25※エレーナ視点
「おいっ! お前は一体何をしているんだっ! この私が直々に手を貸してやったと言うのにっ! それをっ!」
「分かっているわよっ! 私だって一生懸命やっているわっ!!」
「一生懸命? 一生懸命だとっ?! それでこのザマかっ!」
「うるさいわねっ! あんたが余計なことをするからじゃないっ!」
そうだ。全てが順調だったのに……こいつが余計なことをして、台無しにしたんだっ!
「お前が計画通りにことを進めないからだろうっ! はっ! あんなアバズレの娘ごときに期待をかけてやった私が馬鹿だったんだっ!くそっ!!」
「なんですって!? そのアバズレに逃げられておいて、よく言うわ!」
「なんだとっ!? 口のききかたに気をつけろっ! だいたい、逃げられたんじゃないっ! 捨てたんだっ! 俺がっ! アバズレをだっ!」
「後からならなんとだって言えるじゃないっ! 死人に口無しだものねっ!!」
「このっ!! さすがはあのアバズレのガキだっ! 品のないところと、頭の悪さはそっくりだなっ!」
「あんたよりはマシよ!! どの道あんたはもう終わりよっ!」
「私だけで済むと思ってるのかっ! はっ! これだから学のないやつは! いいか!? 私とお前は一心同体なんだよっ!
私が捕まれば、お前も、お前の弟も終わりだっ!」
(――もうやめて……。お願いよ……。やめてっ……!)
「一心同体ですって!? 気持ち悪いこと言わないでよっ! 私はこの世界の主人公なのよ!? あんたなんかと一緒にしないでっ!」
「はっ! またそれかっ!? 笑わせるなっ! 何が主人公だっ! 第一王子でなく、たかだか第二王子もモノにできなかったお前がっ! それも兵士1人まともに操れずに主人公だと!?」
(お願い……もう、やめて……!)
「あの兵士さえ、お前が計画通り動かしていればっ!」
「っ! うるさいうるさいうるさいっ! どいつもこいつもうるさーーいっ!!」
髪をかき乱して叫ぶ私を、無能な男が唖然として見ている。
せっかく、前世でお気に入りだった乙女ゲームの世界のヒロインに転生したのにっ! なんなのよっ!
三ヶ月前までは全てがシナリオ通り順調だったのにっ!
だいたい、私の本命は第二王子なんかじゃなかったっ! でもあの王子のバッドエンドルートは無いから、だから選んでやったのにっ!
悪役令嬢のレイチェルが嫌がらせをやめちゃうし、それからセドリックも心ここに在らずだしっ! この私が話してあげてんのにっ!
優しかったみんなも突然離れていくしっ! ほんっと意味わかんないっ!
セドリックに軟禁されるのは私のはずなのにっ!! どうしてっ! どうして、悪役令嬢が軟禁されるのよっ!! おかしいでしょ!?
それに転生したときから、頭の中でずっと誰かの声がするし!! あああっほんっと意味わかんないっ!
「お、おまえっ、ついに狂ったか……っ」
柔らかな桃色の髪を振り乱した女は、女の父親を淀んだ目でギロリと睨み付ける。すると、情けない男はヒィィっと怯えた。
男の目には、醜悪な中身とかけ離れた花の妖精のように愛らしい容姿がこの世の者とは思えないぐらい恐ろしく映った。
「どいつもこいつもっ! お前もっ!! 黙って私の言うことを聞けばいいのよっ! あんた達は、所詮は添え物なのっ! 分かる?! この世界のヒロインは私っ! わたしなのよっ!!」
(違うわっ! この世界に主人公なんていないのよ? お願いだからこれ以上はもうやめてっ)
「うるさいってばっ! だまっててよっ!!」
この世界は私のもののはずじゃないのっ!? なんでよっ! ゲームと同じ攻略対象が居て、悪役令嬢もいて、私はヒロインと同じ姿なのにっ! なんでゲームの通り進まないのよっ!! 主人公じゃ無いですって!? じゃあ、私のこの姿は一体なんなのよっ!!
目の前の馬鹿な男も余計なことするしっ! こいつのせいで、セドリックが余計に離れていくかもしれないじゃないっ!
冗談じゃ無いわっ! 誰がなんと言おうと、私がこの世界のヒロインのエレーナよっ! 田中 瞳という見窄らしい人生から神様が救い出してくれたんだものっ! 私がこの世界のヒロインで主人公よっ!!
だいたいこうなったのは、悪役令嬢のレイチェルが嫌がらせをやめてからじゃない?
もしかして、あいつも私と同じなのっ!?
そうよ! だからだっ! あいつも私と一緒で転生者だから、私の邪魔をしてるんだわっ!! 悪役令嬢に転生しておいて、ヒロインの私の邪魔をするなんてっ! 悪役令嬢に転生するだけに、とんだ性悪な女ねっ!
だから、あの兵士も最後まで操れなかったんだわっ! あの女が邪魔をしたからっ!
許さないっ! 見た目も地味なくせに、私からヒロインの座を奪おうなんてっ! 絶対に許さないっ!
あの女のせいで、こうなったのよ……バグだらけになった乙女ゲームの世界を救わないと……だって、私がヒロインなんだもの……この世界の中心の私が、間違ったものを正してあげなくちゃ……
(やめてっ! それだけはだめよっ! お願いっ!)
あの女が私の邪魔をするのなら、殺してやるっ!
歪みの原因のレイチェルを消して、私がこの世界を救うのよっ! そうしたら頭に流れるこの変な声も消えるはずよっ!
待ってなさい、レイチェル……この落とし前はきっちり返してもらうわ……。
「――ふふふふふふっ……あはっ……あははっ……あははははははっ!」
しばらくハイム家の屋敷に甲高い女の笑い声が響き渡る。
焦点を何処かに向けて狂ったように笑う女を見ながら、ハイム子爵は膝から崩れ落ち地面に座ると、頭を抱え込んだ。




