22※セドリック視点
はやくレイチェル視点でセドリックをけちょんけちょんにいじめたい……そんな気持ちでいるからか、セドリック視点に四苦八苦しております( ;∀;)もう半ばヤケクソです。
甘えたで末っ子気質のセドリックですが、なんとか頑張って男セドリックになってもらいます!(о´∀`о)
大人しくなったモーリスを一瞥してから、気持ちを新たにレイチェルに視線を向けた。
「よし。さて、お嬢さん。話を元に戻そうか。慰謝料と、口止め料だったかな?」
「――はい。そちらの魔宝石の合計とまとめて、3000万ヤールで手を打ちましょう」
「あははっ!これはまた大きく出たね。少々、ふっかけ過ぎではないかな?」
先程までの怒りが嘘のように吹っ飛ぶのだから、不思議だ。
もっと色んな顔が見たい……辛うじて笑顔は保ったままだが、そんな欲から思わず目がギラギラとしてしまう。
商談の基本を堂々と披露するレイチェルは、きっと何度も市井に下りているのだと悟った。
俺は逸る気持ちを少しでも逸らすため、カウンターを指で叩いてみる。
先程と変わらず、公爵家を盾に強請りをかけるレイチェルがやはり可愛く思えてしまい、思わず一言返事で答えてしまいそうなところをグッと堪える。
今にも大声で笑い出してしまいそうだったが、余裕を装って彼女の更なる一面を引き出すため挑発してみると、見事なカウンターが返ってきた。
ここまで一生懸命堪えていた笑いを押し込めることはもう限界だった。
「ふっ……ははっ!……あはははっ!」
これまで我慢していた分までもが一気に溢れ出て、お腹を抱えて笑い出した俺に、店内にいる全員がポカーンと面食らっていたが止まりそうにない。
こんなに笑ったのはいつぶりだろうか……深く呼吸ができずヒイヒイと言ってしまいそうだった。
「――なにがそんなに面白いのですか? 嘘だとお思いなら、今すぐ実行して差し上げましょうか? 私がただの小娘だと思っていると痛い目見ますよ」
俺も何がそんなに面白いか分析なんてできていないから、説明なんてできそうにない。
ただ、レイチェルが猫のように背筋を立てて怒る姿が愛らしくて、さらに笑いが止まらない。フシャーという鳴き声まで聞こえてきそうだ。
そんな俺を見てレイチェルは静かに怒りを燃やしていたようで、ついに魔力をひねり出そうとした。さすがに、まずいと思い必死に笑いを噛み殺して、両手を上げて降参のポーズをとる。
「おっと、降参だよ。今回は、こっちが分が悪いしね。ふふっ、あははっ!」
「――いったい何が、そんなにおかしいの?」
キッと音がするぐらい睨みつけられるが、その後ろにピンと立つ尻尾が見えてしまう。せっかく噛み殺した笑いがまた爆発した。だが、ここにきてようやく笑いながらも、なんとかフォローすることにも気を回し始める。
「ふふふっ……なに、いや……随分お転婆なお嬢さんだと思ってね」
「――馬鹿にしているの?」
「いや、とんでもない。逆に称賛しているんだよ。勇ましいお嬢さんだなって」
「――やっぱり馬鹿にしているじゃない」
「あははっ!そんなことないって!」
効果音がするぐらい睨みつけられたままだが、笑いが止まらない俺はとうとう目尻に涙が溜まり始める。涙を手で拭う俺を、レイチェルが怒りながらも恨めしそうに見ていた。
どうやらここらで本当に収めないと嫌われてしまうなと思うと、今まで止まらなかった笑いがすっと引いた。
今までは、レイチェルに嫌われても、正直気にならなかっただろう。なのに、今は嫌だと思ってしまう……。
今のレイチェルには嫌われたくない。嫌われたくない一心と、これまで盛大に笑ってしまった謝罪の気持ちを込めて、とりあえずこの交渉をレイチェルの要望通り叶えてやろうと思った。
下心と言われてしまえば、それに尽きてしまうだろうが、人生で初めて気になった女性を引き止めるために必死だった。
俺は、カウンターにあった小切手を一枚手に取り、レイチェルの要望金額よりも1000万ヤール多い金額を書き込んでいく。
ちなみに俺が交渉で手を引いたのは、これが初めてだ。
レイチェルは依然俺に腹が立っているようだが、後ろに隠した少年を想ってか、大人しく牙を仕舞い込んでいる。俺が色をつけた4000万ヤールは、公爵家の令嬢であるレイチェルにとっては何ともない金額だ。おそらく少年のために動いているのだろうと容易に想像できた。
悔しくてたまらないといった表情を混ぜながらも、少年のため大人しく感情を抑えるレイチェルに素直に感心する。
貴族とはプライドの高い生き物であるため、それを少しでも傷つけられようものなら憤慨しても何ら可笑しくはない。特に女性は感情豊かなので、嫌味の一つぐらい言い返さなければ貴族としての矜恃を保てないのだ。
そんな貴族のピラミッドの中でもトップにいる公爵家のご令嬢が、平民であろう少年を守るためプライドを綺麗に折りたたんでいるのだ。
そんな貴族女性はこれまで生きてきて見たことがなかった。
これまでの交渉で怒っていたレイチェルは、ここでもきっと面白い嫌味を返してくれるだろうと踏んで、わざと嗾けただけに驚いた。
素直に称賛の気持ちを述べたが、もう俺が何を言おうとレイチェルの怒りに油を注いでしまうらしい。
それでもレイチェルは、沈黙を貫き、怒りを押し殺していた。これには、内心もう拍手を送りたかった。
貴族とはこうあるべきだが、貴族という身分が出来上がって何千年という時がすぎる中でそれは歪み都合のいい免罪符のようになってしまった。
小切手に金額を書き終え、魔法印をかざして書類に刻んでから、サインをするよう促した。想定通り、お金は全て少年のものだった。俺の指示通り少年が手をかざしたことで魔法印が青白く光って契約完了を知らせた。
レイチェルがそこまでして守る少年の存在が気になり、それとなく突ついてみる。契約が完了したレイチェルは、俺の質問にツンとそっぽを向いてしまった。
さんざんいじめてしまったので仕方ないと思っていると、少年が嬉々といった様子でレイチェルとの関係を話し始めた。
信じられないことに、少年とレイチェルは先ほど知り合ったらしい。信じられないといった態度をとる俺に、少年が自慢げに話しを続ける。そんな少年の頭を、柔らかな笑みを浮かべて撫でるレイチェルに目が釘付けになった。
こんな慈愛の表情に満ちた表情もできるのかという驚きからか、なぜか心臓がドクドクとうるさいぐらいに脈打つ。
そんな自分を振り切るように、俺は少年の目線まで膝を折り、手を差し出して握手を求めた。立ち上がって、流れでレイチェルにも手を伸ばし握手を求めたが、気づかないフリをされてしまった。表情には出さないが、ガーンと頭を殴られたぐらいショックだった。
レイチェルは俺を無視したまま、少年に話しかけて、ハグを交わした。レイチェルに別れをつげた少年は急いで店を飛び出して行ったことで、ようやくレイチェルと二人きりになれた。
正しくは、魂の抜けたモーリスと、部屋の端にいる男二人もいたが、俺にとっては居ないも同然だった。
喜んでいる俺を尻目に、もう役目を終えましたとでも言うように、レイチェルはカフスボタンを差し出し店から出ようとする。
どうやって彼女を引き止めるか必死に考えてみるが、いい案は一向に出てこない。カフスボタンを受け取ったら、彼女は離れて行ってしまう。
そう思うと同時に、差し出された手を思わず握ってしまった。
「それは、君にあげるよ」
口が勝手に動いていた。
少しでも彼女を引き止めたい。でも自分が一体何故こんな奇行に走るのか理解に苦しんだ。
当然のことながら、レイチェルは貰えないと突っぱねる。冷静に考えれば分かることなのに、上手く頭の中が片付かない。
――どうすればいい?どうすればレイチェルは帰らずに俺と居てくれるだろうか……。
余裕な態度を装い、内心はどうすればレイチェルを少しでも長く引き止められるか必死で考える。
そんな俺を怪しみどこか納得のいかない表情を浮かべるレイチェルに、正直な気持ちをつげてみた。
「君のことが、気に入ったんだ」
「――私は、別に気に入ってません」
バッサリと切られてしまい、内心落ち込むが、なんてことない態度を装う。なんで彼女に拒絶されるとこんなにショックなのだろうか……頭の片隅でそんな疑問が浮かぶが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
表面だけを取り繕うのは得意なので、余裕な態度を保っているが、今まで生きてきた中では一番と言っていいほど焦りに焦って言った。
どうしてかは分からないが、レイチェルともっと話したい。
――もっと彼女を知りたい。
どうすれば、もっと俺と話して居てくれるだろうか……。
そう思えば、体が無意識に動いていた。
握っていたレイチェルの手を引き寄せ、白くて滑らかな肌に唇を落とした。レイチェルの手の甲から甘い香りがして、グラグラと脳が揺さぶられるような感覚がしたが、なんとか理性を保ち謝罪をする。
これまでの仕事で学んだテクニックを惜しげも無く全て使い、なんとかレイチェルを引き止めてみる。
もし、この時に自分の気持ちに向き合えて居たら……。
小手先でなく本心で気持ちを伝えられていたら……俺の未来は変わっていたかもしれない。
レイチェルの手の甲から顔を上げられない俺は、芳しい花の香りに引き寄せられた虫と何も変わらなかった。
俺の言葉に逐一ぷりぷりと怒るレイチェルが可愛くて仕方なかった。いけないと思いつつ、レイチェルを怒らせてしまうようなことを言ってしまう。
この時に戻れるのであれば、俺は迷いなく自分の顔に拳をクリーンヒットさせるだろう。
人間誰しも過去を恥じて、どこか誰もいないところで大声で叫びだしたくなる瞬間があると思うが、俺はこの時の自分を思い出すと、そんなものでは済まされない嫌悪感で一杯になる。
もはやただ再びレイチェルの手の甲に口付けたい理由で、馬鹿なことを言って謝り、唇を寄せる俺に、レイチェルは婚約者がいると線を引いた。
ドキリとして背中を嫌なものが這うような気がする。
俺がその婚約者セドリックだと言ってしまおうかと考えて直ぐに打ち消した。そんなことをすれば、レイチェルは怒ってさえくれなくなるどころか、口も聞いてくれないと思ったからだ。
俺は今、エレーナ・ハイムと逢瀬を重ねていて、レイチェルからすれば不誠実なことをしている男だ。しかし、それが任務だとレイチェルに言うことは、今はできない。
――このとき、もう任務など放り出してしまえば良かった。
レイチェルに全てを打ち明けて、正直にセドリックとして許しをこえば良かった。
しかしこの時の俺はどこまでも愚かで、間抜けで、どうしようもない男だった。
そんな馬鹿な男は、ズケズケとレイチェルに次に会うことを約束させて、呑気にただそのことを喜んでいた。
今思えば、この時既に俺はレイチェルに人生初めての恋をしていた。レイチェルと初めて目が交差した瞬間から、俺はレイチェルに恋をしていたのだ……。
もし、過去に戻れるのなら、全てをやり直せるのなら……そう後悔する日がくるなんて思ってもみなかった。
これも全て、ギルバート兄さんが言う通り、俺の思慮が足りなかったからだ。
俺が自分のことしか考えられない、どうしようもない馬鹿だったからだ。
もっと早くレイチェルの存在に感謝し、もっときちんと向き合っていれば。
もっとレイチェルを知ろうと言う努力をしていれば。
兄さんの言う通り、少しでもレイチェルに寄り添うことができていれば。
そんな簡単なことに気づけなかった自分が酷く愚かしく恥ずかしい。
限りのない、仮定を想像しては自分に絶望する。
レイチェルへの想いが募れば募るほど、吐き気がするぐらい自分を嫌悪していくようになっていった。




