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誤字脱字報告、そして評価してくださり本当にありがとうございます!( ; ; )
時系列が行ったり来たりと読みにくいかと思いますが、どうか最後までお付き合いくださいますと幸いです。
「よし。さて、お嬢さん。話を元に戻そうか。慰謝料と、口止め料だったかな?」
「ーーはい。そちらの魔宝石の合計とまとめて、3000万ヤールで手を打ちましょう」
「あははっ!これはまた大きく出たね。少々、ふっかけ過ぎではないかな?」
ショーンは軽やかに笑っているが、目は商売人の目でギラギラとしている。
相手に、希望よりはるかに高い値を提示するのは商談の基本だ。この値からだと、相手の出方を探りつつある程度は下げられる。
目の前の男は油断はできない相手なので、気をしっかりと引き締めた。
「先ほど申し上げた内容を、私が実行するとしたら、もっと大きな損害が出るでしょう? これぐらいが、妥当かと思ったのですが……むしろ、妥協したぐらいです」
店内には、私の声とショーンの指がカウンターをトントンと叩く音だけが響く。ショーンの身動きを観察しながら、慎重に言葉を選んだ。
「ーー俺が店に入ったときとは立場逆転といったところかな? その金額じゃあこちらは大損だね。この店のオーナーとしては、君たちを助けたのは間違いだったかな?」
ショーンはそう言いながら、カウンターに指をリズミカルに置いていく。そんな姿も優雅に見せてしまうのだから、この青年はただ者ではないのだろう……。
「いえ、そうでもありませんよ。あそこで貴方が入ってきてくれなかったら、私はこの交渉を持ちかけること無く、言った内容を実行したのみです。もちろん、それだけでなくツテを使って、この店を摘発していました。そうなると、オーナーの貴方もただでは済まなかったはずでしょう」
私はそう言ってから、手に持っているカフスボタンに、店内の明かりを映そうと、様々角度に傾けてみる。
貴族の持ち物には、よくその家の家紋が魔法によって刻まれているのだが、どうやらこのカフスボタンに家名は刻まれてなさそうだ。
「ーーふっ。たしかに、君ならやりそうだ」
「えぇ、やりました。完膚なきまでに」
「ふっ……ははっ!……あはははっ!」
厳しい目から一転、肩を震わせたかと思えばいきなり声をあげて笑い始めたショーンに、私とトーマスを含め店内にいる全員がポカーン面食らう。
やがて私は、馬鹿にされているような気分になり、じんわりと怒りが湧いてきた。
「ーーなにがそんなに面白いのですか? 嘘だとお思いなら、今すぐ実行して差し上げましょうか? 私がただの小娘だと思っていると痛い目見ますよ」
どうせ、このショーンという青年が介入してくる前はこうしようと思っていた。
完膚なきまでに、このモーリスとやらをボコボコにして店を摘発し、ふんだくれるだけふんだくろうと思っていたのだ。もし、お金が手に入らなくてもお父様かお兄様に頼めばなんとかなる。
私が、魔力をひねり出そうとしたとき、ショーンはやっと笑うのをやめ両手をあげた。
「おっと、降参だよ。今回は、こっちが分が悪いしね。ふふっ、あははっ!」
「ーーいったい何が、そんなにおかしいの?」
キッと音がするぐらい睨みつけると、ショーンはそんな私を見てまた辛抱たまらんと吹き出す。
相手が怒っているときに腹を抱えて笑うことほど、火に油を注ぐ行為はないだろう。
「ふふふっ……なに、いや……随分お転婆なお嬢さんだと思ってね」
「ーー馬鹿にしているの?」
「いや、とんでもない。逆に称賛しているんだよ。勇ましいお嬢さんだなって」
「ーーやっぱり馬鹿にしているじゃない」
「あははっ!そんなことないって!」
部屋の温度を一気に下げたり、笑い転げたり、忙しい男だ。
とうとう笑いすぎて目尻に涙が溜まり始めたのか、ショーンは相変わらず笑いながらそれを手で拭った。そんな姿も様になるショーンに、もういろんな意味で腹がたつ。
そして何より悔しいのが、嫌味のない優雅な立ち振る舞いや、これまでの会話から分かる頭の回転の速さ、貴族独特の外見の良さも含めて、全てが好みだったことだ……。
「あぁ、笑った笑った……。さて、3000万ヤールだったね」
ショーンはやっと笑いをおさめると背を伸ばし、カウンターにあった小切手を一枚手に取った。
「ーーいいだろう。3000万ヤールは迷惑料と口止め料としてお支払いしよう。宝石の金額とは別にね。そして、楽しませてもらった料金も上乗せして一緒に付けておこう。合計4000万ヤールだ。それ以上は出さない。いいね?」
交渉のためにふっかけた値よりはるかに高い金額に内心驚きを隠せない。
「ーーはい……こちらはそれで良いです」
それにしても、つくづく腹の立つ男だ。
楽しませてもらった料金って……馬鹿にするにも程があるでしょ!
でもトーマスのことを思えば、ここは公爵家令嬢としてのプライドを綺麗に折りたたむことが正解だろう。ショーンの気が変わらないうちに私は大人しく頷いた。
交渉には勝ったはずなのに、悔しいったらありはしない。
「ーープライドの高くて負けず嫌いなとんだじゃじゃ馬かと思えば、誰が為に自分を抑えるとは……君は俺の想像以上にお利口さんだったようだね」
感心して見せているようだが、言葉の節々に私を馬鹿にしているものが混じっている。今、口を開けば、男を詰ってしまいそうなので、私は沈黙を貫いた。
「ーーはぁ。まいったな……そんなつもりじゃなかったのに、気に入ったよ。モーリスより、きみにこの店を任せたいぐらい……ね」
ショーンは小切手にサラサラと金額を書き込んでいくと、前世のはんこの代わりとなる魔法印をかざして書類に刻んだ。
「はい、これで交渉成立。君たちも書類にサインして」
「ーーこのお金は、全額トーマスのものなので」
「ーーそう。じゃあ、トーマス。ここに、君の名前を書いてから、手をかざしてくれ」
トーマスは頷いて、指示通りに名前を書くと書類に手をかざした。すると書類の魔法印が青白く光りトーマスの手の中に消えていった。
どうやらこの魔法印が、この世界の暗証番号のようなものらしい。
「君たちはどういう関係なの?」
「ーーこの件に関係ありますか?」
さんざん馬鹿にされたので、いくら好みの男でもこれ以上踏み込まれたくない。
怜としての前世を思い出し、ベースが怜になっても、レイチェルとしての記憶や思考が消え去った訳ではないのだ。二人が一つになった感覚なので、レイチェルの短気でヒステリーで陰湿ネガティブな性格も怜と融合され、しっかりと残っている。
「いや、単なる好奇心さ」
前世で海外ドラマを見る際によく見かけた両肩をクイっとあげる仕草も、目の前の男にかかれば優雅かつスマートに変換できるらしい。
そんな姿まで憎たらしいと思っていると、契約を終えたトーマスがまるで家族の自慢をするかのように嬉々として私との出会いからこれまでの流れを話し始めた。特にトーマスに口止めをしていた訳ではなかったので、仕方ないと諦め、嬉しそうに話すトーマスを横目で見ていた。
「ーーそれじゃあ、君たちはこれまで何の関わりもなく、さっき偶然に市場で出会っただけの仲だと?」
「うんっ! お姉さんが、僕は運がいいって! ねっ?」
嬉しそうに笑うトーマスに私は苦笑いしつつも、慈愛の心で小さな頭を撫でた。
「それは、間違いない。君は、とてもラッキーだよ。そして、俺からトーマスに礼を言おう。こんな面白い素敵なお嬢さんを紹介してくれてありがとう」
ショーンはトーマスの目線まで膝を折ると、手を差し出して握手を求めた。
ーー面白いは余計だ。そろそろレイチェルの浅い怒りのゲージが振り切れそうである。
「君も、随分酔狂だね。でも君に出会えて本当に嬉しいよ」
ショーンは立ち上がって、私の方にも手を伸ばし握手を求めてきたが、私は当然ながら気づかないフリをした。
当たり前だ。さんざん人のことを馬鹿にしておいて、握手だなんて図々しい。むしろ手を叩かなかったことを褒めていただいたい。
私はショーンを無視したまま、トーマスに話しかけた。
「よかったね、トーマス。これで、とりあえず安心ね?」
「うんっ! お姉さんっ! 本当にありがとうっ!」
「いいのよ。これからも、お父さんと、お兄さんを大切にね?」
「うんっ! お姉さん……また、会える?」
「えぇ、また会いましょう? お兄さんが元気になったら教えてね?」
嬉しそうに頷いたトーマスと軽いハグを交わす。それからトーマスは急いで父親とお兄さんがいる病院に吉報を伝えるため、急いで店を飛び出していった。
そして店内には魂の抜けたモーリス男爵と、屈強な身体を出来るだけ目立たない様に縮こませて部屋の端にいる男二人、そして何処か楽しげなショーンと、私だけになった。




