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14.場違いな来訪者

「この子を助けていただいて、ありがとうございました」


 椅子に腰かけ、少女を膝上に座らせたシスターが、静かに頭を下げた。


 教会堂――と、いっていいかはわからない、小さな家。シスターはおれをこころよく室内へと招き入れてくれた。温かなランプが灯るなか、受け取ったハーブティーを飲んで一息を吐いたおれは、シスターの希望で昨夜の出来事を話すことにした。


 しかしすべてを話すには時間が足りず、一部を話すのみでは誤解が生まれる。ゆえにおれが話したのは、少しばかり脚色した話だった。


 脚色とはいっても大きく創作するわけではない。おれがこの光の谷を訪れたのは偶然だといって、不死の呪いなどの説明を省いたのと、村長は『悪しき魔物に操られる』かたちでおれと戦い倒れたという話にしただけだ。もちろんここに遺体を運んだのはおれではないという話も添えた。


「この子からもあらましはうかがっていました。一連の事件を解決してくださったようで、感謝しております」

「……シスターさんは、どこまで知っているんですか」


 おれの問いに、シスターは少しだけ目線を下げた。抱かれている少女はその気配を感じ取ったのか、首を傾げて頭上のシスターを見た。


「おそとに出てるね」

「まぁ……じゃあ、少しだけね」


 シスターに頷いた少女は膝から降りて、おれに小さく会釈すると、そのまま扉を開けて外へと出ていってしまった。


「しっかりした子ですね」

「そうですね。少し悲しいものです」


 少女を抱いていた腕のまま、シスターがいう。


「初めて会ったとき、あの子はもっと明るい表情をたたえていました。大人になった、といえば正しいのでしょうが、決してその過程を褒めることはできません」


 外見の年齢からすると非常に周りが見えていて、気配りもできる。物静かであるし、物分りも良さそうだ。しかしおれが感じた通り、それは彼女の真の顔ではないらしい。


「経験は成長を促します。いまのあの子を否定することはできません。なにごとも、起こるべくして起こるものです」

「……彼女は、メタルクローなんですか?」


 突飛な質問のつもりだったが、シスターは驚く様子もなく、微笑んだまま頷いた。


「どうして人間の姿になってしまっているのかは知りません。あの子も知らないそうです。先天的なものなのか、後天的なものなのか。しかしどちらにしても、あの子がほかのメタルクローたちから愛され育てられてきたのは事実です」

「あの子がそう話してくれた?」


 シスターが肯定した。ハーブティーで一息を入れてから、彼女はふたたび口を開く。


「あの子は……この短い間であまりにも多くのものを見すぎました」


 おれはなにもいえなかった。メタルクロー同士の戦いを、彼女はどう見ていたのだろうか。


「ここにきてくださって、ありがとうございました」


 シスターの言葉に、おれは首を振った。


「食糧と武器が必要だったので、寄っただけです」

「それでも、あの子は喜んでおりました。本当は、あの子もきてくれるとは思っていなかったのかもしれません。あなたを出迎えたときの笑顔と声音を、わたしは久しぶりに見た気がします」

「そんなに期待される理由はないと思うんですけど……」


 苦笑したおれに、今度はシスターが首を振った。


パパ(・・)と仲良くしてくれたと聞いておりますが?」

「仲良く……ねぇ」


 はじめての出会いは正気を保っていたメタルクローたちと戦っていたときで、頭領とおれは敵同士だった。二度目はこの集落で眷属化したメタルクローたちとまた戦っているとき。あのときは敵ではあったが、あちらに交戦の意思はなかったように思う。三度目は縄張り。彼はライアとともにいるおれを見て、少女の身を託した。


 とても仲良くなどとは思えない。おまけにまだ出会ったばかりだというのに。


「あの子が仲良くといえばそうなのです。きっとなにか、通じるものがあったのでしょう」


 いまひとつ納得できず曖昧に頷いたおれに、シスターは微笑んでいった。


「もしよろしければ、ここを旅立つまでの間、あの子と仲良くしてあげてください」

「いや、おれは……」

「わかっています。明日にでも発たれるのでしょう。食糧はマチェさんたちに……武器は、そうですね」


 武器。そういえば、とおれが思い出したのを見計らったように、シスターが小さな丸瓶を取り出した。手にきれいに収まるほどの小さな瓶だ。


「聖水ですね」

「あら、ご存知でしたか」


 シスターの反応を見るに、どうやらおれがこの集落を訪れたときの話はここまで及んでいないらしかった。


 渡された瓶に満たされた液体は無色透明で、ランプに近づけると反射できらきらと輝いた。


「わたしからはこのようなものしか渡せません。これで交換条件とはいささか虫が良すぎる話だと思いますが……」

「交換条件?」

「はい。できれば、少しの間で良いので、あの子と遊んでいただければと思いまして」


 おれは苦笑して頬をかいた。


「子守りは得意じゃないです」

「わたしもです。しかしあの子には、それが必要な気がするのです」

「子守り……子守りをしてくれるような存在が?」

「ええ」


 シスターは頷いて、窓から外を見た。おれもそれに倣って目を外に移したが、空の灯り以外に頼るものがない景色だ。吸血鬼の(ちから)がなければ、不安になるような闇と静寂だった。


「外の様子に驚かれたことと思います」

「ええ。けど、話はマチェさんから聞きました」


 まぁ。シスターは手を合わせて、驚いたように声を上げた。


「話を聞いて、ここにきてくださったのですか?」

「なにも変な話は聞いていませんよ」

「いえ。外は危険ですし、それにここにはあの子と……」

「村長の遺体もある」


 シスターがいい淀んだ言葉を継いだおれは、周囲を見回して首を傾げた。


「しかし、特有(・・)の気配や臭いを感じませんね」

「わたしの出身(くに)に伝わる防腐処理法があるのです。清らかな身を保ったまま土葬するのが習わしで、わたしもそのお手伝いをしておりましたので」

「ああ。それで血が抜けていることに気づいた、ということですか」

「ご覧になりますか?」


 シスターの言葉に、おれは一瞬ためらいを覚えた。人間、動物、魔物。さまざまな死体を見てきたし、それをつくる立場でもあったのに、おれの腰は重かった。理由はわかるようでわからない。


 一間、二間。逡巡ののちにようやくできた決断は、しかし勢いよく開かれた扉によって阻まれることになった。


「シスター!」

「バネさん!」


 静かながら緊迫した少女の声と、誰にもはばかることなく大きな声でおれの名を呼ぶライアの声。同時に飛び込んできた二人が、同じような慌てた動作で外を指していた。



 窓の横に張りつき、外の様子を見たおれは、端にわずかに見える松明を見つけた。窓や玄関口などを避けて動いているようだがしっかりと視認できる角度であり、そのあたりの感覚に乏しいのが一般人らしい点といえる。


 とはいえ、きな臭い光景であることに変わりはない。おれは戻ってきたライアを指で呼び、囁いた。


「それで、この家を囲っている連中の話じゃないのか?」

「違います違います」


 小さな声。ライアが声を潜める必要はないのだが、まぁいいだろう。視える、聴こえる者が万が一いないとも限らない。


「あのですね、村の外れに一団がいまして。それが、変なんです」

「変とは?」

「なんといいますか、お金を持っていそうな感じなんです」

「ライア。おれの貧相な身なりをバカにしたいのならあとにしろ」

「そういう話ではなくっ!」

「耳元ででかい声を出すな!」


 突然の大声にウィスパーで怒鳴り返してから、おれはしまったと口をつぐむ。外の人間に対する失態ではない。目の前で首を傾げているシスターと少女から目を逸らし、わざとらしい咳払いをしてから、おれは少女の目線まで屈み込んだ。


「周りを囲まれてるって?」

「うん」


 少女が頷いた。


「たぶん、村の人だと思う。みんな手にぶきをもってた」

「武器以外になにか持っていなかったか」

「……たいまつ。あと、いえのちかくにワラをつんでた」


 少女の回答におれは状況を理解した。


「どういうことでしょうか?」

「良いことは続くってことですよ」


 おれはそう答えてから、この家の出口を確認した。シスターによれば出口は三つ。玄関、裏の通用口、そしてこの部屋の窓だ。


「あの、状況が掴めないのですが……」

「ここから避難をする準備をしていてください。表の連中と少し話をしてきます」


 不安そうに眉尻を下げるシスターにおれは微笑みを返した。玄関に向かいながら、ライアをまた近くに呼ぶ。


「出口を囲う人たちの数だ。どこが薄いか見てきてくれ」

「人使いが荒い人ですね……」

「最初にそう頼んだのはそっちだぞ」

「あの、ぼくの話はどうでもいいんですか? お金持ちさんですよ」

「ここの村人だろ?」

「絶対に違います」


 自信に満ちたいい方だが、たしかにライアはおれよりも長くこの村にいて、ゆえにおれよりも村や村の人間に詳しい。情報はたしかなのだろう。


「ひとまずはこっちを対応してからな。ってことで、よろしく頼む」

「しょうがないですね」


 ふふんと鼻を鳴らしてから、ライアは壁の向こうへと溶けていった。


 さて、おれも行かなければならない。


 玄関の扉を開けると、そこに待ち構えていた村人たちが一斉に怯えた声を上げた。


「で、出た! さっきの!」

「やっぱりここにいた!」

「くそっ、どうしてバレたんだ!」


 好き勝手口々にいってくれる。おれはずんずんと進み、知った顔を捜す。村人たちはおれを避けるように道を開けてくれたから、緊張した面持ちのマチェはすぐに見つかった。


 マチェの右手に短刀、左手には松明。


 そして村人たちによって大量に調達されたらしい、地面に無造作に積まれたワラ。


「アンタ……!」


 歯を食いしばった顔で、マチェが悲痛な声を上げた。


「別に責めるつもりも咎めるつもりもない」


 本心からの言葉だったが、マチェには届いていないようだった。


 おれはため息を吐いてから、あたりを見回した。


「しかしまぁ、燃やすのは良くないだろ」

「うるさい! 人間に化けた魔物を庇っているのはシスターだ! いくらシスターでも、村長の件を赦すわけにはいかない! アンタもだ!」

「あの地下から、いったいどういう心境の変化なんだ」


 おれが問うと、マチェは松明と短刀を投げ捨て、槍を構えた。


「この村の武器の件を知っていただろう。みんなで考えてわかった。村長に武器を捨てるように脅したのはアンタだ……!」


 そういわれ、おれはマチェとの会話を思い出す。ああ。そういう話か。


 発想が突飛すぎるだろうと思ったが、この状況で冷静な判断を下せというほうが無茶なのかもしれない。


「クソッ、冷静を装いやがって。あの獣の……魔物の臭いがする女もだ! お前らはこの村を乗っ取るつもりで村長を手にかけた。そうだろう!」


 勝手にヒートアップしていくマチェと、武器を手にゆっくりと輪を狭めてくる村人たち。頭を冷やさせるには、実力行使に出るしかないのかもしれない。


 こんな面倒ごと、一人ならばすぐに逃げるものを。


「どういうことですか、マチェ?」


 そしてのような状況のなかで姿を現した背後のシスターは、少なくとも状況を良くする存在ではなかった。


「シスター……! くっ、もういい! 火をつけろ!」

「バネさーん!」


 動くしかないとナイフに手をかけたおれに、頭上から暢気(のんき)な声が届いた。もちろんそんなところから声をかけてくる知り合いをおれはライアしか知らない。


「バネさん、こっちにきます!」

「誰が?」

「お金持ちさんが!」


 教会堂の家の壁に並べられていたワラに火をつけようとしたマチェも、ライアのマイペースさに半ば感心すら覚えたおれも、シスターも村人たちも、この場にいた全員が、馬のいななきに制止した。


 二頭の馬に曳かれた白幌の馬車が、少なくとも四人以上の先導によって村の外れから優雅にやってきた。ライアの感想もあながち間違いではない。この場に不釣合いなほどに新品同然の馬車で、細かい部分にまで金がかかっていることが一目でわかる。


 従者に手を引かれて馬車から姿を現したのは、見るからに上等な赤いマントを羽織った小太りの男だった。十の指すべてにきらびやかな指輪があり、先導者たちの松明にそれが反射していた。


「いやはやなんという廃墟よ。たしかに隠れるに都合はいいかもしれんが、あまりに俺に相応しくないと思わんか?」


 小太りの男は馬車の横に立つ女性に話しかけた。白で統一された服装は整っていたが、彼女の首にはめられている鉄輪が奴隷の印であることをおれは知っている。


 なるほど。ここにいる理由はまったく不明だが、たしかに相応のお金持ちではあるらしい。


「お言葉ですが、ここの月夜はとても美しゅうございます。奥には深い森があり、海も近いとリンダ村長も申されておりました」

「奴隷の分際で俺に口出しをするな。そのくらい覚えておったわ。潮風もしてきたわい」

「鼻が良いと自負しているわたしですらそのような匂いは感じませぬ」

「うるさい! 少し黙っておれ!」


 二人の会話に割って入ったのはマチェだ。


「アンタら、突然現れてなんなんだ」

「なんだ? 口の効き方には気をつけろ、一般人」


 男はぴしゃりといい放った。見れば馬車に随行してきた従者たちによって村人たちが次々と武装解除されている。強引にとはいえないが、従者たちはいずれも優れた体格で目つきも鋭い。この妙な状況も相まって、逆らえないのも無理はなかった。


「いいか? リンダはこの土地を俺たちに売ったのだ。期限は明日だが、わざわざ早く出向いてやったというのに……さぁリンダを呼べ。お前たちでは話にならん!」


 困惑した様子のマチェと高圧的な乱入者を交互に見る。いったいなんなんだ、この突然の来訪者は。


「なるほど。村人が去ったあとの餌も用意してあると話していたが、お前たちがそうか」


 どこからともなく聞こえてきた声が響き渡った。マチェはまたかと思ったかもしれない。小太りの男はなんだと苛立ったかもしれない。他の人物たちはなんの声なのだとふたたび困惑したかもしれない。


 しかしおれは違う。もしかしたらキョロキョロと周囲を見回すライアも違うかもしれない。なぜならおれたちはその声の主を知っているからだ。聞こえるはずのない、聞きたくない声だからだ。


 低く、本能的に人間を怯えさせるような、それでいて惹きつけるような低音。


「ガイデルシュタイン……!」

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