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12.頭領

 少女の細腕を見上げておれはふと思う。おれはなに(・・)に持ち上げられ運ばれた?


「パパ……」


 そういって上へ登ろうとした彼女の手を引く。


「やめておいたほうがいい。きみに見せたくなかったんだから」


 村長がここまで現れなければ、頭領は眷属化したメタルクローたちと戦い、命を落としたはずだ。そうすれば頭領は眷属化を免れた。醜態を晒すこともなかった。


 崖の上で他のメタルクローを薙ぎ払っている頭領の姿が見える。眷属化の命令を放った村長を噛み千切った頭領は、もしかするといまでも正気を一部保っているのかもしれない。しかしその望みに賭けて二人で接近するリスクはあまりに大きすぎる。


 なによりこの少女に、メタルクローと戦わせたくはなかった。どんな関係性かはわからないが、少なくとも頭領をパパと呼ぶ仲なのだ。


「村長……転がっていった男を倒す。メタルクローとは戦わない。いいか?」


 少女からの返答は跳躍だった。手は振り解かれていたためにおれが引っ張られることはなかったが、彼女のその力強い跳躍は見ただけでもその異様さがわかるほどのもので、おれはその姿にハッとした。


 メタルクローだ。


 おれのもとへと飛び込んでこようとしたメタルクローを跳躍からの一撃で吹き飛ばした少女に、おれは息を呑んだ。予想が確信へと変わったのは、着地した彼女の両腕を見たときだ。


「鉄の爪……!」


 彼女の手首から先が、まるで鉄のように黒く光っていた。


「だいじょうぶ。パパから話は聞いてたから」

「バネさん! 村長さんが!」


 下からライアの声が響いた。ライアが事情を把握できているかはともかく、先に行かせたのは結果的に正解だったというわけだ。


 その地点まで動こうとしたおれを、背後からメタルクローたちが猛追してくる。このままでは埒が明かない。


 おれは一つ、自分の体に賭けてみることにした。


「行くぞ」


 少女の肉体を素早く掬ったおれは、有無をいわさずに跳躍した。先ほどの少女のように上へと跳ぶのではなく、真下への跳躍。その距離およそ十数メートル。着地際に自分の肉体をスライム状に変化させ、衝撃を和らげる。負傷しても吸血鬼の自然治癒能力があるから、少女さえ庇えればこの作戦は成功するはずだ。


 少女を包み込むように着地したおれは、自分自身と少女の双方が意識を保っていることをすぐに確認し、安堵した。それからすぐ、ライアの呼ぶほうへと駆け出す。同じ異能を持っていても、戦闘経験の差でおれのほうが有利だ。


「ひっ、近寄るな!」


 村長の声。月と星以外に明かりはなく、ライアは間近にいるであろう村長の姿しか視えていないはずだ。だがそれ以外は違う。おれも、少女も、村長も、眷属化したメタルクローたちも、おそらく皆しっかりと夜目が効く。


 だからおれよりも早く体勢を立て直していた少女が村長のもとへと走り寄ることができ、


 村長が放った銃弾が少女を貫いていた。


 響き渡る銃声とライアの悲鳴ののち、場が静寂に包まれた。


「ははは。おい、こいつを見たことがあるか?」


 村長の下卑な声だけが響く。その手に握られているのは黒い拳銃だった。


「銃というらしい。裏ルートで入手した一点物でな。どうやら勇者御一行たちに支給された最新の武器らしいぜぇ?」


 銃声と閃光。おれの胸が撃ち抜かれ、その衝撃でおれは倒れた。


「知らないよなぁ? 俺も商人として生きてなけりゃ知ることもなかった。吸血鬼とはいえ痛いことには変わりない。何発で死ぬかなぁ?」


 倒れたおれに、一発、二発。村長はおれを見下ろし、高笑いをする。


「いやぁ、危ないところだった。だが油断しなければこんなもの。見ろ、あのデカブツを」


 崖をゆっくりと降ってくる頭領は、その巨躯に七匹ものメタルクローを噛ませていた(・・・・・・)。足に、背に、腰に、尻尾に。牙と鉄の爪が全身に食い込み、肉や骨は露出し、その体重をかけられてもなお、頭領は前進し、こちらへと向かってきているのだった。


「あいつを眷属にしたのは失敗だった。しかし、未熟とはいえ流石だな」


 おれへと目を戻した村長がまた一発、おれの脳天に穴を開けた。


「人間が異能を持つとここまでのしぶとさになるとは、ガイデルシュタインさまが負けたのも無理はないか……」

「ああ、あと四発だ」

「なに?」


 村長の顔色がサッと変わった。おれのもとへ駆け寄ってきたライアも、もう悲鳴を上げなかった。おれは口端を曲げて続ける。


「懐かしいな。それがなくなって大騒ぎしたことを思い出した。商人のルートにどう乗ったのかは知らないが、ここにあったとはな」

「な、なぜこの武器に驚かない? いや、そもそもなぜ起き上がれる? 傷はまだ治っていないだろう!」


 立ち上がろうとしたおれに二発。これであと二発だ。衝撃で尻もちをついたおれは、すぐにまた立ち上がった。


 おれの顔を見て、正確にはおれの頭部に撃ち込まれた銃弾の跡を見て、村長の顔が大きく引きつった。


「な、なんじゃそれは! バカな! 吸血鬼にそんな異能はない!」

「ああ、ないな」


 スライム状になった頭部に食い込んだ銃弾は、しかしまったく決定打にはなっていない。頭部を液体状にして大丈夫なのかと不安になっていたが、どうやらまったく問題はないらしい。便利な異能だ。


「お前、魔物か! 異能を持つ人間などありえない!」

「吸血鬼の癖してなにいってやがる」


 放たれた銃弾は予め前に出していた左腕に吸収された。固形化する前に銃弾を取り除けばおそらく無傷であるこの異能に感謝しつつ、おれは抜いたナイフで村長の首を斬った。崩れ落ちる村長の心臓目がけてもう一撃ナイフを突き刺し、裂いて引き抜く。


「いやじゃ……俺は……ワシは無害じゃ……ワシは……この力でまだ長く生きて……」


 うつ伏せに倒れた村長の言葉が切れたのを合図としたかのように、メタルクローたちの気配が一斉に消えた。眷属化から解放されたのだ。


「バネさん!」

「わかってる」


 ライアがなにに焦ったのかはわかっている。ただの重りとなった同胞(・・)の死骸を引きずり、こちらへとゆっくりと歩いてくる頭領に、おれは小さく頷いた。


「大丈夫。気絶してるだけだ」


 地面に倒れた少女をゆっくりと抱えておれはいった。


「肩を掠っただけみたいだけど、衝撃に驚いたらしい」

「それは……良かった」


 頭領の声にはまったく生を感じなかった。低く、響きがなく、ただ喉を使って言葉を発しているだけだった。


「眷属化した状態で命令に背けるなんてびっくりだ。主がこの状況で倒れていないのもな」

「なに。すぐに限界はくる」

「……これなら、おれが眷属化してやれば良かったかもな」

「バカをいえ。人間に従うつもりはない」

「そうか」


 おれは村長の手から拳銃を取った。村長が地面に叩きつけたせいでヒビが入ってしまっていて、おそらく使い物にはならないだろう。このような脆弱性から長旅には向かないとすぐに拳銃は回収され、結局おれが追放されるまで再配布はなかった。


 あと一発撃てればいいなと、おれはそれを構える。銃口の先にいる頭領が笑う。


「引導を渡してくれるのか」

「この子が気絶しているうちにな」

「ああ、それは助かる」

「一つ、訊いていいか。この子はメタルクローなのか?」


 その質問に、頭領はゆっくりと頷いた。


「少しばかり事情があってな。人間の姿になっている」

「その事情とやらを訊きたい。村長が彼女を狙っていた」

「ほう。しかしそれはここでは話せない」

「なに?」

「口外しないことを約束させられているのだ。我々の救い主の顔に泥は塗れぬ」


 そういって、頭領は銃口へと一歩近づいた。


「我が娘が起きないうちに、早く」

「……この子は任せろ」


 銃声が響く。



 夜更け。おれは村ではなく一夜を過ごした洞穴を目指した。かなり遠いが、日の出には間に合うだろう。


 森を歩くなか、ライアの質問攻めは延々と続いた。


「村長は結局、バネさんを狙っていたんですか?」

「村長が狙っていたのはこの子だ」


 背におぶった少女はいまだに目を覚まさない。傷には応急処置を施し、背負って歩く際に揺れて傷を刺激しないように肉体の一部をスライムで固定してある。


「この子がどういう境遇なのかは知らない。重要なのは、この子をガイデルシュタインが狙っていたということだ」

「でも、もうガイデルシュタインは消えちゃいましたよ?」


 その言葉にふと足を止める。


「なぜ知っている?」

「あれ、話してませんでしたっけ? ぼく、逃げたガイデルシュタインを追ったんですよ」

「……いつ?」

「太陽に焼かれたバネさんたちが崖から転落したあとです」


 おれは合点した。たしかに森へと落ちたおれたちをすぐには追ってきていなかった覚えがある。上で同じように苦しむガイデルシュタインの様子を追っていたというわけか。


「どんな風に消えたんだ?」

「もう綺麗サッパリです。バネさんみたいに太陽に焼けたって感じじゃなくて、消えちゃったんです」

「ほう」

「海上で溶けるようにキラキラ消えて、それで姿が視えなくなったので、戻ってきました」

「近くに蝙蝠やブユはいたか?」

「たぶん、いなかったと思いますけど……」


 さすがの魔王軍八傑でも呪いには勝てなかった。村長はそれを知らず、もう行方知れずの褒美とやらのために命を張り、散った。そしてその過程でメタルクローが全滅した。たった一人の少女を除いて。


 起こった出来事はたったこれだけだ。これ以上考えることはないし、いま思いつくやるべきことももう数えるほどしか残っていない。


「村のシスターさんを訪ねないんですか?」


 タイミングよくライアが『やるべきこと』の一つを提示してくれた。

 おれは頭を振った。


「あの村長がどういい残して村から一人出てきたのかがわからない。もしなにかをいって出ていたとして、翌日まで戻らなければ大騒ぎになる。あの家に戻れば夜まで外には出られないから、どうやってもおれは怪しまれてしまう。だからいまは村には戻れない」

「なるほど……じゃあ、村にはもう戻らないんですか?」

「いや。明日……日付的には今日か。今日の夜に戻ることにする。そのシスターがなにかを知っているかもしれないしな。ひとまずは休息を取って、この子が目を覚ませば話を訊いてみる」

「あの、いいにくいんですけど……」


 ライアが申し訳なさそうにいった。


「この子、起きてますよ?」


 彼女がそういった瞬間、背中の少女がピクリと動いた感覚をおれは逃さなかった。おれは大きく息を吸ってからため息を吐いた。


「いつから起きてた」

「……さいしょから」

「最初?」

「うたれたときから」


 おれの心臓が跳ねた。もっとも想定しておらず、同時にもっとも想定したくない答えだった。


「からだがうごかなかったから、じっとしてた」

「……そうか」


 おれはそう返事をして、ゆっくりと彼女を降ろした。


「悪かった」


 しゃがんで目線の高さを合わせ、まっすぐに少女を見て、おれはいった。少女もまたおれをまっすぐに見た。視線がはっきりと何秒かあった。それから先に、彼女が目を逸らした。


「パパがいってた。もしかすると、パパとわかれる日がくるかもって。でも、ぜったいにまもるからっていってくれたの」


 言葉は多少たどたどしかったが、少女の目には強い意志が宿っていた。少女はしっかりと状況を理解して話している。少女の外見から推察する年齢からは考えられないほど、少女の思考は成熟している。


「パパを、ありがとう」


 おれはなにもいえなかった。なにもいえず、ただ少女をまっすぐに見るしかなかった。


 長い沈黙のあと、おれは少女がおれの言葉を待っているのだということに気づいた。


「傷が大丈夫なら、好きにするといい。シスターのところへ行くのか?」

「うん。やさしくしてくれるの」

「そうか」

「お兄ちゃんはいっしょにいかないの?」

「休憩してからあとで行くよ。また会ったとき、挨拶してくれるか?」


 仕方のない状況だったし、おれに悪意などなかった。しかしそれでもおれが少女の頭領(パパ)を撃ち抜いたのは事実だ。命を絶ったのは事実だ。だからこれがおれの精一杯だった。


「うん。やくそくするね」


 そういって少女はおれたちとは逆の方向、村の側へと駆け出した。別れの言葉はかけなかった。


 その様子を眺めていたライアが、口を開いた。


「村になにか用があるんですか?」

「食糧をもらっていく。隠しているかもしれない武器があれば拝借したいし、ガイデルシュタインが用意していた褒美ってのがなんだったのかも少し知りたい」

「食糧をもらっていくということは、ここを離れるんですか?」

「まぁ、長居する理由もないだろ」


 これは嘘だ。風景も土地そのものも良いところだった。ここでなにもなければ、おれはここをおれ自身が思い描くスローライフの舞台にしていただろう。


 しかし、出来事が多すぎた。正直にいって、おれは逃げたかったのだ。


 洞穴にたどり着いたおれは、ライアにはばかることなく岩のベッドへと身を沈めた。一瞬にして意識が遠くなり、おれは戦いの傷を癒やすかのように深い眠りへと落ちていった。

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