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「ーーはて、お嬢さん。その単なる石炭を1000ヤールで買ってあげようというのに、断るのか?」
「1000ヤールですって?笑わせてくれるじゃない、おじさん。」
あれからトーマスを落ち着かせ、一緒にお昼ご飯を食べてから、私は市井から一番近い貴族街に佇む貴族御用達の宝石店へと足を運んだ。もちろん平民レイラとして……。
いつゴーレムとやらに見つかるかも知れないし、いくら助けると決めた少年だとはいえ、正体を明かす必要は無いと思っていた。
だが、悪手だったな…と反省しながら、目の前の食えない巻き鬚おやじを睨みつけていた。
「ーーおじさんの言う通り、これが普通の石炭だったとして、なんでおじさんは1000ヤールも出してくれるのかしら?石炭の相場は確か10ヤールでしょ?」
「なに、幼い弟を連れてこんな場違いなところまで来たんだ。何か相当困ってるんだろう?私は、そんな君たちを助けてやろうと思ったんだがね……」
明らかにナメられている……。
平民だから魔力も無く、この石が魔宝石だと証明することなんてできないと思い込んでいるのだろう。
しかし、この一帯で宝石店はこの店ぐらいだし、公爵令嬢として出直すべきか奥の手を使うべきかなと考え始めていると、トーマスが私の手をぎゅっと握りしめてきた。
ハッとして出入り口を見ると、いつの間にか屈強な男二人がドアを封鎖する様に立っている。
ーーなかなかにヤバいな。
私一人ならともかく、今はトーマスが一緒だ。
「さあ、私が優しいうちにその石炭を売ると良い」
「ーーあら、おじさん。私たちを脅しているの? たかが石炭のために?」
「ははっ! そんな石炭を1000ヤールも出して買ってやろうって言うんだ! なにが不満だ! さあ、その石をこっちに寄越せっ!」
本性出し始めたな、この巻き鬚おやじ……。この調子じゃ1000ヤールも払うか疑わしい。
巻き髭おやじは、私の手をグッと掴むとカウンターの方に引き寄せ、石を無理矢理奪う作戦に入ったらしい。
「ーー痛いわっ! おじさんっ、こんなことをして、ただで済むと思っているの!?」
「はっ! お前達、薄汚い平民にいったい何が出来るってんだ! あぁ!? ここはなぁ、身のお綺麗な方々がいらっしゃる由緒正しい宝石店なんだよっ! お前達のようなドブネズミがくるところじゃないんだっ! 分かったら、その石をこっちに渡してさっさと掃き溜めに帰りなっ!」
「ーー話には聞いていたけど、貴方みたいな下衆が本当に居たとはね……。貴方、ここで店を持っているってことは、腐っても貴族じゃないの?」
「なんだと!? あぁ、そうさっ! 俺は、ありがたい追跡の祝福を持っているモーリス男爵様だっ!本来はお前達のようなドブネズミはお目にかかることもできないお方なんだよっ!」
モーリス男爵とやらは踏ん反り返って、私たちを見下しながらそう吐き捨てる。私の手首は依然強く握られ引っ張られたままだ。
この石の本当の価値を知るこの男は、なりふり構わず石を奪おうとしてくる。
「さあっ! 痛い目見たくなければ、さっさとその石を寄越せっ! 小娘っ!……なんなら、本当に痛いめにあっていくか? ククッ! よく見りゃあ、ドブネズミにしては楽しめそうな顔をしているじゃないか……お前の出方によっちゃあ、良い思いをさせてやってもいいんだぜ?」
厭らしく舌なめずりをし、私の手をグッと勢いよく引き寄せると、男の顔が私にぐんと近づいた。
汚い唾液が飛びそうな距離感に思わず背筋がピーンと凍りついたが、男はそれを恐怖からくるものだと思ったらしく、ニヤニヤと笑っている。
「さあ、どうする? 今、石を渡せば、そこの可愛い弟は見逃してやる……断りゃあ……分かってるよなあ? ククッ」
ーーこうなったら仕方ないか……。
握られた手首も気持ち悪いし、顔近いし……何より、トーマスの教育上よろしくないしね。
反撃に出ようと決め、手に魔力を込めようとしたその時だった。
ガランガランと音を立てて、屈強な男達が塞いでいる扉が開き、1人の青年が入ってきた。




