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13.状況把握

 おれが闇のなかで目を覚ましたとき、ライアは近くにいて、おれがきれいに半日寝ていたことを親切に教えてくれた。

 陽が落ちたのをライアに確認してもらったおれは洞穴から出て森を進んだ。目印や道がほとんどない森ではあるが、一度通った道ゆえに多少の勘はあった。ライアの案内もあり、おれははじめての来訪よりも早いペースで光の集落へとたどり着いたのだった。


 ところが、だ。


 集落には篝火の一つもなく、まるで誰もいないかのように静まり返っていた。


「誰もいませんね……」


 なぜかおれの背に隠れるように背を丸めたライアが小さく声を漏らした。


「いないはずはないんだが」

「もう出ていってしまったのでしょうか……」


 ライアはつまり、村長に従って村をあとにした可能性を提示しているのだろう。たしかに村長が事前にそう指示していたのだとすれば、村長が文字通りの帰らぬ人となっても彼らは動くのかもしれない。


「情報が必要だな」


 誰にでもなくいって、おれは集落を進む。


 おれはこの集落がどんな人物たちの集まりなのかを知らない。最初に出会った三人と、村長、そしてまだ見ぬシスターだけだ。集落全体で何人いるのかすら知らないし、彼らがどのような目的でここに集まったのかも知らない。


 おれが目をつけたのは、村長の家だった。村長の家は集落の東にあり、その家の両隣と奥にはそれぞれ小屋が建っている。その距離関係から推察するに、おそらくその小屋も村長所有のものだろう。


 招かれ、食事をいただいたときと変わりない外見。おそらく個人邸としては最大の大きさであるその家に二つノックをしてから、おれはなかへと足を踏み入れた。


 特に変わった様子はない。手近な燭台に灯りを点け、おれは一つひとつの部屋を見て回った。とはいっても玄関口と廊下を除いて、部屋は三つしかない。うち一つがおれが入った来客用の広間で、一つが村長の寝室で、用途不明の部屋があと一つだ。用途不明とは単純に想像がつかなかっただけで、中央に小さなテーブルがあり、小さな本棚が設置されている。


「食料庫とキッチンは隣の小屋みたいですね。奥の小屋は入ってみましたけどよくわかりませんでした」


 外から帰ってきたライアが丁寧に報告してくれた。


「あとトイレも外だな。いっちゃなんだが質素な暮らしだ」


 芸術品などはなく、ただただ実用的なものばかりが詰まった家だ。また妻や子どもや使用人が住んでいる形跡は見受けられなかった。開拓村の村長だからそこは仕方ないのか。


 いろいろ考えながらおれは家を見て回っていたが、廊下でふと足元に気になるものを見つけ、屈み込んでそれを見た。


 土だ。おそらく誰かしらの靴に付着したものが床に残ったのだろう。


 おれはもう一度ぐるりと家のなかを回り、用途不明の部屋へと戻ってきた。


「どうしたんですか?」

「この部屋の窓にだけ、分厚い遮光があるなと思ってな」


 三つの部屋にはそれぞれ窓があったが、この部屋の窓にだけに黒く厚いカーテンが取りつけられていた。また内側の木枠を動かすことで二重に窓を閉めることができるようになっている。


 見つけたかったものはすぐに見つかった。テーブルを動かした際にできたであろう床の傷を頼りに位置(・・)を探り当てたおれは、床の木板を剥がした。


「これって……」

「隠し部屋だな」


 思った以上に地下は広く、また頑丈に作られていた。地下道の高さは一メートル強で、補強のために張られた木材はさながら鉱山のようだった。よく平地の地下をこれだけ掘り進めたものだと感心しながら奥へと進むと、赤い布幕が道を塞いだ。


「なんでしょう?」

「ドアの代わりか? ……ちょっと静かに」


 奥からわずかに聞こえた声に、おれは素早くナイフを抜いた。ライアに幕の先を見てくるように指の動作で伝え、おれは彼女がこちらに帰ってくるのを静かに待った。


 数秒もせずにライアはこちら側へと戻ってきて、おれに耳打ちしてくれた。曰く、


「たくさんいらっしゃいます」


 だそうだ。


 おれは小さく頷いてからナイフを収め、勢いよく幕を剥がした。


 空間内に大人数の悲鳴が響き渡った。


「安心しろ。敵じゃない」


 おれはそういってみたが、そこにいた十数人は全員が奥の壁に張りつくように後ずさっていて、さらには剣に槍に斧に槌とあらゆる武器をそれぞれに構えている。警戒を解いてくれる気配はまったくなかった。


 幕の奥は広い空間になっていて天井も高かった。『奥の小屋』に相当する位置にあるこの空間は、おそらく小屋のほうがあとにできたものだろう。要するにここは半ば地上と同じかそれよりも少し高い地下空間であり、この不自然な空間を隠すために奥の小屋をあとから簡易的に建てたと考えるほうが自然ということだ。


 そしてそこには、十六人の村人らしき者たちが隠れていたのだった。幸いにしてランプの灯りはある。風の流れも感じ、ここがまったくの密室ではないことがわかる。


 うち一人におれは見覚えがあった。前に出てきた屈強な男――マチェが、構えていた槍を下ろした。


「アンタ……生きてたのか」

「あいにくな。シスターに会いにきた」


 おれは村人の顔を順に見ていったが、それらしい人間はいなかった。姿を知らないのにそれらしいというのも変な話だが、よくも悪くも目立つ人間はいなかった、という意味だ。


「シスターは……シスターは、ここにはいねぇ」

「スリチェもいないな。別の場所に隠れているのか?」


 マチェは答えなかった。おれはふむと腕を組む。


「答えられないっていうならそれでいい。ただ、シスターのほうには用があるからな。少し村は探させてもらう」

「ま、待て!」


 踵を返したおれをマチェが呼び止めた。振り返らずに、おれはマチェの言葉を待ってみる。


「怪しいとはもちろん思ってるが、同時に俺はアンタを少しは信頼してる。結果的にいえばアンタは、俺たちをメタルクローたちから守ってくれた恩人だ。だからこそ訊く」

「答えられることなら」

「村長の一件を知っているか?」


 おれはライアと目を合わせてから、ゆっくりと口を開いた。


「知らない。なにかあったのか」

「……死んだ」


 マチェの短い言葉に、おれは眉を上げた。


「断言したってことは、まさか遺体でも見つかったのか?」

「ああ、そうだ」


 首肯したマチェは、背後の村人たちに武器を下ろすようにいった。


「昨夜、村長はアンタを追うように山に入ったんだ。もし朝までに戻ってこなければ、すぐにここを出立しろって書き置きを残してな。本当になにも知らないのか」

「悪いな」

「そうか……」


 おれの返答に、マチェは深くため息を吐いた。


 マチェの指摘はほぼ核心を突いている。そもそも村長が山へ入った理由がおれだと知っている時点で、おれをもっとも疑うのはなにもおかしいことではない。おれは生きて戻ってきた。村長は戻らなかった。事実を並べればさらに明らかだ。


「正午すぎのことだ。南の教会堂の前に無造作に遺体が投げられていた。酷い刺し傷に切り傷。それだけじゃない。シスターの話では、血の半分以上が抜き取られていたらしい」

「ちょっと待て」


 おれは淡々と話を続けるマチェを制する。


「遺体があったのか?」

「だから、見つけたっていっただろう」

「教会の前に?」

「そうだ」


 どういうことだ。


 村長は吸血鬼の異能を手に入れていた。異能による眷属化は()の死によって解除されるが、肉体の性質がなくなるわけではない。たとえ死んでいても、弱点の太陽光に当たれば肉体は溶けるはずだ。


 しかし現実の問題として村長の遺体は残り、教会の前で晒されていた。おれが山に村長の遺体を放置したのは、夜明けとともになにもかもが消失すると考えていたためだ。ガイデルシュタインの配下としておれと戦った村長も同じ人間であることに変わりはなく、それを正当防衛とはいえ殺害したことが発覚してしまうのは相当に都合が悪い。それは村長を慕う彼らとの関係性だけでなく、人を殺めたという精神面から考えてもである。


 マチェがおれに顔を近づけるようにジェスチャーした。どうやらここからは後ろの村人たちには聞かれたくない話らしかった。


「実は、行方不明者が血を抜かれた状態で見つかるのはこの村長を含めて三人目なんだ。だけど村長は二人目の犠牲者が出たときにもうこのようなことは起こさせないと話してくれたし、実際に今日までその被害は出なかった」

「村長が武器を捨てた時期か?」

「アンタ、なんでそれを……そうだ。けど実際にはこうやって地下に隠してただけだ。いざというときには戦わなきゃならないからな。だけど、実際にこうなってしまうとほとんど無意味だった。武器なんてあっても戦えはしない……」


 マチェの話で、一つ確信できたことがある。


 村長とガイデルシュタインの間になにがあったか、だ。


 村長たちはこの地を守ろうとするメタルクローと戦っていた。そこにガイデルシュタインがやってきた。彼がここへきたのはおそらく勇者御一行との戦いで受けた傷を癒やすのに便利な土地だと考えたからだ。幸いにも人間(しょくりょう)はそれなりの数が住み着いていたが、人間を襲うメタルクローは、同じ魔物であっても邪魔な存在だった。


 ガイデルシュタインはおそらく村長と盟約を結んだ。人間から武器を取り上げる代わりにこの集落を守るという約束があったのかもしれない。そして村長はガイデルシュタインからなにかを褒美(・・)として受け取るつもりだった。


「ここを襲ってきたメタルクローたちは、人を攫っていったことがあるか?」

「何度かな。武器を捨てるだなんていう奇妙なおこないに効果があったのかはわからないが、メタルクローからの襲撃頻度は激減した。だがそれでも犠牲は出た。行方不明者に至っては増えるばかりだよ」


 なるほどな。


 この集落の事情についてはだいたい理解できた。しかしそれよりも、いまのおれが知りたいことは別にある。


 村長の遺体と、シスターの居場所だ。


 回答はマチェから同時に得ることができた。


「シスターは教会堂だ。村長の遺体もそこにある」

「教会は安全なのか?」


 特に考えのない相槌のような質問だったが、マチェは口を閉じて表情を険しくしてしまった。その沈黙が一つの答えのようなものだ。


 おれは仮定に沿って一つ質問を進めてみた。


「……じゃあスリチェやビルはそっちの護衛か?」

「違う。スリチェはここに隠れるよりも早く村を出たいとごねた連中の一人で、スリチェはその集団の護衛として村を出た」


 先ほどは答えてくれなかった質問への回答。いや、それよりも。


「別れたのか」

「仕方がなかったんだ。いまから出れば行軍は深夜。魔物だけじゃなく腹を空かせた動物や野盗に遭うリスクもでかい。だがそれでも血を吸う化け物がいる場所に留まるよりはマシだと考えたやつは少なからずいた」


 吐き出すようにマチェがいった。見ていられないほどの痛々しい表情だった。


「血を吸う化け物か」

「そうさ。しかもこんななかでシスターは、素性の知れない少女を守らなきゃとかいい出して……」


 きた。


 ひとこともおれの口から出さなかった単語が、長い問答の末にようやく登場した。


「少女?」


 わざとらしく問うて様子をうかがってみる。


「もともとシスターは交流があったみたいだが、この村にもとからいる人間じゃない。俺たちはやめろといったが彼女は聞かなかった。だから……」


 とうとう目に涙を湛えたマチェの肩を優しく叩いて、おれは口端を曲げた。


「教会に残る選択もここから出ていく選択も、そのすべてを守ることはできないし、見捨てただなんて誰も思わない。気にするな」

「すまねぇ……」


 同情はするが、心からの言葉はかけられなかった。しかしそれでもおれの言葉で気持ちのつっかえが少しでも緩むなら、綺麗な言葉の一つや二つは吐いていいだろう。


「その少女とやらに興味がある。教会に行けばシスターたちと会えるんだな?」


 出ていこうとするおれをふたたび呼び止めたのは、またしてもマチェの待てという声だった。


「その少女と、アンタが昨日山に登った理由は関係があるのか?」

「ない。ないはずだ」

「やめておいたほうがいい。俺は偶然その少女に近づく機会があったが……全身から獣と血の臭いがした。外見(みてくれ)は小さいが、絶対になにかあるはずなんだ」



 マチェに感謝の言葉を述べて別れたあと、入ってきた床をもとに戻し、おれは教会があるらしい南の方角へと進んだ。集落は依然として灯りも人の気配もなく、ただ静かな空間を月明かりと異能を頼りに歩く。


 血を吸う化け物か。


 もはや状況としてその正体は一つしか思いつかないのだが、ならばなおさらこの集落でやるべきことは残っている。ライアに集落全体を見回ってくるように指示し、おれは彼女と別れた。外周一周で二十分もかからないであろう小さな集落だが、だからこそ情報は早く手に入れば手に入るほどよかった。


 教会堂は村長の家よりも小さく、高さも変わらなかった。教会堂というからにはある程度の規模を想像するのは偏見かもしれない。少なくとも外からはごく普通の家に見える建物だった。


 ノックしてみたが返事はなかった。おれは扉をゆっくりと押し開けた。玄関口に灯りはないが、奥の部屋から光が漏れている。かすかだが話し声も聞こえる。おれはもう一度ノックしてから、奥の部屋の扉を開けた。


 その家は玄関口側の空間と奥の部屋の空間の二つに分けられているが、ここが教会堂であることを再認識できたのは奥の部屋に入ってからだった。そこには小さな聖壇があり、花が飾られ、いくつかの来賓用の椅子が置いてあった。イメージとは違うが、ここが教会堂で彼女がシスターと呼ばれるのはわかる気がした。


「まだ避難し損ねていたのですか……? いえ、見知らぬ顔ですが、どちらさまでしょうか?」


 白の修道服と頭巾らしきものに身を包んだ若い女性が、困惑した様子でこちらをうかがっていた。


「山でたすけてくれたひと!」


 おれが名乗るよりも早く、少女がわかりやすく説明してくれた。メタルクローの縄張りで出会い、頭領から託されたあの少女だ。彼女は彼女に合った足元まで伸びた(ロングサイズの)修道服に着替えていて、少なくともおれよりは遥かに清潔な外見になっていた。


「一日ぶりだな」


 そういったおれと、おれに小さく頭を下げる少女。修道服の女性――おそらく彼女がシスターだろう――は、その光景にひとまず安心したようだった。

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