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 今日が、長かった視察の最終日だ。

 食堂を出て、陽の射しこむ白く長い廊下の入口にて。

「ほ、本当に今日は、英雄殿が視察に同行してくれるのか」

 アレクシス第二殿下がよろりと後ろによろけ、近衛兵が慌ててそれを支えた。

 フィーナは内心「なんでこうなったんだろう……」と思いながら、隣に立つ長身をちらりと見て説明をする。

「本日、カイザードは休日ですが、殿下の視察に同行したいと申し出があり、騎士長の許可も下りています。同行に問題はないでしょうか」

 ひと目がある場面ではさすがに敬語でしゃべるフィーナに、そんなことなど少しも気づいていない殿下は、頬を紅潮させ、

「問題ないよ! 歓迎する!」

 身を乗り出して快諾した。

 近衛兵達もどよめき、中には喜びを露わにしている人もいる。


 早朝の鍛練場に二人きりでいたのは、昨日のことだ。

 今朝、久々によく眠れたことに呆然としながら食堂へ向かっていると、カイザードに声をかけられた。今日は俺も一緒に行く、騎士長には了解を貰った、と。

 それはとても嬉しいし、心強いけれど。

 正直、何故? という気持ちが強い。

 もしかして、案内役として頼りないと思われただろうか。ここまで十日、無難にこなしていると思っていたけれど……などと不安になっているフィーナの隣で、紺色の制服姿のカイザードが、軽く頭を下げた。


 額にかかった銀色の髪が、風にあおられ、ふわりとなびく。端正な顔は人々の願望を形にしたような造りで、彼の動作の一つ一つ、長い睫毛が瞬くたびに、無意識に目を奪われる。


 初日のことなどすっかり頭から消えているアレクシス殿下も御多分に漏れず、うっとりとカイザードを見上げていた。

「本当に見目麗しい騎士だ。君達二人が並ぶと目の保養だね。騎士団は見た目で採用しているのかって騎士長に聞きたいくらいだ。うちの近衛兵にわけてほしいくらいだよ」

 普通に考えたら、今の発言は侮辱だ。しかし、いちいちこれくらいで反応をするのも面倒で、フィーナはごほんと咳払いをし、

「この十日間でひととおりご案内しましたけど、その他に見たい場所などはありますか」

「うーん、女子寮かな」

「何のために」

 冗談だとはわかっているが、思わず声が低くなるのは許して欲しい。

 垂れ目のアレクシスは甘ったるいウインクと共に、

「男の騎士には正式な寮があるけど、君は騎士団始まって以来の女騎士だから、住居は調理師や掃除婦と同じ寮の一室だと聞いたよ。女子寮はこちらの本拠地からも少し遠い。君はそれで不満はないの?」

 フィーナは即答した。

「ないです。私一人のために貴重なお金を使って寮を建てろとは言えませんし、皆さんも良くしてくださいますから」

「本当に?」

 疑うような念押し。ただフィーナにからみたいだけとわかっていても、うざったいものはうざったい。フィーナの眉間に皺が寄る。

「何か不満でも?」

「男子寮を見るか」

 不意に降ってきた声に、フィーナは反射的に隣を見上げた。

 カイザードはわずかにも表情を変えず、

「騎士団の世話をしてくれる使用人寮と、男子寮の建物の造りはほぼ同じだ。男子寮の方が多少の使い勝手の良さはあるが、身分ゆえと思ってほしい」

 耳馴染みの良い、深く、穏やかな声。じっと殿下を見つめる瞳に、当のアレクシスはたいていの人がそうであるように頬を染める。

「……でも、男の住むところだし、汚れてるんじゃない?」

「皆、普段から整理整頓を心がけている」

 間髪入れずに真面目に返されて、殿下は「そっか」と呟くにとどめた。憧れの英雄にそう言われてしまえば、承諾するしか選択肢はないのだろう。

 カイザードの相手にすべてを飲みこませる力に、フィーナは心の中で拍手喝采。さすが。龍賊どころか王族の扱いも完璧だ。


 だが、事件は、アレクシスとお供を連れてぞろぞろと男子寮へと向かっている途中で起こった。

 武器庫の前で、視界の端で何かがきらりと光った。その正体を確かめる間もなく、瞬時に伸びてきたカイザードの手がフィーナの顔の前で何かを掴む。

 瞬間、押し殺したカイザードの声が耳元で聞こえた。

「鐘楼へ走れ」


 がらん、と音がした方を見ると、石造りの廊下の床に矢が転がっている。全体的に箟の部分が短く太い、殺傷能力の高い矢。先日の暗殺者が使っていた矢と同じだ。


 強く吹いた風に、フィーナはとっさに顔を上げる。

 カイザードの姿を探す。

 青年騎士は、武器庫の脇に立っている枝を伸ばした木を駆けあがり、屋根の上に身軽に飛び移ったところだった。そしてそのまま武器庫の屋根の上を走り去っていく。

 マントを翻し、その長身のどこにそんなバネがあるのかと問いたくなるくらい、一瞬で。


 ……犯人を追い込むつもりだ!

「護衛の方、殿下をお願いします!」

 すぐに我に返ったフィーナは、アレクシス殿下を振り返った。既に彼の盾となって立っていた近衛兵達が、険しい顔のまま頷きを返す。

 それを確認し、フィーナは鐘楼へ走り出した。


残り2話です。よろしくお願いします。

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