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悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う  作者: せららん
悪役令嬢でヒロイン虐めていたけど面倒になったのでシナリオ通り平民になろうと思う
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 その日は突然に訪れた。


 ザーザーと激しく降る雨の中、私は、公爵家の紋章が入った馬車に乗って数週間ぶりの家へと向っていた。




 馬車に乗る三十分程前。

 私が軟禁されている部屋がノックされ1人の兵士が入ってきた。見かけた顔の兵士は、私が軟禁されている部屋の扉を交代しながら外で見張っている兵士の一人だった。

 そして、お母様が倒れて危ない状態だから家に返す命令がセドリックから出されたと言った。既に公爵家から、迎えの馬車が到着していて私を待っているからと、兵士は私を急かし裏の門へと連れ出した。

 侍女のメアリーは準備を済ませた後、速やかに王家の馬車で送ることになったと言いながら、急いで私を馬車にのせ扉を施錠した。


 きっと、お母様は大丈夫で、これは誰かが仕組んだ脱走の手順だと瞬時に理解できた。恐らく、心配性なお父様か、過保護なお兄様が上手く仕組んで、私を王城から連れ出すことに成功したのだと思った。


 やっと久しぶりに家に帰れるという思いと、理解しがたい現実から解放された気がして、生憎の雨だが心は何処か晴れやかだった。


 しかし、馬車に乗り込んで約30分が過ぎたあたりで、馬車が大きく揺れて傾いた。私は何事かと思い、設置されていたカーテンを開けようとして手をかけようとする。

 と、同時に馬車の外から聞こえてきたのは、幾つも重なった野太い男の声だった。思わず、手が止まる。


 男達の意気込む低い声に重なって響く大きな悲鳴。ドサドサっと地面に大きな何かが倒れ込むような音。


 それ等全てが私に、この馬車は盗賊に襲われているという現状を教えていた。



 どうやら、ヒロインちゃんは選択肢を間違えたらしい……。

 だから私はセドリックに軟禁され、そして盗賊に襲われて殺されるエンディングに入ってしまったみたいだ。

 これが幻の、セドリックのルートで起こるバッドエンドであり、レイチェルの顛末なのだろうと推測された。



 私は思いがけない現実に唇をギュッと噛みしめる。

 まさかこんなにも早く、しかもこんな形でエンディングが始まるとは夢にも思っていなかった。まだ思い残したこともたくさんある。


 悔しくて涙が出そうになったところで、馬車の扉が大きな音と共に突然開かれる。


 私は、いよいよ死を覚悟した。


 ゲームのシナリオエンディングなら避けられないかも知れないけど、こんなところで死んでたまるもんですかっ!絶対、最後まで戦ってやる!攻撃はできないけど、守る力は発揮できるし、この場面で役に立つか分からないけど、研究を重ねた抜け穴魔法だってあるんだから!絶対に、ただじゃ死なない!


 そう決心しながら、守護魔法を急いで組み立てていると、思いもよらない声がかかった。



「レイチェル!!」


 聞き慣れた優しいテノールの音色に、驚いて守護魔法の展開を止めて顔を上げた。そこには、ここ数日会いたくて夢にまで見ていた相手がいた。


「シ、ショーン?! ショーンなの?! なんでっ?!」


 涙で視界がはっきりしない。でも、ショーンだとすぐにわかった。ドクンと嫌な音と共に心臓が大きく跳ねた。


 ーーまさか、私はショーンの手によって殺されるの……?!


 こんな酷いエンディングがあるだろうか……驚きと絶望に染まっている瞳は、限界まで開かれていた。



 馬車の中に入ってきたショーンに、守護魔法の展開も忘れた私は、絶望から逃れるようにぎゅっと目を閉じた。

 しかし、ショーンはそんな私の考えを裏切るように、力一杯私を抱きしめる。


「ああっ! 間に合ってよかった! もう大丈夫だよ、レイチェル! どこか怪我はない?」


 いつものショーンの声に、緊張の糸が解けて涙がぼろぼろと溢れ出した。一瞬でもショーンを疑ってしまったことに酷い罪悪感を覚える。

 ショーンは、そんな私をぎゅっと抱きしめたまま優しく背中をさすってくれていた。


「ショーン!……会いたかったっ……」


 助けてくれたお礼だとか疑ってしまった謝罪など言わなければならない事は沢山あるのに、私の口から出たのそんな言葉だった。

 セドリックに軟禁されている間、ショーンのことを思い出すたびに最後にいつも思っていたこと。

 そうだ。私は、ずっとショーンに会いたかった……。


「レイチェル!……君が無事で本当に良かった……!どこも怪我はないんだね?」

「ええっ、ないわ……ショーンが助けてくれたものっ」


 抱きしめる腕を緩めて私の顔を覗き込みながら、怪我の有無を確認するショーンに、たまらない気持ちになる。今度は私からショーンに飛びつくように抱きついた。

 ショーンは驚いて「うわっ」と声を出したものの、私の背中に腕を回して優しく抱きしめてくれる。


「レイチェル……」


 ショーンの胸に顔を埋めて肺いっぱいに彼の香りを吸い込むと、先ほどまでパニックになっていた精神も幾分か落ち着きを取り戻し始めていた。涙で荒くなった呼吸が落ち着いていく。

 

「ーー私の名前、知ってしまったのね……」

「うん……」

「ふふっ……いつから気付いていたの?」

「ーーさあ、いつからだろうね?」

「はぐらかすの? 酷い人ね」


 わざと拗ねた顔を作って彼を見上げると、ショーンは想定していた困った表情ではなく、とても真剣な目をしていた。

 何か重大なことを言われると悟り、私も黙って彼を見つめ返す。


「レイチェル……俺は、君に言ってないことが沢山ある。嘘もついた。本当のことを知れば、君は俺を許してくれないかもしれない……」


 ショーンの腕の中にいながら至近距離で彼の目を覗き込むと、緊張の中に恐れが混じっているような気がした。


「ーーそれでも、俺は……もうレイチェル無しでは、駄目なんだ……さっきも、君を失うかと思うとこの世の終わりだと思うぐらい怖かった……」

「ーーショーン……」

「レイチェル……俺は、君を愛してる……この先、レイチェルが真実を知って、俺のことを嫌いになったとしても……」


 私を抱きしめるショーンの腕が小刻みに震えていた。


「そんなっ……嫌いになんてならないわっ! どうしてそんなことを言うの? あなたが何者であっても、嫌いになんてならない!」


 ショーンの背中に回していた手で、彼の顔をそっと包みこむと、頬に当てた両手から彼の体温が伝わってくる。恐怖が混じっている彼の瞳を、強く見つめながら、思いを伝えるためにスウっと息を吸い込んだ。


「ーーだって、私もショーンを愛してる……」


 言った途端に、顔の表面温度が上がったのを自覚する。怜も含めて人生初めての告白に、恥ずかしくて居た堪れなくなり少しだけ彼から目を逸らす。すると両手に彼の手が優しく添えられ、そのままそっと頬から外された。


 お互い、恋心に気付いていたはずだ。でも、こうやって改めて言葉にしてみると、なんとも言えない高揚感に満たされる。

 この瞬間はゲームとかシナリオがどうとか、何も考えられなかった……。

 ただ目の前のショーンに全ての意識が集中していた。


 ショーンの恐怖はまだ消えてないようだが、それでも嬉しそうに笑って、照れて俯いた私の頭頂にキスをしてくれた。


「ーーレイチェル……聞いて……。この先、何があってもこれだけは信じて欲しい……。俺は、レイチェルを愛してる……君がなんと言おうと君を離すつもりはないし、誰にも譲るつもりはない。ーー愛してるんだ……どうかこれだけは、信じて……」


 全身の血が沸騰しそうだ。

 好きな人に愛情をもらう事が、こんなにも嬉しいものだとは知らなかった。もう今なら大人しくエンディングを迎えて良いと思うぐらいに幸せだった。

 ショーンがいったい何にそんなにも怯えているかは分からないが、彼が何者であっても受け入れる覚悟と自信はあった。



 あの声が聞こえる前までは……。



「殿下っ!ご無事ですかっ!?」



 大きな声と共に、少し開いていた馬車の扉がバンッと激しい音を立てて完全に開かれた。その勢いといえば、いくら公爵家専用の丈夫な馬車だとしても、一瞬にして壊れてしまいそうな勢いだった。


 殿下……って、まさかショーンは他国の王族だったのだろうか……しかし、それなら彼が身分を隠すことの辻褄が合う。


「ああ……。レイチェル共々、大丈夫だ」


 ショーンは顔から表情を消して、騎士に淡々と状況を説明する。しかし顔を上げて騎士を見た途端、私の顔からも表情が消えることになる。

 その騎士は家同士もよく知っている5大貴族のアイレヴェール侯爵家子息、クリスフォード・アイレヴェールだった。そんな彼が、殿下と呼ぶ人はこの世でたった1人だ。


 私の頭は真っ白になった。

 息ができないまま、ショーンからゆっくりと離れて距離をとる。


「ーーあなた……」


 自分が想像していたものより、あまりにも小さな声だったけど、そんなことなど気にならない。ただ誰かこの馬鹿げた考えを止めて欲しい……。


 

「セドリック!大丈夫か……!?」



 そしてついに私を地獄へ突き落とす真実が明かされた。


 クリスフォードを勢いよく退けて馬車に乗り込んできた、この帝国の第一王子、ギルバート・ウラン・ハイデンによって。


 ーー再び、驚きと絶望が私を襲う。


 さっきまでの幸せな気持ちが嘘のようだった。

 もう、息の仕方まで忘れてしまったように体が硬直している。それでも、ゆっくりと思考を巡らせようとしたが、フッと体の力が一気に抜けて、私の意識がフェードアウトした。


 意識がなくなる前、ショーンが驚いたように私の名前を呼んだが、私の意識を引き留めることはなかった。



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