている時点でもうそんな未来からは遠いところに居ると思う。


 エレーナという名前で呼ばれることは慣れないが、軍人がいつも私を呼ぶ「おい」だったり、「お前」、「貴様」という言葉には一生慣れそうもないなと思いながら、私は何もないこの部屋で読みかけていた聖書を取り、目を通し始めたのだった。

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