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09.光の谷の集落

 勢い余って一回転。受け身を取って立ち上がったおれは、あくまで自分は友好的だという表情を三人の男たちに向けてみた。おれが立っていた場所には樽が転がり、彼らが聖水と呼ぶ液体が地面に溢れ出していた。


 自分の状況を整理するついでにおさらいをしておこう。

 普通の人間は異能を持たないし、魔物の体も同化していない。

 アッシュがいうには、ここには人が近寄れない楽園だった。楽園を守っている魔物の代表格が、あのメタルクローたちらしい。

 しかしここには集落があり、人間が住んでいる。


 一つ確実なのは、目の前にいる三人は少なくともおれを好意的には見ていないということだった。


「おいスリチェ、こいつ避けたぞ」

「ああ、俺もはっきりと見たぜ、マチェ」


 屈強な男たちが顔を見合わせていい合った。二人ともまっさらの頭部に上半身になにもまとっていないという格好で、さらに顔も声も似ている。もしかしたら双子なのかもしれない。


「おいビル! みんなを起こせ!」


 そういわれた見張りのビルが集落のなかへと駆けていった。こんなつもりではなかったのだが。


「おれは人間だ。魔物じゃない」

「嘘をつけ! じゃあどうして聖水を避けた!」

「聖水じゃない。あの重そうな樽を避けただけだ」

「はっ、どうだか」

「マチェ、いまのうちにやっちまおうぜ」


 吸血鬼の異能の補正かどうかはわからないが、なんとなく二人の見分けがついてきた。マチェと呼びかけられた男が、スリチェの言葉に頷く。


「そうだな、応援を呼ばれる前にやるか」

「待て。戦う意思はない」

「俺たちに見つかったのが運のツキってやつだ!」


 そう叫んだマチェの巨体が迫る。腕っぷしに自信があるのはわかったが、正直にいってしまえば敵ではなかった。ナイフを抜かず、素手で相手をいなし、地面へと投げ飛ばす。それを見たスリチェは明らかに怯んでいた。


「こいつ……! 人間の強さじゃないぞ……」

「おれより強い人間なんていくらでもいるし、そもそも戦う必要なんてないんだけどな」

「くそっ。じゃあその樽に入った聖水を掬ってみやがれ!」


 できないんだな、それは。


 なかなか困った状況だ。相手の誤解を解く方法が使えない以上、おれの意見を信じてもらえる手段はない。

 仕方がない。ご飯は山なり森なりを探して見つけることにしよう。


 腰を抑えてうずくまるマチェをスリチェが介抱しているなか、おれは少しずつ後ずさり始めた。


「ライア、逃げるぞ」


 おれは背後に隠れているであろうライアに呼びかける。隠れていた彼女はすぐにおれの横へと飛んできた。このタイミングでここに来ては隠れていた意味がないのだが、幸運にも目の前の男たちには見えていないらしかった。


「待ってくださいバネさん」

「いや、これは無理だ。誤解を解けそうにない」

「いえ、それよりも……」


 ライアがいい終わる前におれは気づいた。その気配に、どうやらスリチェとマチェも勘づいたらしい。それがなにかと問われれば、簡単にいってしまえば荒々しい殺気だった。


 しかもそれは、一匹や二匹のものではない。


「てめぇ、仲間を呼びやがったな!」


 スリチェが唾を撒き散らす勢いで糾弾してきた。おれはそれを意に介することなく、ナイフを抜いて一気に彼ら二人へと接近した。


「ひっ、た、助けて!」


 スリチェもマチェも腰を抜かしたようにその場へへたりこんでしまった。おれは気にせずそのままナイフを振り抜き、二人の頭上を跳躍しながら叩き斬る。もちろん二人ではなく、二人の背後から飛びかかっていたメタルクローをだ。


 二人の情けない悲鳴と、次いで走り近づいてくるメタルクロー二匹の咆哮が重なる。脚のバネを活かしてふたたび跳躍したおれは、そのまま空中で一匹目を蹴り飛ばし、二匹目の顔を斬り薙いだ。


 着地したおれは最初に斬り吹き飛ばしたメタルクローへ向けて、ブーツから抜いた小刀を投げ刺した。三匹の注意(ヘイト)をこちらに向けさせながら、おれは倒れていた樽に駆け寄る。まだ中身は少し残っているようだ。


「どんなもんか試してやる」


 おれは突進してくるメタルクローに対して樽を放った。小刀が肩のあたりに刺さったメタルクローが正面から樽に頭突きし、まともに聖水を被った。焼けた鉄板に水をかけたような蒸気とともに、メタルクローが甲高い悲鳴を上げた。


「やったか!」


 スリチェかマチェのどちらかがいった。


「いや!」


 おれが即座に否定し、


「バネさん後ろ!」


 ライアが叫んだ。


 眼前の三匹とは異なる気配に、おれは身を投げた。蒸気を上げながらも怯むことなく突進してくるメタルクローと、おれの背後から突進してきたなにかが正面からぶつかりあった。


「なんだありゃあ!」

「でけええええ!」


 スリチェとマチェはそれを見て戦慄したのか、引きつった表情で抱き合った。


 おれもそれを見た。

 一度戦ったことのあるメタルクロー。他の個体よりも巨躯のそれは、森林地帯で戦ったメタルクローの頭領だった。


 頭領は蒸気を上げるメタルクローと真正面から激突していた。頭突き合戦は単純に体躯と勢いの差で頭領側に軍配が上がり、組み敷かれた蒸気のメタルクローは一瞬にしてその喉笛を噛み裂かれてしまった。


「な、仲間割れだ!」

「なにが起こってるんだああ!」


 スリチェとマチェが絶叫する。おれはその仲間割れという言葉をヒントに、すぐに状況を把握した。


 おれたちを襲ったメタルクローは、いずれも目が赤く光っており、その内の一匹はよくみれば臓物を引きずっていた。効果があるらしい聖水にもまったく怯まなかったことやその外見から、一つの答えが導き出せる。


 要するにこの場にいる頭領以外の三匹は、眷属化したメタルクローだ。


 目にも留まらぬ速度の動きに強力な鉄爪と牙。二匹目、三匹目と一瞬にしてその息の根を止めてしまった頭領は、血に濡れた顔で怯える屈強な男たち二人とおれを交互に睨んだ。


「立ち去れ! 去らねば死ぬぞ!」


 そういい残して闇のなかへと走り去ってしまった頭領と入れ替わるように、松明を掲げた者たちがおれたちのもとへと駆け寄ってきた。そのなかには見張りのビルの姿もあり、彼が呼んだ集落の民たちだろうとおれは推測した。



 集落のなかでもっとも大きな家に招かれたおれは、リンダと名乗る老村長の歓待を受けた。ランプの温かな灯火と豪華な食事はおれを安心させたが、同時にいくつかの疑問も湧き上がらせた。


「まずは彼らの非礼をお詫びしたい」


 そういった村長の頭を上げさせ、おれは気にする必要などないと説いた。あの場で聖水を浴びることができなかったおれにも非はある。


「ここ最近、不幸が重なっておってな。この光の村全体がピリピリしておる」

「光の村……」

「光の村ですか」


 家のなかを我が物顔で浮き回っているライアがおれに続いて相槌を打った。村長に姿が見えないのをいいことに自由に振る舞っているらしいライアは、いまは話を聞きながら窓の外を見ていた。


「もともとワシは民間の中距離キャラバンの所属でな。ウィランドの街を知っておるか?」


 おれもライアも首を振った。


「ここからもっとも近い街じゃ。その街で楽園と呼ばれるこの場所の存在を知り、わしはどうしても一度そいつを見たくなった。そしてわしに賛同したキャラバンの仲間とこの街の噂を聞きつけた者たちで協力し、ここにたどり着いたというわけじゃ」

「それで、この集落を?」

「ああ。見たくなると、次は住みたくなってな。じゃがそれに賛同する者は少なかった。ハウクさんは、なぜここが楽園と呼ばれているか知っておるか?」


 ふたたび、おれもライアも首を振った。


「昔のわしもそうじゃった。じゃが、来てみてわかった。禁制地なのじゃよ、ここは。わしら外部の人間はそれを恐れなかった。欲張ったのじゃ。禁制とされておりながらその理由は誰も知らんかった……」

「メタルクローだな」


 おれがいうと、村長は苦笑して頷いた。


「もしかすると昔はしっかりとした理由があったのかもしれん。じゃがそうやって人が近づかないうちにここは魔物の楽園になっておったというわけじゃ」

「それでも村長たちはここを離れなかった。なにか理由があるんですか?」

「いいや。単に欲張った結果じゃよ。実はここにはわしたちが来る前からいくつかの建物があってな。朽ちておったからおそらくは昔ここに住んでいたか、それとも禁制地としてここを見張っていたかの連中のものじゃろうが……しかし彼らはとても役に立つものを残していた」


 村長がテーブルの下から取り出した瓶には、透明な液体が満たされていた。


「聖水、ですか」

「正確には聖水の作り方じゃな。魔物除けとして機能するそれを改良した。マチェやスリチェといった有能な大工も残ってくれていた。この豊かな大地で取れる水や食肉や農作物、そして魔物除けの聖水は、わしたちを豊かにしてくれるじゃろうと思っていた」


 村長はグラスに注いだ水を飲んでから、一つため息を吐いた。おれのグラスにも綺麗な水が満たされていて、おそらくはここで採れるものなのだろう。


 おれは臭いを確認してからグラスをあおった。


「行方不明者が現れるようになったのは半年ほど前のことか。この村の者たちに加えて、新たにここの噂を訪ねてきたと語る者たちもな」


 村長の話を要約するとこうだ。

 この村は魔物除けの聖水もあり、必要以上に魔物たちの領域を脅かさなかった。結果、ある程度の共存が可能になった。もしくはなったと思い込んでいた。

 しかしその一方で行方不明者が跡をたたなくなる。魔物の仕業なのではないかと逃亡する者も現れた。共存できているとは思い込みだったのか?

 そんな村長たちの心を揺らすように、共存できていたと思い込んでいた魔物たちが村へ近寄ってくるようになった。特に先ほどのメタルクローなどは良い例だ。


 なるほどな。


 余所者のガイデルシュタインが均衡を崩したというわけだ。


「噂でも立ったんですか? 人間の姿に酷似した魔物が森のなかにいるだとか……」

「ほう。よくわかったな」


 村長は感心した様子だった。おれが疑われたのはそのせいか。


「成人した男が森のなかで人間たちを餌にしている。そういい出す者が現れた。メタルクローの縄張りに女の子を見たという噂もでてきた。どちらが本当かはわからん」


 おれはライアを見たが、彼女は首を振ってそれを否定した。


「兎にも角にもわしたちは限界じゃ。敗北じゃ。食糧と荷物をまとめ、わしたちは街に戻る」


 疑問に一つ合点がいった。この豪華な食事は保存の効かない食料を処分する結果というわけだ。しかし肉、魚、野菜(はっぱ)にいたるまでバランスよく食卓に並んでいる点は、新たに疑問を生む。


「食事はとてもありがたいのですが、こういう肉なんかは保存食として使えるのでは」

「ん? ああ、食べてみればわかるかもしれんな」


 なんだろうか。促され料理を食べてみると、なるほどこれにも合点がいった。


「塩……ですね」

「その通り。食事に用いるものも塩漬けに使うものもな。海側にあった塩田も管理が追いつかず、山に岩塩はあれど魔物の住処……ハウクさんにはお節介かもしれんが、ここはまだ人間には過ぎた土地じゃ。ことが済んだら立ち去ったほうが良い」



 魔物を撃退してくれたお礼として、村長はおれに小屋を一つあてがってくれた。隙間という隙間を布で塞ぎ、遮光を完璧にしてから、おれはその小屋を出た。


 村を歩く。困惑した様子で背後に浮くライアは首を傾げていた。


「寝る準備をしていたのかと思いました」

「寝る気だったけど、考えが変わった」

「どこに行くんです?」

「どこかに行かれるんですかい?」


 後ろのライアからではない、正面からの野太い男の声。マチェとスリチェだった。


「あれからずっと外の見張りを?」

「ええ、そりゃまぁ」


 初対面の勢いはどこへやら。マチェが照れたように頷いた。


「特に魔物が入ってきた晩です。みんな起きて見張り業ってわけでさぁ。向こうにはほら、村長も」


 いわれて見てみればたしかに村長の姿も遠くに見える。


「村長から話は伺いました。それで、気になることができたので少し出かけようかと思いまして」

「え、どこへです?」

「どこへですかい?」


 今度はライアとスリチェの声が重なった。

 説明するべきか、否か。夜中におれを訪ねた者がおれの不在に気づく展開は厄介だし、どこに行くかくらいは話しておいたほうがいいのかもしれない。


 おれは目的地を指し、その指をこの場にいる三人が追った。


「メタルクローの縄張りに」


 そのおれの言葉に、三人は揃って疑問符を浮かべた。

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