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怜の記憶が正しければ、ここは乙女ゲームの世界のはずだ。
前世で妹だった響子が好んでプレイしていた乙女ゲーム、『秘密の青薔薇庭園〜優しい愛の束縛に溺れて〜』に登場する悪役令嬢こと、レイチェル・ソイルテーレが私だ。
妹がプレイしていた様子を何度か見かけただけで詳しい内容は覚えていない。
しかしながら大まかなストーリーは、このゲームの熱烈ファンである妹により耳にタコができるぐらい聞かされていた。
この乙女ゲームはヒロインのエレーナが、聖 青薔薇学園で、王子を含めたイケメンヤンデレ攻略対象者に溺愛され、愛ある軟禁生活がゴールエンドになっているゲームだ。
あらゆる場面でいきすぎない絶妙なヤンデレ加減が、乙女ゲーム初心者から玄人までを虜にしたらしい。(妹いわく)
そして私ことレイチェル・ソイルテーレ公爵令嬢は、ヒロインがどの攻略対象を選んでも陰湿にネチネチと邪魔をするのだ。
このレイチェルは、悪役令嬢らしからぬ地味な容姿が特徴だ。
前世が日本人の怜には見慣れた黒髪黒目で、髪型は前髪パッツンの日本人形スタイル。肌が白いのだけが取り柄だが、それすらも逆に不健康で気味悪い印象を与える。
悪役令嬢と言えば勝ち気な性格や傲慢な態度、そして何よりもはち切れんばかりの悩殺ボディー、またはスタイル抜群のモデル体型ではないのか……。
どうしてこんな怪しさ満点の地味ガールが悪役令嬢なのか……。
まぁ、レイチェルの容姿はさておき、ゲームでのレイチェルが辿る末路は、平民落ち、娼婦落ち、修道院送り、馬車事故死、国外追放のち島流し、獄中自殺、盗賊に殺されるなどなど、選り取りみどりだ。
ヒロインがどの攻略対象とどういうルートを選ぶかにより、レイチェルの辿る末路は変わってくる。
そして、私が転生したこの世界のヒロインちゃんはどうやら、レイチェルの婚約者であるセドリック狙いのようだ。
その証拠に、昨日までレイチェルはシナリオ通り陰湿にネチネチとヒロインを全身全霊いじめていた。にしても、夜な夜な抜け穴魔法研究した成果が池に落とす魔法だなんて……ちんけすぎる……。
しかしながら、ヒロインちゃんがセドリックと結ばれるルートであればレイチェルのエンディングは一番ライトな平民落ちだ。
最高よ!最高だわ!
そもそも、レイチェルが忙しい日々に追い込まれている大半の理由は、王子妃教育たるもののせいだ。それに加え、5大貴族であるソイルテーレ公爵家の矜持として、学園での女子生徒トップの成績維持をしなければならない。
元々、頭の良いレイチェルではあるが、それだけではトップを維持など到底なし得ない。
そう……全てはレイチェルの努力の賜物なのだ!
それなのに、嫌がらせの為に睡眠時間を削りに削り、抜け穴魔法の研究なんて……レイチェル……貴方は馬鹿なの?
今の私はレイチェルとして生きてきた記憶に加わり怜としての前世の記憶も持ち合わせている。なんなら、前世を思い出した今のベースは怜だ。
前世の私、内村怜はそれはもう省エネを極めに極めたエコガールだった。
人付き合いも面倒だし、恋も学校も面倒だと思っていた。
でもトータル人生を考えて、楽に生きる為だけに、最低限の勉強と人付き合いを心がけていたのだ。
そんな努力も虚しく呆気なく死んでしまったようだけど……。
そんなベースを思い出してしまえば、睡眠時間を削ってまで人様に嫌がらせなんて……。
めんどくさっ!! めんどくさすぎるよっ!! 思わず白目をむいてしまう面倒くささだよっ!!
もう、昨日までのいじめで十分でしょ……。というか、怜がベースのレイチェルじゃあ昨日までの頑張りなんて、とてもとても……はは……。
思い返せば、もうヒロインちゃんとセドリック殿下もいい感じだったし、レイチェルはすでに殿下からは疎まれているから今日からは何もしなくて良いのではっ!?
ふふっ…このままエンディングを迎えれば、レイチェルは婚約破棄の後に平民落ち。平民になれば、王子妃教育どころか貴族としての義務も無い!
最高じゃないですか! 素晴らしいわ! そうよ! これこそがエコライフよ!
鏡台の前でガッツポーズを繰り出したところでノックの音がした。どうやら、侍女のメアリーが起こしにきたようだ。
とりあえず前世を思い出したことは墓場まで持っていくとして、疑われない程度に昨日までのレイチェルのルーティンをこなしていこう!
もちろん、抜け穴嫌がらせ魔法の研究ナシでっ!ついでに殿下に会いにいってた時間も昼寝に回しちゃえ!
ふふっ……今日からは出来るだけ楽するわよっ!
そう意気込みながら、部屋にメアリーを通すのだった。