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どこまでも冷たい石畳の床が女の体から体温を奪っていた。
聖ウラングランド帝国は、間も無く短い冬に入ろうとしている。外は今年に入って初めてになる雪がパラパラと降っていた。
女は感覚がなくなった手足を震わせながら、数冊程の分厚い書物を重ね始めた。桃色の美しい髪は汚れて燻んでいて、白い肌も着ているシンプルな下着のようなドレスも薄汚れている。
女は震える体を地面から離すと、重ねた書物の上に汚れて所々血も滲んでいる足を乗せて、天井からぶら下げたロープに手を伸ばす。
愛らしいぽってりとした唇は、青紫色になりカサついているが、その上から涙がとめどなく落ちていた。
女が手を伸ばしたロープを準備した一介の兵士は、その様子を静かに、そして苦しげに見守っていた。
女はそんな兵士を格子越しに一瞥した後、絶望の瞳で微笑むとそのままロープを首にかける。兵士は思わず目をそらしそうになるが、最後まで見守ることこそが己の使命だと言わんばかりに女を苦しげに見ていた。
女はゆっくりと震える瞼を閉じて最後の雫を流すと、足元の書物を己の足で滑らせた。
◇◇◇◇◇
(……起きて……エリー……)
貴方は、誰?
(……今まで貴方を救えなくてごめんなさい……)
救う? 私を? どうして?
(――貴方には苦しい思いをさせましたね……)
苦しい?
(――力を失った今の私にできることはほとんどありません……ですが、貴方に私の愛の加護を授けます)
愛? 加護?
(……貴方が、これから目を覚まして歩む道は決して容易なものではないでしょう……これまで以上にたくさん傷つくこともあるでしょう……)
傷つく? 苦しいのは、嫌だな……。
(……しかし、私が授けた真実の愛の加護を忘れないで……きっと貴方を守ってくれるでしょう……)
真実の愛……?
(私にできることが少なくてごめんなさい……さぁ、貴方を真に愛する者が待ってますよ……そろそろ目を覚まして)
待って! 貴方はいったいっ……!
(――私は、大樹より生まれた……ウランと呼ばれし者です。どうか、私の言葉を忘れないで……諦めずに幸せになって……)




