21※セドリック視点
どこで区切っていいか分からなくなってしまい、長めです(´∀`*)
本日は、あと1話更新します^^
エレーナ・ハイムに近づいて半年が過ぎた。
エレーナは俺を疑うそぶりも見せないが、子爵の尻尾を掴むことは容易ではなく、想定していた通りかなりの長期戦となっていた。あまりにことを急いで任務が露見してしまえば意味がない。卒業までギリギリ間に合えば良いといったところだろう。
この頃から、俺は息抜きとして他の仕事も重ねて遂行するようになった。以前から行なっていた、腐敗貴族の取り締まりだ。
怪しいと目をつけていたモーリス男爵の宝石店に辺境伯ショーンとして近づき、先日ついにモーリスの犯行現場を捉えることができた。俺は、モーリスに身分を明かし、彼に処分が下るまで大人しくしているようにと伝えていた。
◇◇◇◇◇
エレーナとの逢瀬の後、いつものように生徒会室に向かい、部屋に入るとクリスが難しい顔をしてチェス盤を見ている。
脳筋なクリスがチェスをするのかと驚いたが生暖かい目で見守りつつ、座り慣れたソファーに腰掛けた。
「クリスがチェスを嗜むなんて初めて知ったよ。相手をしようか?」
「――子爵の家に忍び込ませた影から報告を受けた」
クリスはチェス盤を難しい顔をしたまま続ける。どうやら、影からの報告書類にこのチェス盤の写真が一緒に入っていたらしい。
「単に、子爵が一人で暇を潰していたんじゃないかとも思ったが、どうにも気になってな。おんなじように並べて見たが、一人で指していたにしちゃあ、少しおかしいんだ」
クリスの話を聞いてから改めてチェス盤を見ると、確かに少し不可解な点があった。二人して、チェス盤を眺めながら、うーんと頭を捻る。
「――だーめだ!分っかんねえ!でもこのチェス盤には何かある気がするんだ。もっかい影に探らせてみるわ」
「そうか……クリスの勘は当たるからね……引き続き頼むよ」
クリスはグイッと腕を天井にあげ伸びをすると、机の上のチェス盤を片しはじめる。
「あっ、そういや、モーリスの件はどうなったんだ?」
「あぁ、今朝方に正式な処分が降りてね。今日この後、モーリスに伝えに行くつもりだよ」
「そうか。あんまやりすぎんなよ? こないだのロンド伯爵みたいなのは、もうごめんだぜ?」
「分かっているさ」
軽く受け流す俺を、クリスは信用ならないといった目で見る。どうやら、少し前の案件をまだ怒っているらしい。
そんなクリスを横目に、俺は苦笑いしながら生徒会室をあとにし、モーリスの宝石店へと向かった。
17区ある貴族街のうち、一番市井に近い貴族街に到着した。貴族街だからと言って平民の出入りを禁止しているわけではない。
ここは市井に近いこともあり、平民出身の富豪などが大きな館を建てて住んだり、店を構えたりしている。そのため他の閑静な貴族街に比べ、賑やかで活気のある場所だ。
途中で馬車から降り、徒歩でモーリスの店の前に到着すると、ショウウィンドウからモーリスが女性に良からぬことをしている姿が見える。
俺はその女性がレイチェルだと一目でわかった。
上手に変装しているようだが、5歳のとき婚約をした際に刻まれた指の紋章を誤魔化すことはできなかったようだ。
竜の加護を受けている王家の秘密の一つだが、王家の婚約は左手の指に紋章を刻むことで成立する。
現在の王家にドリュフェルノのように強い番概念はないものの、竜としての本能は、加護を受ける際に幾つか受け継いでいた。
竜はもともと繁殖力の低い生き物で、それを補うための性欲が他の生物よりも抜き出ているらしい。王家に強い番概念はないものの、似たり寄ったりなものを受け継いでしまっていた
。
加護を受けただけのただの人間では、その性欲に抗えずイタズラに子種をばらまいてしまい、魔力の少ない多くの女性を死に至らしめることになってしまう。
そこで性が目覚める前の幼い時期に、番の代わりとして婚約者を定め制約を行い、制約によって本能を縛るのだ。竜は番以外に生殖反応を示さないので、これによって性欲をコントロールできるようになる。
それでも性欲の高まりが抑えきれない際は、早めに婚約者を妃として迎えるか、王家に伝わる秘薬で対処する。
この秘薬は副作用はないものの、常用するとだんだんとその効果が失われていくのが特徴なので、前者を選ぶケースが多い。俺は幸運なことに、そこまで竜の力が強い方ではなかったので、どちらも選ぶ必要はなかった。
この指の紋章は、竜の番感知に似ていて、番である婚約者が近くにいると少しだけ拘束感を感じる。それに加え、婚約者が命の危機にさらされると赤く光るようにもなっていた。
ちなみにレイチェルはこの紋章のことは知らない。
指の紋章を刻むのは王家の人間だけで、相手の婚約者には何も行わない。否、行う必要性がないのだ。
王家の秘密は丁重に扱われていて、婚約者が妃として王家の人間になり、はじめて王家の秘密を知ることができるのだ。あとは、5大貴族の当主や王家に携わる側近や重鎮もある程度のところまでなら把握している。しかしその他は、重鎮の家族であろうとも、この秘密を知ることは許されていない。
薬指が紋章によってキュッと拘束されたことで、店内の女性はレイチェルだと分かったのだ。
レイチェルがどうしてこんなところに居るのか、どうしてモーリスに腕を掴まれているのか、気になることは多々ある。
しかしレイチェルがモーリスによって危ない目に遭わされているらしいのであれば助けなければと思い、俺は急いで店内に入っていった。
店内に入ったのが俺だと気付いた大男二人は、そそくさと入り口から店の端へと移動した。
「やあ、モーリス。随分と楽しそうなことをやっているじゃないか。俺も混ぜてもらおうか?」
店に入ってきた俺に気づくと、モーリスは何度か口の開閉を行なった。まるで魚のようだなと思いながら、レイチェルの腕を放すように促す。慌てた様に彼女から手を放し、ビシッと姿勢を正したモーリスは額から冷や汗をダラダラと流している。
突然入ってきた俺に驚いているレイチェルを観察しつつ、モーリスに謝罪をするよう促すと、モーリスはさらに汗をかき、カウンターに頭を擦り付けながら謝罪をしていた。レイチェルは、心ここに在らずといった気の抜けた返事をしている。
俺はモーリスへの処分通達は後ほど行うことにし、とりあえず事の経緯を手短に説明するよう指示すると、モーリスは額の汗をハンカチでおさえ目を左右に動かしながら指示に従った。
モーリスの報告を受けながら、横目でレイチェルを確認すると何やら考え事をしているようだった。
おそらく俺が何者なのか推測でもしているのだろう。先ほどから、「お前は一体誰だ?」といった視線が痛いほどに突き刺さっているから一目瞭然だった。
そうしているうちにモーリスからの報告がひとしきり終わり、俺はショーンとしてレイチェルに話しかけた。レイチェルは変装しているので、今は俺もショーンの姿をしていることだし、それに気づいてないフリもする。
「――なるほど。お嬢さん、その石を見せていただけるかな?」
俺の言葉に躊躇するように、なかなか石を渡さないレイチェルに、いかにも頭のいい彼女らしいと笑みがこぼれた。
俺は、レイチェルに安心してもらえるよう、彼女が石を握っている反対の手を優しく握りながら言葉を紡ぐ。
「大丈夫。モーリスにきちんとした鑑定させて良い値段で買い取らせると約束しよう。俺に任せてくれないかい?」
いつも情報集めの際、婦女子相手によく使う手だった。正直今までこの手を使って落ちない相手はいなかった。当然、素直で物分かりのいいレイチェルにも通用すると思っていた。
さらに駄目押しとばかりに、婦女子に評判の良い笑みを浮かべてみる。
だがレイチェルは、そんな自信満々だった俺を、強い意志がこもった目で見返しながら、突き放すように担保をくれと言った。
俺と会うときはいつも下を向いて、決して俺の目を見ようとしなかったレイチェルと初めて目が交差する。
黒曜石のような瞳は、魔法によって薄い茶色へと変えられていた。彼女のチャームポイントである黒髪黒目でないだけで、作りはほぼそのままなので、指輪の紋章が無くともレイチェルを良く知る人物であれば変装は見破られると思う。
おそらくこんなところで知り合いに会うはずがないと確信しているのだろう。
強い意志を持って俺を射抜く瞳に、心臓がざわざわと騒ぎ出し酷く落ち着かない気持ちになった。と、同時に魔法で隠してある薬指の紋章が熱くなったような気がした。
俺はどうにか平静を装い、笑みを崩さないまま袖についているカフスボタンを外してレイチェルに渡した。
カフスボタンにあしらわれている魔宝石が、レイチェルの持っている石と同じ物だったのは単なる偶然だ。だが、おそらく価値は数倍に高いので、これを渡せば安心してもらえるだろうと思ってのことだった。
レイチェルは少し戸惑ったようにカフスボタンを受け取る。必死で平静を装おうとする彼女が可愛く映った。なんだか、彼女から贈り物を貰ったような気分になり、急に嬉しくなってしまう。そんな気持ちを抑えるように、俺は石をモーリスに渡して正しく鑑定するよう脅し……いや、指示を出した。
モーリスはビクビクと怯えながら、平身低頭のまま店の奥に引っ込むと、袋と小切手を持ってきてカウンターに置いて鑑定を始める。そして、俺の反応を見ながら恐る恐るといったように、鑑定結果を述べ、勘定器具を弾き俺に提示した。
そこには俺が予想していた額があった。頷き納得してレイチェルと少年に伝え、その上でこの石を売るか尋ねる。
少年は驚いて、こぼれ落ちそうなぐらい目を見開きながら、口をパクパクとさせていた。
レイチェルは少し考えたそぶりを見せてから、今にも「はい、売ります!」と即答しそうな少年を、背に隠した。
何かを決意した様子のレイチェルを見て、今度は何が始まるんだと冒険記を読む少年のようにワクワクしてしまう。
そんな俺を知ってか知らずか、レイチェルは俺が先ほど預けたカフスボタンを見せながら話し始めた。
「失礼ですが、あなたは?」
「あぁ、これは失礼。名乗ってなかったね。俺は、ショーン。この店のオーナー……みたいなものだよ」
この店は俺によって摘発されるわけだし、次の適任者に店を任せるまでは俺が直々に管理することになるので、あながち嘘ではない。
どうやら、レイチェルは俺と交渉がしたいらしい。
先ほどから楽しくて仕方がない俺にしてみれば、大歓迎だったが、もっと様々なレイチェルの反応を見たいがため、ショーンとして余裕を装い、カウンターに背を預けた。
「――慰謝料と口止め料金を上乗せして下さい」
「お、お姉さんっ!」
背中から少年が止める様に慌てて出てきようとしたが、レイチェルがそれを封じる。またもや思いがけない言葉に驚く俺に、彼女はやんわりと脅しをかけてきた。
女性に脅されたことなど皆無だったから、面白くて堪らない。しかも、相手は真面目で堅物だと思っていた婚約者だ。
言葉をオブラートに包んで話しているが、要は「公爵家の力を使って店を潰されたくなければ3000万ヤールよこせ」といった内容だった。
俺と会うときは、いつも下を向いていた彼女。
兄と同じで、どこまでも真面目で、冗談という言葉を知っているのか疑わしいと思っていた。
俺の前では笑うどころか、怒ったり泣いたりしたことすらない。はっきりと視線が交差したのもつい先ほどだ。まあ、セドリックとしてではないが……。
そんなレイチェルが初対面の男を脅しているという事実が、なかなかに信じられそうにない。
カウンターに背を預けたまま余裕の笑みを崩さないよう努めている俺に、彼女はカフスボタンを見せながら続けた。
「えぇ。あなたが私に家名を名乗らないように、私にも少々理由がありまして。あまり詳しくは言えませんが……そうね、この界隈に、か弱い子供を脅して宝石をただ同然でふんだくったという噂程度は一晩で流せますねぇ……。貴族は風評をとても気にする生き物ですから、そんな曰く付きの店に今後宝石を買いに来る者どころか売りに来る者が現れるか心配ですね?……」
いたずらっ子のようにニヤニヤとカフスボタンを指で転がしながら話すレイチェルを可愛いと思ってしまう……。
女性に対して、こんなことを思うのは初めてのことだった。
脅されているのに、よしよしと彼女の頭を撫でて可愛がりたくなってしまう不思議な感覚を味わっているところに、モーリスが水を差した。
「このっ!……小娘がっ!調子にのりおって!」
顔を真っ赤にしたモーリスがカウンターから吠えたが、レイチェルが即それに反撃する。
「あらあら、モーリスさん……さっきまでの大人しい姿はどこにいっちゃったのかしら。元はと言えば、あなたが非道な振る舞いをしたからでしょう? それに私の推測は当たっているはずよ。――あなたこれが初犯ではないわね?」
淡々とモーリスを追い詰めるレイチェルも、なんとも魅力的に見えた……。
今日1日で知らない一面をたくさん知れて、困惑しつつも同時に、美味しいものを食べた時のような高揚感もあった。
正直、エレーナに初めて会った際に使われた光の力による高揚感など、比ではなかった。
しかし、その表情がモーリスに向けられていることが気に食わない。この男が茶々を入れなければ、今もレイチェルは自分を見ていたはずだ。沸々と怒りが湧いてきていたところに、モーリスがカウンターを乗り越えそうな勢いでレイチェルに悪態をついたので、堪忍袋の緒が切れた。
「黙れ、モーリス」
思っていたよりも、遥かに低い声が出て店内が凍りついたが、きっとそんな俺に俺自身が一番驚いていた。
――こんなにも誰かに殺意を覚えたことはなかった。
レイチェルの新しい一面をたくさん知ることができたが、同時に新しい自分も次々に発掘された。
自分が他人にこんなにも色々な感情が抱けるとは思っていなかった。
そんな俺を見ても止まることのないモーリスに、俺の怒りは頂点に達する。
「黙れと言ったんだ……俺の言葉が聞こえないか? モーリス」
さらに低くなった冷たい声が室内に響いたことで、モーリスは先ほどの勢いが嘘の様に、カウンターでブルブルと震えている。情けないモーリスの処分をさらに厳しいものにすると決断しながら続けた。
「モーリス……お前には、この件が片付いた後、処分を言い渡す。それまで一切口を開くな。一切だ。――分かったら、一度だけ頷け」
モーリスは震えながら、俺と目を合わせることなく恐る恐るゆっくりと頷いた。
そうやって最初から大人しくして入ればいいものを……。
情けなく震えるモーリスを捻り潰してやりたい気持ちをグッと堪えながら、頂点まで上り詰めた怒りを鎮める努力をした。




