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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う
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25話で完結予定がまた溢れてしまいました……あと2話以内には収めます!た、たぶん……



 暖かな日差しとともに柔らかな風が部屋の中に吹き込まれ、薔薇の香りが部屋中に広がる。緑や土の香りも混じって、なんとも心地よい風だ。

 以前はガチガチに施錠されていた大きな窓が開かれていて、自由に窓から庭園に出入りできるようになっていた。庭の芝生の上には、白を基調としたセンスが良いテーブルセットが置かれている。

 豪華で煌びやかだが、ただそれだけで窓一つ開けてもらえず換気の悪い鬱々とした空間だった部屋が、本来の姿を取り戻していた。


 あの日セドリックと会って倒れてしまってから、また一日寝込んでしまったが、今朝はそれが嘘のように体調が良かった。王家自慢の庭園には不思議な力でもあるのかと疑ってしまうぐらい、とても気持ちよく目覚めることが出来てスッキリとしていた。

 朝起きてすぐメアリーが昨日と同じ医者を連れてきて、問診を受けたが、やはり医者は特に問題がないと言い出て行った。私は、せっかくなので部屋から出れる庭でゆったり朝食を食べた。




 昨日は、言いたいことを端的に言うだけのつもりが、途中でヒートアップしてしまい私らしくないことをしてしまった……。


 これでは、自分が見下していたヒステリーな貴族女性と何ら変わりない。しかも、セドリックの前であんな風になってしまうなんて、醜態以外の何物でもない。


 ――しかし、いつの間にか我を忘れて怒ってしまうぐらい、あのことは私にとって大きな傷になったみたいだ。

 

 

 昨日の自分を思い返すと、まるで、前世で見た隣国のメロドラマに登場する女優のようだ。あのときは、恋人と言えど、よくここまで他人に対して怒れるのかと疑問に思ったものだ。レイチェルもだけど面倒極まりないことを、よくぞそこまで一生懸命に取り組めるのかと不思議でならなかった。


 でも、初めて自分が体験してみてようやく理解できた。

 人の心はゲームのように単純じゃない。心の傷は癒そうとして癒せるものではないし、自分自身がその傷の深さをしっかりと理解し把握するのも難しいのだ。平気だと自分を騙しながら耐える人も入れば、誰かのせいにすることで誤摩化す人も居る。

 

 (わたし)は面倒と言う一言で、自分を守り、人生で起こりうる痛みから逃げていたのだ。省エネライフと言いながら、人を遠ざけて人と関わることはなるべく避けてきた。傷つきたくない、誰も傷つけたくない。それこそが、怜の面倒を嫌う根幹だったのだ。


 そんな人間関係から生じるアクシデントをほとんど経験したことが無かったからこそ、ショーンの件は大砲で打たれたぐらいショックで、受け止め切れていなかったのだ。こんなにショックなのは、私のベースが怜だからなのだ。本来のレイチェルならば、エレーナを貶めることで一杯一杯で、恋なんてしないだろう。ショーンに会ったとしても惹かれすらしなかったかもしれない。


 そして、セドリックに騙されていたことより、私が初めて恋をしたショーンと言う男性がこの世から消えてしまったことがショックだった。

 ショーンと過ごした暖かな日々は全て偽りで、ショーンという男は、はじめからこの世に存在しなかったということが、何よりも私の心を抉った。


 それなのに、ショーンの笑顔が頭にこびりついて離れない。


 外はとても良い天気でキラキラと輝いているのに、私は暗く広い世界でたった1人になってしまったような孤独感に襲われた。


 瞳に薄い膜が張ったところで、ノックの音がし涙が奥に引っ込む。一つ咳払いをして入室を促すと、メアリーが中に入ってきた。


「お嬢様、ギルバート殿下がお出でになっております」


 メアリーの口から、まさかの名前が出て思わず背筋がピンと伸びる。


「――お通ししてちょうだい」


 私がそう言うと、メアリーは入り口の扉を大きく開けた。すると、紺の衣装に身を包んだ貫禄あるギルバートが入ってきた。ギルバートが公式の場で行う挨拶を綺麗な所作で行ったので、私も同等の挨拶をお返ししようと思い立ち上がるとやんわりとそれを止められた。


「病み上がりと聞いている。今のは、私なりに誠意を示したかっただけだ。座りなさい」


「――ありがとうございます」


「私も腰掛けていいだろうか?」


「――どうぞ」


 思わず、良いも何もここは貴方のお家ですよね? と言いそうになる。ギルバートはセドリックよりも大きな身体を優雅に使い、私の前に座った。


「――体調はどうだ?」


「とても良くなりました。もともと少し驚いて倒れてしまっただけですので、大丈夫ですわ」



 ギルバートは、「そうか」と言った後に黙ってしまった。彼とは公式な場以外で会った回数は多くはない。それにいつも家族かセドリック、帝王夫妻が一緒に居たので、二人で話すのは初めてだった。暫くの後、ギルバートが口を開いた。


「――レイチェル嬢には、申し訳ないことをした……私の立場から謝罪を言えば、貴方はそれを許さなくてはいけなくなってしまう。だから、これは王太子としてではなく、セドリックの兄、そしてただの一人の男ギルバートとしての言葉ととってほしい。迷惑をかけ、危ない目に遭わせてしまい、本当に申し訳なかった」


 意味は分かるが、意図が分からない発言に、つい分からないといった顔をしてしまった。まさかセドリックの尻拭いをしているのかと考えていると、ギルバートは片眉をクイッとあげた。


「――セドリックから聞いてないのか?」


「えっと……何を、でしょうか?」


「エレーナ・ハイム嬢とハイム子爵のことだ」


 聞くとはいったい、何をだろうか……婚約破棄のことだろうか……それならまだ直接は聞いていないけど、ハイム子爵のこととは何だろうかと思いながら、頭を振り「いいえ」と答える。


「――そうか……セドリックからも説明があるだろうが、弟を追いつめ、貴女を巻き込んでしまったことの発端は私だから、どうか私からも説明させてくれ」


 いつも会った際は貫禄を通り越して威圧感を撒き散らすような人だと思っていたが、目の前のギルバートは疲労感と少し哀愁が漂う雰囲気を纏っていた。

 私は、おそるおそる肯定の言葉をのべて話を促した。



 ギルバートの話はまるで青天の霹靂だった。

 ハイム子爵がエレーナを使って地位向上を狙っていた話や、それを調査するためセドリックが内密に動いていた話。証拠を揃えて子爵を捕まえようしたとき、子爵が邪魔な私を消そうと、事故を装い盗賊を嗾けたこと。子爵は捕らえられ牢に入っていて、そんな子爵と一緒になり第二王子妃の席を狙っていたエレーナにも逮捕状が出ているということ。


 全てが信じられない事実で、まるで演劇を見ているような気持ちになった。


「セドリックは幼い頃から、父上にも母上にも甘やかされて育ってな。良い奴なんだが、少々配慮に欠けるところがあると思い、私も兄として指導していたつもりだった。しかし、今回の件をセドリックに頼んだのは、この私だ。あいつが一番ターゲットに近く適任だと判断したからだ」


 私は予想もしなかった現実を目の当たりに震える手を、もう片方の手で押さえ込みながら、話を聞いていた。


「セドリックにこの件を任せることで、貴女を傷つけると分かっていて実行した。弟は、それに従ったまでだ。もちろんセドリックに罪が無いとは言わない。だが、ことの発端は私だということを、貴女に知って欲しかった。……弟は、おそらく私の名前を出さないだろうから」


「――では、セドリック殿下がエレーナ様と学園でお会いしていたのも……」


「そうだ……。俺が頼んだことだ」


「――そんな……」



 てっきり、自分のことしか考えられないエゴイステックで馬鹿で無能な男だとばかり思っていた。

 私は悪役令嬢のレイチェルで、ヒロインはエレーナなのに、結末が逆転してしまったことにも驚いて言葉が出ない。

 セドリックに軟禁されたとき感じた違和感は間違いではなかったのだ。いったいどこから、ゲームのシナリオから外れてしまったのだろうかと考えていると、ギルバートが私の名前を呼んだ。



「レイチェル嬢……この度は、貴女のことを巻き込み深く傷つけてしまい、本当に申し訳なかった。セドリックにあの件を任せた兄として、ただ1人の男、ギルバートとして心から申し訳ないと思っている」


「い、いえ……殿下の立場であれば致し方なかったことかと存じます……」


「いや、最善ではないが、他にも方法はいくらでもあった……私が、それを選ばなかったのだ」


「――それでも、こうして子爵を捕らえることができましたし、結果が出たではありませんか……私もセドリック殿下も怪我はしておりませんし……。もちろん、私にも知る機会を設けて頂けてたらとは思いますが……それも、きっとご配慮あってのことでしょう……」


「――やはり貴女はセドリックから聞いていた通り素晴らしい女性のようだ」



 口元を緩めて微笑んだギルバートを見て、この人もこんな柔らかい表情ができるんだと思い素直に驚いた。今まで雲の上の人間だと思っていたギルバートに、ショーンの姿が重なった。

 

 しかしセドリックは何故ショーンとして私と会い続けていたのだろうか……いずれにせよ正体をバラさなかったことは腹が立つ。

 でも全ての真相を知った今の私には、ショーンの言葉が全て嘘だとは思えなかった。



「――ギルバート殿下は、ショーンという人をご存知ですか?」


「あぁ、セドリックがよく使う偽名だ。その件については、俺も弟から直接聞いたわけじゃないからな。ただ、あいつがコソコソと隠れる様に貴女に会っていたことは知っている」


「――そうですか……何故だと思われますか?」


「ふっ……そうだな。この件について俺からあまり言うと、あいつに怒られそうな気もするが……エレーナ嬢に気付かれぬよう変装して貴女の安否を確認をしていた……というのは体面で言い訳だろうな。――貴女の方で心当たりは無いのか?」


 柔らかい表情でそう訪ねるギルバートは、何かはっきりとした意図を含んでいて、どこか少し楽しそうにも見える。


 私はショーンに会う度に、彼を好きになっていったし、それが一方通行じゃないと思っていた。軽い冗談を言い合って、居心地の良い空間を共有していたけど、そこにはいつも熱いぐらいの視線も伴っていたからだ。

 私に可愛いと言われて悪態をつきながらも喜んで照れていたショーンが嘘だとは思えない……。


 心当たりとやらを考えて、ショーンとの思い出を一つ一つ思い浮かべる。そして、あの日の馬車での言葉達が脳裏に浮かんだ。

 


「レイチェル……俺は、君に言ってないことが沢山ある。嘘もついた。本当のことを知れば、君は俺を許してくれないかもしれない……」


「――それでも、俺は……もうレイチェル無しでは、駄目なんだ……さっきも、君を失うかと思うとこの世の終わりだと思うぐらい怖かった……」


「レイチェル……俺は、君を愛してる……この先、レイチェルが真実を知って、俺のことを嫌いになったとしても……」


「――レイチェル……聞いて……。この先、何があってもこれだけは信じて欲しい……。俺は、レイチェルを愛してる……君がなんと言おうと君を離すつもりはないし、誰にも譲るつもりはない。――愛してるんだ……どうかこれだけは、信じて……」

 

 

 気がつけば、いつの間にか瞳から涙が止めどなく溢れていた。

 昨日は、思い出してあんなに腹が立った言葉達が、温かく心に染み渡るような感覚だった。


 あのときの、何かに酷く脅えていたショーンの瞳が蘇り、昨日、顔から表情を無くしたまま私の話を聞いていたセドリックの顔が思い浮かんだ。


 外見はまったく別人だが、私の中でようやく二人の人間が重なった。



「――大丈夫か?」


 目の前にいる王太子のことも勘違いしていたが、今ならよく分かる。

 先ほどよりも顔が強張って眉間にしわが寄り、一見怖い表情だが、これはおそらく私を心配しているのだろう。

 無意味に目の前のカップを持っては元に戻し、上着の中に手を入れては何も取らずに出したりしている。動き一つ一つが優雅であるため、初見で彼を見た人は分からないだろうが、彼は今相当焦っているのだろう。

 外面を取繕うのは王になる人間として教わってきたことなのか、それとも性格なのか。

 いや両方かなと笑って、心配してあたふたと駆け寄ってきたメアリーからハンカチを受け取り涙を拭いた。心を落ち着かせるため、少し長めの息を吐きだす。



「ご心配おかけして、申し訳ありません。もう、大丈夫です。心当たりが見つかって嬉しかったのです」


「――そうか……それは良かったな」


 泣き止んだ私を見て、ギルバートも落ち着いたのか彼の両手が大人しくなっていた。


「えぇ、ギルバート殿下がご助言くださったからですわ。ありがとうございます」


「いや、礼はこちらが述べるべきだろう。愚かな私と、弟を許してくれて、感謝する」


「あら、私、お兄様であられるギルバート様の謝罪は受け取りましたが、弟様のことはまだ許してませんのよ?」


 私はハンカチを口にあてて、にっこりと笑みを作った。

 ギルバートはほんの少しだけ目を大きく開いて私を見ている。ほぼ無反応に近いこれも、彼なりにはそれなりに大きく驚いているのだろう。


「――あの方、昨日、私が散々酷いことを申し上げた時も、何も言い返しませんでしたのよ? 軟禁まがいのことをしていたときには、嫌だというぐらい毎朝毎晩顔を出していたくせに、今朝は顔も見せないんですもの。まったく、とんだ弱虫、いえ、腰抜けですわ」


 王太子の目の前で、その弟の愚痴をつらつらと述べる私に、見守っていたメアリーと数人の使用人が凍り付いた。


「嫌われても良いと大口を叩いていたくせに、尻尾を巻いて会いに来ないなんて情けない。まったくとんだ腑抜けた第二王子ですこと。この様子では許してさしあげるのは、当分先になりそうですわ」


 スイッチを切り替えたようにペラペラと喋ってから、口元からハンカチを下ろし、少し冷えたお茶を口にした。

 ギルバートはそんな私を見て、唇をややあげてふっと短い息をついた。


「――貴女は母上によく似ているな」


「王妃さまにですか?」


「――あぁ。……とにかく、これを使うことにならなくて良かった」


 そう言いながらギルバートは胸ポケットから何かを出し手に掲げた。よく見ると、どうやらそれは点眼薬のようだった。

 いったいなぜ点眼薬なのかと思っていると、ギルバートがそれを手にしたまま話し始める。


「私は感情を表に出すことが苦手でな。どうやら感情と表情筋の繋がりが良くないようなんだ。だから、本心を伝えるためこれに頼ろうかと。これを使って、どうかセドリックを見捨てないでやってくれと膝を付こうかと考えていた」


「や、やめてください! 困ります!」


 帝国の王太子にそんなことをさせた日には、それこそバッドエンド直行だろう。


「なに、それほど切迫していたということだ。あなたが素敵で心の広い女性で何よりだ。愚弟をよろしく頼む」


 ギルバートがそう言って握手のための手を差し出す。私も手に持っていたカップを置いて、微笑みながら手を伸ばそうとしたその時、部屋の外側の廊下からバタバタと足音がして扉が乱雑に開かれた。


「兄さんっ! 勝手にレイチェルと会わないでって言ったじゃないか!」


「ふっ、なぜ俺がお前の言うことをおいそれと聞かねばならん。レイチェル嬢……貴重な時間を感謝する。さて、私はそろそろ仕事に戻ろう」


「当たり前だよっ! さっさと、レイチェルから離れて!」


 いきなり突入してきたセドリックの肩をポンポンっと叩くと、ギルバートは部屋から出て行った。

 そして部屋には、驚いている私と、なぜか興奮したセドリック、そしてメアリーを含めた使用人が残されたのだった。

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