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17.皆のために

 古代未来都市『ヒルザン』。勇者パーティからの追放が決まってすぐ、おれは然るべき時間と報酬を受け取った。名目上としては呪いの匣を開けたことに対する危険手当と、勇者側からの契約違反に基づく違反補填金。要はパーティからの手切れ金であり、おれ一人の命と天秤に釣り合ったのがこの額なのだと思うと、どこにも感情を着地させることができなかった。行き場のない死への恐怖はまだそれほどでもなかったが、同時に覚えた憤りは果たして誰に対するものなのか、おれ自身まったくわからなかった。


 おれは速やかに出ていこうと荷物をまとめ、誰にも挨拶をせずに出ていこうとした。人払いがなされていたキャンプから出たおれは、隣のテントから出てきたラスタと鉢合わせた。


「ベニー。きみ(・・)には気の毒なことになったが、俺はあくまで、この件について謝罪することはできない」


 立ち入ることを禁止されているはずのキャンプに当たり前のようにいることについての弁解などは一つもなく、ラスタの発言は、ゆえにいっそ清々しかった。


「安心しました」

「安心?」

「ええ。謝られていたら、逆に困ってしまったと思います。おれは自分の意志であの匣に手をかけた。そうでしょう?」

「だがそう簡単に心を整理できるものではない」


 ラスタはそういって自身の黒髪をかき上げた。


「それが本音か建前かは問わずにおく。どちらにせよ、きみのその精神は評価に値する」

「ありがとうございます」


 建前なのかもしれないが、実感はない。死の直前になればまた考えが変わるのだろうな。そのとき、おれはそう思った。


「話してくれる必要はまったくないが……これからどうする」

「まだはっきりとは。けど、そうですね。行きたいところがいくつかあって、三日でそこにたどり着けるのなら、行ってみようかと。あ、都市じゃないですよ」


 ラスタが鼻を鳴らした。


「ちょっと待っていろ」


 そういってテントのなかへと戻っていったラスタは、すぐにまた姿を現した。手に持っていた布包みをおれに渡し、開くようにいった。


 それはナイフだった。鞘を外し、太陽に反射させる。片刃で磨き上げられた刃は美しく、根元の波刃や峰側の凹みはいくつもの用途に応じて使い分けられる多機能ナイフであることを演出している。それでいて柄も刃も大きく太く、一目でそれが非常に頑丈な代物であることがわかるものだった。


 そしてなにより、おれは知っている。このナイフはラスタ――勇者パーティの参謀にして際立った戦闘力を持つ憧れの一人――が携行しているモデルと同じものだ。


「餞別だ」

「え……でもこれ、特注品ですよね?」

「ああ。俺の目に叶う強度と実用性を追求したせいで、完成品はまだ四本しかない。一本を折って、もう二本はおれの手元。あとの一本はお前(・・)に託す」

「いいんですか。だっておれは……」

「いい。持っていけ。武器訓練でもナイフの結果(ステータス)は悪くなかった。不死なのはお前だけだ。もし誰かを助けたくなっても、素手では限界があるだろう?」

「え?」


 その言葉に、おれの声は裏返った。


「関わった人を、まだ見ぬ人を、自然と生きる動物を、人と生きる動物を、そして可能ならば魔物たちも。皆を助けたい、救いたいというのが志望動機だったんだろう?」


 勇者パーティに入る際の思想評価(テスト)の話だ。自分がいかに一員として相応しいかをおれは必至に練習し暗記した文章によって演説した。しかしこれは誇大話でも、ましてや嘘などでもない。本当にそんな純粋なことをおれは願っているのだ。


 しかしあくまでそれは願いであり、それを叶えるための力をおれは持たない。勇者カナンやラスタ、フレイア、ミルテン、デミトリィ、マジーン――秀でた仲間たちのように己の異能(ちから)は足りず、自分の命だけを守るだけが精一杯。それでもおれはどうにかしたい、この夢に一歩ずつでも近づきたいと努力してきた。


 おれはナイフの刃を鞘へと納めた。


「それじゃあ、道中で出会った方たちは、これでちゃんと助けます。助けてみせます」

「そうか……楽しみにしている」


 おれは一礼して、ラスタに背を向け歩き出した。



「バネッダアアアアアアアアアア!」


 地の底から轟くような声に、名を呼ばれたおれもそれ以外の人間も、全員が周囲を見回した。


「今度はなんだ!」


 燃え上がる集落のなか、立ち昇る黒煙を避けて逃げようとしていたラブロスがその声に怯えて崩れ落ちた。すぐにそこに首輪の女性が駆け寄る。


「落ち着いてください」

「落ち着いてられるか! アレが見えんのかアレが!」


 ラブロスの指の先にいた影に、おれは息を呑んだ。


 四方から上がる火の手に照らされ、ゆらゆらと揺らめく黒い影。高さも幅も四、五メートルはあるであろうその影は、人にも見えたし、翼を広げたコウモリにも見える。影とはいっても、その炎が現す光はなににも遮られてはいない。そこには黒く禍々しく、黒煙のように、瘴気のように、あるいは陽炎のように存在する邪悪が存在していた。


 ガイデルシュタインのその姿は精神体のように曖昧なものらしく、木々や倒れている人間を抵抗なくすり抜けていく様子の直後に、燃える家にぶつかる姿を見せた。しかしただこちらに向かってくるその緩やかな速度なのにも関わらず、家は押され、壊され、崩された。


「自由なやつだな」

「ここにいては巻き込まれます」


 おれの独り言に、シスターが口を開いた。


「たしかに。触れて気持ちのいいものじゃなそうだ」


 魔物のいまの狙いはおれだ。逃げるならば、皆とは違う方向へと向かわなければならない。


 その前に。


 おれは巨大な影から逃げていく村人のなかで一人、腰を抜かしているのか動けていない者を見た。そして偶然にも、その男の名前を知っている。


「マチェを……あの男を安全な場所へと逃してやってくれ」

「わかった」

「それと……」


 少女がおれの話を聞いて頷いた。それから彼女は素早くマチェに駆け寄ると、少女らしからぬ怪力で彼を持ち上げた。


「や、やめてくれ!」


 そういって暴れていたマチェだったが、抵抗虚しく少女の肩に担がれてしまった。シスターとともに避難していくのを見送り、相変わらず不思議な光景だと自身の経験を照らしながら考え、さておれもとマチェと同じく腰を抜かしたラブロスに駆け寄る。


「近寄るな! おいテリアン! そいつを排除しろ!」

「でもこの方、ご主人さまを逃してくれるみたいですよ?」


 テリアンと呼ばれた首輪の女性は緊迫したラブロスとは対照的で、そのマイペースさにおれは少しだけ落ち着きを取り戻せた気がする。


「腰を抜かしたのは何度目だ?」

「うるさい! 数えているわけがないだろうが!」

「手伝って」


 おれがそういうと、テリアンはすぐに頷いた。彼女とともにラブロスの重い体を引き上げ、そのまま引きずるようにガイデルシュタインから離れる。


「申し訳ございません」


 ラブロスを挟んで、テリアンがいった。


「ご主人さまに代わって非礼をお詫びいたします」

「気にしないでください」

「気にするわ!」


 おれたちの間で声を荒げるラブロスの頭上を、ライアが背後を気にしながら旋回している。


「バネさん、あの魔物はどうすればいいんでしょう」

「標的がおれなら、まぁ、逃げなきゃな」


 巨影の狙いがおれだということを説明すると、テリアンはすぐに理解してくれた。歩けるようになったらしいラブロスとともに逃げていった二人を見ながら、ライアが愚痴を吐いた。曰く、


「お礼くらいいってくれてもいいのに」


 である。おれはそれに苦笑を返した。


「吸血鬼なんてものをここに持ち込んだのは、もとはといえばおれが原因。ケリをつける義務がある」

「……責任、感じてるんですか?」

「さぁな」

「前に倒したのはバネさんじゃなくて、勇者の一団なのに?」

「手厳しいな」


 おれは目を逸らし頬をかいた。


「対して役に立ってなかったとはいえ、おれも一応、その一団の一人だ」

「いえ、そういう話ではなくてですね……」

「わかってる」


 巨影と相対し、おれはじっと睨みを効かせる。


 なぜこのようなことになったのか。おれはなにをしたいのか。


 ぐるぐると頭のなかを巡る考えは、興奮状態で思考回路が十分に稼働しているのか、それとも一種の走馬灯なのか、いくつもの情景を、いくつもの言葉を思い起こさせてくる。


「バネさん! 早く逃げないと!」


 触れぬ肩を揺らす動作をしながら、正面に浮いたライアが声を張った。


「目の前に浮かれると見えにくいんだが」

「いやいや、逃げましょう! あれに圧し潰されたら!」

「逃げてどうにかなる保証はないし、おれは朝になれば動けなくなる。それまでになんとかしないと、どちらにせよ厳しいだろ」

「で、でもあっちも太陽に弱いかもしれないじゃないですか!」

「可能性としてはありうるが、それだと相討ちがいいところだろ。おれが陽の光が当たらない場所へ逃げれば、やつも追ってくるはずだ」

「じゃあ、どうするんですか?」


 おれはその質問にニッと歯を見せて笑った。


「いま考えてる」

「ええ……。バ、バネさん……」

「実をいうと一つすでに考えてはいるんだけどな。それが有効かどうかは、やってみなくちゃわからない」


 しかし試すしかないだろう。夜明けまではまだ数時間以上ある。太陽を待っている間に事情が変わり、やりたいことができなくなるのは避けたい。


「ガイデルシュタイン!」


 おれは巨影に呼びかけた。両手を広げ、大の字になって口端を曲げた。


「おれの肉体や血が必要なんだろう? こいよ。譲ってやる」

「ええっ、一体なにを……!」


 おれの言葉に驚いたライアだったが、結局肉体やその行動には介入できないのだから、彼女がいくら止めようが関係なかった。


 巨影がゆっくりとこちらへと迫る。そしてその距離が数メートルの位置にまで近づいたとき、影に急激な変化が起きた。一気に収縮し、そしてその速度を甚だしく強めたのだ。影はまるでおれの体に吸い込まれるようにぶつかり、おれの表皮を駆け巡り、そしてついに、内側へと入った。


 木々や家を圧したあの力ではなく、おれの体内へと入ってくる力だったのは幸運だった。おかげでおれはその場に仁王立ちで留まることができたし、大きな負傷も免れたのだ。


「よう、気分はどうだ? 落ち着いたか?」


 おれはおれの体内(なか)へと話しかける。


「……どうやら、お互いに勝算があるらしい」


 ガイデルシュタインの声が内から響いた。この行為が罠であることを当然向こうも理解しているわけだ。


 そして向こうは、それ(・・)にすぐに気づいたらしい。


「この異能は……」

「こいつは『肉体に蓋をする異能』だ。体外に発露し、顕現するタイプの異能を抑え込む。とはいっても強すぎる力は完全に抑え切れないらしいけどな」


 三日目に発動する匣の呪いの本体部分ではなく、それまでの過程で漏れ出すかもしれない一部を抑制できるかもしれないと施された異能である。


 ガイデルシュタインが大口を開けたような笑い声を響かせた。


「俺への挑戦というわけだ。しかし仮に俺が出られないとして、このまま閉じ込めていても埒は明くまい?」

「そうだな。だから……」


 おれはその場に座り込み、胡坐(あぐら)を組んだ。


「朝までこうしていることにする」


 はったりだった。ライアに説明した通り、これでは太陽に焼かれての相討ちが関の山だ。いや、相討ちならかなり上々なもので、おれの肉体が焼かれたあと、なにもなかったかのようにガイデルシュタインが外に出るという最悪の事態も十分に考えられる。それでも焦ってくれれば儲けもの、交換条件を出してくるならおれが優勢、労せず体外へ出られるのならばまた別の手を。


 そう。これはあくまでも時間稼ぎである。いまこのときも、おれは必死に次にやるべきことを考えているのだ。たとえば村長が話していた『褒美』についての件など、つついてみるべき話はほかにもあるが、それが大した交渉材料になるという期待はあまりしていない。


 しかし、おれの思案は、結果的には無意味だった。


「お前……この力をどこで手に入れた!」


 ガイデルシュタインが突如として声を荒げた。おれはその声にビクリと体を震わせた。


「その話はノーコメントだ。って、どうしたんだ?」


 緊張を帯びた唸り声が響いてくる。なぜ一度は落ち着いたこの魔物がおれの体内でこんなにも焦っているのか、まったくわからなかった。


 困惑するおれから、突然黒い霧が噴出した。視界を塞いだそれは、おれの目の前でふたたびガイデルシュタインの巨影を形成する。


 呆気なく蓋を越えて脱出してしまったことに焦らされるのはむしろおれのほうだと思うのだが、ガイデルシュタインはおれ以上に冷静を欠いているらしかった。


「こい! こいつを生かしておくには危険すぎる!」


 招集に応じておれを囲んだのは、倒し損ねていた眷属やグールたちだった。しかし視認できる範囲ではメタルクローが二匹に村人が六人。これならば問題ない。


 ――これならば問題ないというその思考が、油断を生んだ。


 おれが吸血鬼とスライムの力で人間離れした再生能力を手に入れていることを周知させていれば問題なかった。それは彼女の善意であり、彼女のせいではない。これはおれの異能やおれを文字通り見守ってくれるライアの存在を話さなかったゆえに起こった悲劇であり、いってしまえばおれが原因だった。


 側面から駆け迫ったメタルクローを、少女の鉄爪が吹き飛ばしたのだ。


 おそらくシスターたちを安全圏まで連れていき、おれを助けるために戻ってきてくれたのだろう。そうならば本当にありがたい話で、それはおれと頭領(パパ)が仲良く見えていたゆえの恩返しの一つだったのかもしれない。


「離れろ! こいつはまだ危険だ!」


 おれの忠告は遅すぎた。ガイデルシュタインの影の右腕が刃のように鋭く形状を変え、おれの横に立った少女の胸を貫いた。

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