肉案山子
随分と残念な文章になってしまいました。
確かに、めった刺しにしたのは、僕だ。
でも、体を真っ二つに切ってもいないし、案山子が追いかけて来たと言うのも、嘘でも幻覚でも無い。
それが人の体だって知っていたら、刺してなんかいなかった。
知っていたとしても、それは、正当防衛だ。
なのに、大人たちは、僕をこんな所へ閉じ込めるんだ。
騒ぐほどのいじめを受けていた訳でも無いし、家庭環境に問題があった訳でも無い。
ただ、学校に馴染めなくて、学校を休みがちになっただけ。
両親はそんな僕を心配して、少しの間、田舎に住む祖父母の家に預けた。
理由無く学校を休んでいる、と言う罪悪感も無く、兄弟から「ずる休みだ」と言われる事も無いので、気は楽になった。
外出は好きな方では無いけれど、やる事も無いし、せっかく自然豊かな地方に来たので、毎日散歩をしていた。
祖父母は広い土地を持っていて、土地の中に家がいくつか建っていたり、田んぼや畑もあった。
周辺にも木々や田んぼくらいしかないが、一つ、不安定な階段を上った先に小さな神社があり、そこからは祖父母の家が見下ろせる。
ゆっくりとした時間を過ごせる、と言っても、子供にはただの退屈だし、一人で虫を探すのも飽きる。
そんな時、木と木の間に、薄汚れた案山子が突っ立っているのを、発見した。
昨日までは無かったのに、と思い近づいてみると、やけに分厚く、布に赤い血のような物が付着していたので、気味が悪くなって早足にその場を去った。
ズズズズズズ
ビクリと体が震える。
後ろから、棒で砂利を引っ掻いたような音が聞こえた。
こんな場所に人が来る事は少ないし、さっきまで誰一人いなかった。
だったら、何だろう。動物だろうか。熊や猪豚の話ならよく聞く。
けど、こんな音、するのか。
心臓をバクバクさせながら、ゆっくり後ろを振り向く。
「っ……」
声が出なかった。
驚きと恐怖で、心臓が飛び跳ねる。
そこには、あの薄汚れた案山子があった。
地面に突き刺さっていないのに、そこに、立っている。
「うわああぁ」
叫びながら案山子から逃げる。
どういう事か全く理解出来ないまま、一心不乱に。
腰のあたりがゾワゾワする。
ある程度走り、このくらい離れれば、と、歩を緩め、後ろを振り向く。
ズズズズズズ
ありえない光景だった。
案山子が、ひとりでに動いている。
棒を引きずって、こちらに近づいて来ている。
怖い。怖い。どうしよう。家の中に逃げ込む?でも、それではずっと外に出れない。
ふと、ある事が思いついた。
前から自分を苦しめている、ある衝動。
その衝動を表に出してはいけないと、我慢してきた。
でも、今なら。
案山子はどんどん迫ってくる。
急いで、祖母のいない方の家に駆け込み、台所へ向かった。
震える手で先の尖っている包丁を手に取ると、案山子のいる方へ戻ろうとする。
案山子に近づくのが怖くて、そっと、そっと、玄関に向かう。
ドンッ
「ひっ……」
情けない声が出る。
今、ドアに体当たりしたのは、きっと、あの案山子だ。
その後も、ドンッ、ドンッ、と体当たりを続けている。
恐怖で衝動が大人しくなっていく。所詮、自分の衝動など、この程度の物だったのだ。
手に持っている包丁を見る。
何度、刃物を持って、赤いビジョンを描いただろう。
全てを壊したい。自らの手で、腐った世の中に制裁を。
全てでは無いけれど、その衝動の矛先が、今はある。その行為が、許されている。
恐怖を押し殺して、衝動を引き出す。
歯を食いしばり、衝動に身を委ねて、玄関まで走った。
ドアを勢いよく開けると、目の前にいる案山子に包丁を突き刺した。
違和感を感じた。思ったような感触では無かった。
衝動に身を委ね思い切ったせいで、制御出来ずに、何度も案山子を刺した。
何だか、少し弾力のある豆腐のような、気持ちの悪い感触がした。
頭の熱が冷めてきた頃、案山子はもう動かなくなっていた。
包丁には、掠れたような赤い色の物が付着していて、この分厚い案山子が何なのか、気になった。
まさかと思いつつ、薄汚れた布を剥がす。その時。
「何しているの?」
隣にあるもう一つの家から、祖母が出てきた。
僕は無実だ。何も悪い事なんてしていない。
けど、祖母が出て来た時、さっきとは別の理由で再び動悸がして、冷や汗をかいた。
どうしよう。
案山子だと思ってめった刺しにしていたのは、人の体の一部だったのだ。
すっかり青白くなっていたけれど、浮き出た肋骨とへそが見えた。
腰のあたりで切断されていて、断面に棒が突き刺さっていた。
祖母はそれを見ると、顔を真っ青にし、大慌てで警察と救急車を呼んだ。
大人たちにいくら事実を話しても、信じてはもらえなかった。
人を殺し、体を真っ二つに切断し、断面に棒を突き刺し、布を被せた。
そして、それが追いかけて来るという幻覚を見た。
まだ確かな証拠は見つかっていないけど、警察たちはそう考えていた。
大人たちは僕の事を危険と判断して、施設に閉じ込めた。
下半身はまだ、見つかっていないそうだ。