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あれからどれぐらい寝てしまったのか分からない……。
再び目を覚ましたら、景色は相変わらず真っ白だった。
この部屋には私が寝ている寝具と、簡易的な洗面台にガラス張りで丸見えのシャワー室、そして小さな便器が奥にあるだけで、他には窓も何もない。
部屋の様子を確認していると、軍人が入ってきて、私を見てからすぐ部屋を出て行った。
幾らか体の痛みもマシになりカサついるが声も出るようになったようで少し安心していると、軍人がたくさんの大人を連れて戻ってきた。
黒いローブを着ている人や、綺麗な軍人とは違う軍服を着ている違う兵士達、そして医者らしき人も数名。
初めて10人ぐらいの大人に一気に囲まれ、その威圧感で震えが止まらない。
今まで生きてきたなかで、一目見て偉い人だとわかる大人になんて会ったこともなかった。
ビクビクと震えながら様子を伺っていると、一番最初に会ったあの軍人が口を開いた。
「エレーナ・ハイム。これより、お前の尋問を始める。ここには嘘を見抜く加護を持った者もいるゆえ、返答は慎重にしろ。分かったら、返事をしろ」
私は、今にも殺されそうな虫のような気分で、恐る恐る頷いた。もとより、嘘をつく気なんて微塵もない。しかし、人生初めての経験と偉い大人達の厳しい視線に体の震えが止まりそうになかった。
「自分が何故ここにいるか分かるか?」
私は、フルフルと首を横に振った。
「嘘ではありません」
私の反応の後に、黒いローブを着た人が話した。
「では、自分のことは覚えているか?」
私はコクリと一つ頷くと、医者が私が喋れるか確認をとった。私が掠れた声で「はい」と答えると、軍人に自分が覚えていることを話せと言われた。
「――私は、エリーです……家名がない、平民の、ただのエリーです……歳は今年で13歳です……母は半年前に亡くなって、今は弟のユリウスと二人です……」
「――嘘ではありません」
ローブを着た大人がそう言うと、周りの大人達がざわざわとしだした。このローブを着た大人の人が居てくれて良かったと思い、私は思わずお礼を言うとローブの大人はビクリと震えた。
「……ハイム子爵家のことは覚えているか?」
「いえ……そんな高貴なお貴族様とはお会いしたことはありません……私は平民なので……でも何処か聞き覚えがある……ような気がします……」
「――嘘ではありません」
ざわざわと話し出す大人達を眺めながら、私はどうしても気になっていることを軍人に訪ねた。
「あ、あのっ……ユリウスはっ……ユリウスはどこに居ますか?」
「――お前の質問に答える義務はない。まだ尋問は終わってないゆえ、軽々しく口を開くな」
ギロリと冷たい瞳で睨まれ、思わず冷や汗が出た。
限りなくシルバーに近いアイスブルーの瞳はまるで氷のように冷たく、それでいて鷹のように鋭くて、見ていると今にも捕食されてしまいそうな気分になる。
「――どうやら嘘はついていないようだが、都合の悪いことは全て忘れてしまったようだな、エレーナ・ハイム」
「ち、違いますっ……私は、エリーですっ……そんな大層な名前の人ではありませんっ!」
「――黙れ。お前はこちらの質問のみに答えろ。それ以外は口を開くな。次に許可なく喋ると、この尋問はすぐに終わらせ、お前は明日にでも処刑だ。分かったな?」
処刑という物騒な言葉に震え上がった。この軍人の言う通りにしないと殺されると思い、私は震えながら頷いた。
「――お前は、紛れもなくエレーナ・ハイムだ。お前は13歳ではなく18歳だ。ハイム子爵家の養子であり、先日子爵とともにセドリック殿下並びソイルテーレ公爵令嬢を襲った罪で逮捕状が出ている。記憶は無くしても罪は消せんぞ」
目の前の兵士が何を言っているのか全く分からない。言葉は分かるはずなのに理解ができない。
「馬車の件はうまく逃げ切れたかも知れんが、卒業パーティーで公爵令嬢を襲い、セドリック殿下にまで危害を加えようとしたお前は本来なら即処刑されている。それなのに、なぜ生きているか分かるか?」
目にどんどん涙が溜まってくる。言っている意味全てが良く分からない。今にもパニックを起こしてしまいそうだったが、軍人の殺意が込められた鋭い目が私の体の動きを止めていた。
「ソイルテーレ公爵令嬢の情状酌量の望みを殿下が聞き入れたからだ。先日、お前が牢で首を吊ったことを知った公爵令嬢が、単に処刑するのではなく事情聴取ののちの罰を望まれた。これは、そのための尋問だ。しかし、当のお前が記憶がないとなると聴取のしようがない。この件は一旦報告に持ち帰るゆえ、お前はここでそれまで待機するように。分かったな?」
全然、分からない……分かりたくもない……。
なんで言われもない罪で拘束されなければならないのか……。
私は何もしていないのに……!
どうして、嘘を見抜く大人は、目の前の軍人の嘘も見抜いてくれないのか……!
大声で、「違う!嘘だ!」と叫んで抗いたいけど、殺されてしまうという恐怖がガチガチに身体を固めた。
ここにいる大人たちは誰一人として自分のことを見ていない……私に、エレーナ・ハイムさんという人を重ねて見ている。
嘘を見抜く大人がいても、真実を見抜いてくれる大人はいない……。
誰も私を見ていないし、誰も守ってくれない……。
恐る恐る頷く私を尻目に軍人は大人達を連れて部屋を出て行った。
私は、拳を握りしめて涙を落とす。
涙を流しながら、自分の目に入った拳が記憶よりも大きいことに気づいた。
ハッとして腕を伸ばすと、その腕も記憶より長い。かけ布団をバッと捲ると記憶よりもはるかに大きくなった体があった。
「お前は18歳だ」
兵士の声が蘇る。そんなはずない……そんなわけないと言い聞かせながら、自分の体を触り確認をすると、触り慣れない胸部で手が止まった。
こんな胸知らない……こんな体知らない……!
望む現実とは遠ざかる真実に、また涙がとめどなく溢れて頬を濡らしていく。
あの兵士の言う言葉は本当のことなのか……私は記憶がないのか……だとしたら、私は罪を償わなければならないの……?
ユリウスは……? 幼いユリウスも成長したのだろか?
ユリウスを守るって母さんと約束したのに……。
記憶の中で幼いユリウスが私を呼びながら泣いている。
――ユリウス……ごめんなさい……母さん……ユリウスを守れなかったみたい……。
良く分からない信じたくない現実から逃げたい……どうして13歳の私が、エレーナ・ハイムさんになっているのか……どうして体が記憶と違うのか……本当のことだとしてどうして今13歳の私として目が覚めたのか……もう何も考えたくない……次にあの軍人に会うときは何を言われるのかと思うと震えが止まらないぐらい怖い……もういっそのこと、このまま消えてしまいたいと思った。
泣き疲れた私は寝具に体を預け、生まれて初めて自分の存在の消滅を祈りながら眠りについた。




