09 不老者。
城に帰った日、アルヴェ様の執務室。
「え? 本当にもらってもいいのですか?」
渡されたのは、金貨一枚だった。
「今回の報酬よ。とは言っても、おまけみたいなもの」
シアン様はそう言う。
「チップみたいなものだ。好きなものを買え」
「やったー! シアン様、一緒に付き合ってくれませんか?」
「え? 何交際してほしい? んー未成年とはちょっとだめね」
「買い物です、シアン様」
シアン様もそんな冗談言うんですね。
「わかったわ、そこまで言うなら、デートまでにしましょう!」
「買い物です、シアン様」
手を繋がれて、オーと突き上げられた。
それから二人揃って、机についたアルヴェ様に視線をやる。彼の許可なしには、城外へは行けない。
「行ってこい」
「いってきます!」
「いってきまーす、団長」
アルヴェ様の許可ももらったので、シアン様と手を繋いで仲良く買い物に出掛けた。
一足しかブーティを持っていないので、靴を新調。
ベージュと白のドレスを購入。
シアン様には地味だと言われたけれど、また任務に出掛けると時には汚れてもいいドレスでなければ困る。だってシアン様に仕立ててもらったドレスでは動きにくいもの。いつまでもヴェルデのズボンを借りていられないので、ズボンも買う。
それから、魔法材料のお店に足を踏み入れた。
「これとこれを混ぜ込んだボディソープとシャンプーはいいですよ。スベスベとツヤツヤになります」
「へぇ! どこで学んだの?」
「……人から」
魔王の城のサキュパスのメイドさんとか、一目のメイドさんとか。
「あ。いいこと思い付いた。使用人達に売り込めば儲かるんじゃない? 魔法の商売したいって言ってたじゃない」
「ああー……でも売れるでしょうか」
「任せて。私が売り込んであげるから」
シアン様はウインクして見せた。
「まずはどんなものか、見せて」
「はい。えっと……オレンジも入れましょう。爽やかな香りになります」
「いいわね。オレンジも市場で買いましょう」
シアン様は私の腕を取ると、自分の腕を絡ませる。腕組みだ。そんなスキンシップは別に構わなかったけれど、周囲が誤解しかねない。
「誤解されてしまいますよ」
「いいじゃない。街の中くらい」
ふふ、と笑うシアン様と結局、買い物中は腕を組んでいた。
城に戻ってから、給湯室でオレンジを切り刻み、材料をグツグツと煮込んだ。
「そう言えば、ルビドットちゃんは誕生日いつなの?」
「誕生日ですか? ありません」
「え」
「え?」
「えっ?」
「え……?」
唐突に質問されたけれど、答えた。
すると、戸惑った反応をされてしまい、私も戸惑う。
「ないって……?」
「物心つく頃には、母は亡くなってしまいましたから……」
出生証明書とかない。それに幼い記憶は朧げだ。
「孤児院では、私のように多くの子どもの誕生日が不明でしたので、元旦にまとめて誕生日を祝っていました」
「……今、十四歳なのよね?」
「はい、今年十四歳です」
それは間違いないはずだ。
「……ルビドットちゃん。幸薄いわね」
「……」
頭をなでなでされた。とても同情している。
これで魔王の後継者だと知られたら、どうなるのやら。同情してくれるのだろうか。嫌われてしまうかな。
「シアン様の誕生日はいつですか?」
「うふふ」
「……?」
シアン様は笑って見せる。
「あ・し・た」
「明日!?」
「そう。明日、十一月五日」
つんっと鼻をつつかれた。シアン様の癖だ。
「なんで早く言わなかったんですかっ! 私、報酬をほとんど全部使っちゃいました! シアン様のプレゼントを買えない!」
「そう言うと思って、買い物終わるまで黙ってたわ! てへ!」
てへ、じゃないです!
誕生日とも知らず、呑気に自分の買い物に付き合わせてしまった。
「そんなショック受けた顔をしないで。プレゼントは、このソープとシャンプーでいいわ」
「そうですか? ……それなら……はい。リボンで包んで渡しますね」
「ええ。ありがとう」
にっこりと犬顔で笑う。
「それで、シアン様はいくつになるのですか?」
「二十二歳よ。ちなみにアルヴェ団長は、八月で二十六歳になったわ。ベルンは二十三歳。ヴェルデは知っての通り同い年よ」
「アルヴェ様とは、一回り違うんですね」
子ども扱いされるわけだ。
私は紅い髪を耳にかけて、鍋の中を覗き込んだ。色は緑色でドロドロだけれど、これでスベスベになるボディソープの出来上がりだ。それを瓶に詰め込んだ。冷めてから、蓋を閉めよう。一つはリボンを付けて、シアン様にあげよう。
次にシャンプーを作るために、一度鍋を洗った。
「……まーた、魔法の薬を作っているのですかー?」
そこでヴェルデが給湯室に入ってくる。今にもウゲーッと言ってしまいそうなしかめた顔になった。
「飲む魔法の薬じゃないよ。ボディソープとシャンプーなの」
「……そうですか。またカナヘビ捕まえてきたのですかー?」
「……何、カナヘビを入れる飲む薬作ったの?」
シアン様が青ざめたように見える。
「尻尾だけですよ。魔力を高める魔法の薬でして、ダイスケと一緒に飲みました」
「ダイスケと……そうなの」
それでも、シアン様は明らかに引いていた。
「あはは、ダイスケは多分中身は知りません」
「あはは……私には要らないからね」
「はい、シアン様」
笑うしかない。シャンプーの材料は、引くようなものはないので、ドンドン入れて煮込んでおく。
「いい香りがしますね」
「爽やかな香りがする薬草も入れているから」
「オレンジも入れるのですか」
「うん」
オレンジの皮を、包丁で切り刻む。オレンジの実はジューサーにかけたいところだけれど、それはこの世界にないので、魔法を使うべきだ。皮を剥いたオレンジを両手で持って、魔力でギュッと絞り込む。念力を使うのと同じ。念じて潰す。
「風よ(ヴェンド)」
その両手の中に、風の魔法を発動させる。小さなカマイタチを操って、その中で小さく切り刻む。最小に、そして鋭利に魔力を尖らせることがコツだ。この場は、オレンジの香りで満ちた。
冷めたボディソープの瓶を順番に蓋で締める。
「しっとりスベスベになるよ。ヴェルデもいる?」
「オレはまだ石鹸があるのでいいです」
「そっか」
ヴェルデは遠慮した。
「それにしても、作るの好きですね。ルビドット。魔法のお店を出したい気持ち、なんとなくわかる気がします」
「そうね。もっと作ってみたらどうかしら! 練習だと思って! ……あ。魔導師様に話を聞いてもらったどうかしら」
「魔導師様にですか?」
ヴェルデに続いて発言したシアン様の提案に、私は目をパチクリさせてしまう。
「そうそう。この前の任務を頼んだ魔導師様は、魔法の薬に関してはスペシャリストよん」
「でも癖のある人ですよー」
「ええ、癖の強い人よ」
「……」
シアン様とヴェルデには言われたくないと思う。
「アルヴェ団長に伝えてもらいましょうか」
「んー……せっかくですが、いいです。魔導師様の手を煩わせたくありません」
魔導師に近付いて、魔族の魔力を封じていることに気が付かれたら、まずいもの。ああ、けれども魔法の薬専門みたいなら、大丈夫かしら。
「でもきっと気が合うはずよ」
「あの人、仕事中毒者です。魔法の薬を開発しては、自分で試しているんですよ。その結果、あんな姿になっちゃったって言うのに、まだ開発しては自分に試しているんですね。イカれてます」
「あんな姿?」
私はヴェルデを見たけれど、答えたのはシアン様だ。
「会ってみればわかるわ」
どんな姿だろうか。気にはなったけれど、追及するほどではなかった。
私の作ったボディソープとシャンプーは、いくつかシアン様が城の使用人に売り込んでくれる。シアン様の分は、赤いリボンを付けて渡した。
翌朝。いつも通り、アルヴェ様にコーヒーを淹れる。許可をもらって、アルヴェ様の真っ白な鬣をもふもふさせてもらった。
「おっはよーございますー! 今日の主役のご登場よん!」
「シアン様! 誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう! ルビドットちゃーん!」
いつものように駆け寄れば、身長の高い犬さんにクルーリと抱えられて回される。ついでにもふり。
「ヴェルデ、おはよう」
「おはようございますールビドット」
降ろされてから、隣のヴェルデに挨拶。けれども、なんだかそれだけでは足りなかった。ムギュッと抱き付く。
「……なんですか、ルビドット」
「もふもふしてるー」
「やめてください」
「ヴェルデが敬語を外したらやめるー」
「それは約束出来ません」
「じゃあもふもふする」
頬をすりすり。ヴェルデは特に私を引き剥がそうとはしなかった。
「ぶふっ……やめてあげて、ヴェルデが照れて死んじゃうわ」
「照れてませんし、今日の主役のオカマ野郎さん」
放して見てみれば、無表情の猫顔だ。照れているようには見えない。毛に覆われているからかな。
じっと見ていれば、鼻を摘まれて顔を逸らされた。
その先を、ベルン様が颯爽と現れて横切る。
「ベルン様、おはようございます! もふもふさせてください」
「……」
アルヴェ様の隣に座ったベルン様の前まで、テクテクと行っておねだりをした。そうすれば、見下すような視線をもらう。
訳すと”お前にもふさせるもふもふはない”って感じだ。
「しょぼーん……」
「口に出して落ち込んでます」
「そうね、ベルン。私の誕生日だから、ルビドットちゃんにもふもふさせてあげなさい!」
ガクリと首を折ったけれど、シアン様が言ってくれたので、パァッと明るい顔を上げる。
「くたばれ」
一蹴だった。とても強烈な一蹴。ガクリとまた首を折る。
「まー! 今日の主役に向かって、酷すぎるわ!」
「おめでとう」
「ありがとう!」
あ、ちゃんとお祝いの言葉を言うんだ。
嫌われているのは、やっぱり私だけなのでしょう。
またもや、しょぼーんとしてしまった。
夜はケーキも用意されて、盛大に祝う。ケーキを用意したのは、ヴェルデだ。一緒にケーキ屋さんまで買いに行った。
ベタにショートケーキにロウソクを立てて、願い事を込めてシアン様が火を吹き消す。願い事はもちろん内緒だ。
数日後、私の作ったものは好評だったらしく、他の人も欲しがっているとシアン様が教えてくれた。
なので前払いを受け取って、それで材料を買ってまた作る。
ちょっと楽しかった。私は結構誰かのために薬を作ることが好きみたいだ。
そうして時間を過ごすと、ある日、私はアルヴェ様の執務室に呼び出された。
「何でしょうか? アルヴェ様」
「お前に客だ」
「お客様?」
訪ねてくるお客なんていないはず。けれども、真っ先に思い浮かんだのは、蜥蜴の顔のオルトさん。まさか見付かってしまったのではないかと、一瞬焦った。
しかし、机についたアルヴェ様が指を差したチェアに座っていたのは、子ども。私が知らない、十歳くらいの少年だ。瞳が大きくて、金色。黒髪の持ち主で、ブカブカのローブを羽織っていた。
「よぉ。お前が噂のルビドットか」
金色の瞳を細めて、少年は笑った。ふてぶてしい感じの態度だ。
「城の使用人が、お前の作ったものを褒めていた。アルヴェの話によれば、勇者ダイスケに魔力を高める薬を作って飲ませたそうじゃないか。まことか?」
二十六歳のアルヴェ様を呼び捨て。なんていう子どもだろうか。ということはアルヴェ様より立場が上なのかもしれない。こんな十歳くらいの子が、あり得るのだろうか。
「……はい。勝手ながら、私はお礼として薬を渡しました」
とにかく、相手が誰かわからないなら敬語を使っておこう。
首を傾げつつ、私は答えた。
「おっとこれは失礼。名乗り忘れていた。オレは魔導師のギデオン・プルースだ」
「ルビドットと申します」
「知っている」
ギデオン・プルース。魔導師。
もしかして、この前話していた仕事中毒者の魔導師だろうか。姿を見ればわかると言っていたけれど、もしかして薬の作用で幼い姿になったのかもしれない。
「失礼ですけれど……お年はいくつですか?」
「ははっ、当ててみろ」
「……見た目は十歳くらいですけれど、態度は三十代でしょうか」
「三十代だとよ、アルヴェ」
ギデオン様は笑った。アルヴェ様は何も答えず、書類に目を通している。
一体、いくつなのだろうか。
「不老不死の魔法の薬を作ろうとしたんだが、見事に失敗してな。若返ったっきり、成長も変化もない。だが傷も付くし恐らく死ぬことも可能。中途半端な不老者だ」
不老不死の薬ですって?
私は瞠目して、立ち尽くしてしまった。
老いて死ぬことのない生き物が多くいる世界ではあるが、不老不死の魔法はない。それを作ろうとして、自ら飲むなんて、ヴェルデの言う通りだ。イカれていらっしゃる。
「エルフは不老と聞くが、お前はいくつだ?」
「私は十四歳です。確かにエルフは老いて死ぬことはありません」
「羨ましい。オレはいくつ時間があっても足りないほど、魔法薬の研究をしていたい。生まれながらにエルフだったらどんなに良かったか」
嘆かわしそうに頭を振るうギデオン様。
そこまで魔法の薬の研究をしたいのか。熱心な人だ。
「そんなエルフのお嬢さんに、オレの研究室に招待する。魔法薬に精通しているそうじゃないか。ぜひ手伝ってほしい」
「別に精通しているわけではありません」
「勇者ダイスケの魔力を高めたではないか。十分だ。来い」
ギデオン様は、チェアから勢いよく降りると、先に執務室を出た。
「ルビドット。ヴェルデを連れて行け」
「あ、はい。アルヴェ様」
ギデオン様の研究室に行く前に、談話室にいたヴェルデに同行の命令が下ったことを知らせる。すると露骨に嫌そうな顔をしたのだった。
20170922