7※レイチェル視点
あの卒業パーティーで、エレーナに襲われたときのことが頭から離れない。
エレーナは、確かに私に「逃げて」と言った。矢を握る彼女の手が石のように固まり、彼女はそれが何故か分かっていない様子だった。
まるで、誰かが必死に彼女の行いを止めているように思えた。
私は、これは彼女の中の本当のヒロインが止めていたのだと確信していた。エレーナは私と同じ転生者だけど、何らかの理由で人格が分離して居るのだと思った。
私とレイチェルが融合したようにはならず、一人の人間の中で二人の人格が争って居るのだと推測したのだ。
私が嫌がらせをやめてしまったせいで、この世界のシナリオを歪めてしまったのだと彼女は言った。私のせいで、自分がヒロインになれなかったのだと。私は悪役令嬢で自分がヒロインなのだから、その場所を返せと言っていた。
彼女の言い分がまったく間違ってるとは言い切れない。理不尽だとは思うけど、彼女からしたら私の存在も理不尽だったのだろう。
そして私の存在が、彼女をあそこまで歪めてしまったのかと恐怖した。だからこそ、最後に彼女が私に言った「助けて」という願いを何としてでも叶えなければと思った。
それが私ができる彼女への贖罪だと思ったから……。
しかし、彼女はそのあと牢で首をつってしまったと聞き、私は震えが止まらなかった。だって、それは私が知っている、レイチェルのバッドエンドの一つだったから。
私のせいで、人が死んだかもしれないという事実が私の心を深く突き刺した。
幸い、未遂に終わり命を繋げたと聞き、安堵して涙が出た自分に幻滅もした。結局私はなにも覚悟なんて出来ていなかったのだと思った。
そして、エレーナが記憶をなくし、自分をエリーと名乗り13歳だと言っているという報告を聞き悟った。
私は一人の人間を追い詰めて殺してしまったのだと……。
塞ぎ込んでしまいたい気持ちだったが、でもだからといって彼女が望んだままのことはしてあげられなかっただろう。
私は事実を深く受け止め、自分を叱咤した。
これは自分が悪役令嬢と知って、それでもセドリックを選んでしまった結果なんだ……。
私が嫌がらせというシナリオを放棄したことで世界が歪んでしまったという言い分も理解できる……。
自分が選んだ道だから後悔だけはしたくないし、それをしてしまえば彼女にも失礼だし、何も知らないセドリックにも申し訳ない……。
帝国の妃になるのに、綺麗なままではいられない。きっとこの先もこうやって人が自分の手で死んでしまうこともある。強くならなきゃ……。
私は何とか自分を奮い立たせ、目先にあることに頭を回し始めた。
以前、前世を思い出してまもない頃に考えたことがある。
もし、寝て起きて怜が消えていたら、レイチェルは死んでしまうのか、それとも元のレイチェルに戻るのか……。仮定の話だから、答えなんて出なかったが、私はきっと後者だと思っていた。
それを証明するかのような現実が目の当たりにある。エリーは、きっと本来のこの世界のヒロインなのだと確信した。
だとしたら、このまま彼女に罪を償わせるなんて絶対にあってはならないと思った。
幸い、主な被害者は私だし、あの現場には限られた人しかいなかった。
私がエリーを守らないと……!
それが、私が今できるこの世界への贖罪だと思った。
この決断がさらに予想もしない未来を導くことになるとは、この時は思いもしなかった。




