08 森の中。
城を出てから、二日目。ヴィオーラの森に到着。
初めは、私と誰かを宿に残すかどうかを話していたけれど、結局皆で行くことが決定した。
ヴィオーラの森は、鬱蒼としている。ずっしりと太く大きな木々が並ぶ。蔦がいくつも垂れ下がっている。なんだか魔獣でも、出てきそうな雰囲気の森だった。実際、魔獣はいると思う。獣道だから、馬から降りる。
私はヴェルデからズボンを借りて、ブラウスを着た格好。ドレスでは、困難だもの。三段フリルネクタイは、深緑色。
「いい? ヴェルデから離れちゃだめよ」
「はい」
私の護衛は、ヴェルデが担当する。他は、任務に集中。
アルヴェ様が先頭を進み、その後ろをベルン様、次はシアン様。私はそのシアン様の後ろで、ヴェルデの前を歩く。
「スミレン華は、星型の菫色の花でしたよね」
「そうよ。その辺に咲いていたら、摘んでちょうだい」
「はい。ぜひお手伝いします」
お世話になっている以上、働かなくては!
頭上は葉で覆われていて、空がちょっぴりしか見えないものだから、薄暗くて先は真っ暗に見えてしまった。
魔王の城の周りにある森もこんな感じだったっけ。
「シシドオウの角笛は、私達に任せて」
私は頷いて見せる。シシドオウとは、バッファローに似ていて四本の角を持っている生き物だ。獰猛で人を見付ければ、襲い掛かる。
そこは獣人騎士団の実力を、お手並み拝見だ。
バサバサッと木の上で羽ばたく音が聞こえて、一同が足を止めて見上げた。普通の鳥じゃない。もっと大きな生物のものだ。小型竜か、それくらいの大きな鳥の生き物だろう。
アルヴェ様達が、剣を抜いた。警戒している。
私は特に緊張なんて覚えることなく、ただ上を気にした。見えない。だから空を飛ぶその生き物も、こちらが見えていないはずだ。
一時間近く、歩いた。
「いたわ」
シシドオウの群れを見付ける。私達は、木の陰に身を潜めた。数が多すぎる。欲しいのは角笛だけだ。
「ヴェルデはルビドットを連れて花を摘め。オレ達で角笛を採る」
「了解しました」
アルヴェ様の指示に従い、ヴェルデは私の腕を浮かんで引っ張った。
「気を付けて」と、私は一言伝える。シアン様は笑顔で手を振って、私達を見送った。
「大丈夫ですよー、アルヴェ団長達ならあれくらい片が付きます」
心配で振り返っていた私に、ヴェルデは言った。
そうか。獣人騎士団にかかれば、あれくらい簡単なのか。
「キィイイイイイ!!」
「!!?」
離れて十分くらいすれば、そんな鳴き声が届いた。
開けた場所に出た瞬間のこと。
反応に遅れて、ヴェルデが小竜に突進されて倒れ込んだ。やっぱり小竜だったのか。
「炎よ(フレイマ)!」
私はすぐに炎の塊をぶつけて、ヴェルデの上から小竜を飛ばした。
「ヴェルデ! 大丈夫っ?」
「平気、ですよっ」
ヴェルデも転がるように起き上がると、再び剣を抜く。
炎に大してダメージを受けなかった小竜は、咆哮を上げてヴェルデに向かう。ヴェルデは剣で受けて立ったが、小竜の鱗で出来た皮膚を容易くは切れず、弾かれてしまった。
小さくても、手強い。ドラゴンなのだから。
魔法がないと、手こずる。
「ーー汝の名で召喚する! ルサンディ!」
名を呼べば、召喚陣が私の目の前に白く光り、その中から火の粉を撒き散らして真っ赤なドラゴンが姿を現した。木よりも、大きなルサンディ。
ドラゴンにはドラゴンを。
ガブリッとルサンディが、小竜に噛み付いた。剣で切れなかった鱗も、凶悪な顎の力で噛み砕く。バクンバクンとルサンディは、美味しそうに食べた。
「召喚獣がドラゴン? まじですかー」
食事をしているルサンディを大きく避けて、私の横にくるヴェルデ。そんなヴェルデを気にして、目で追いかけるルサンディ。私はヴェルデがルサンディに気が逸れているうちに、口に人差し指を当てて話さないように指示した。
私の指示を見たルサンディは、黙々と小竜を食べる。
「召喚獣でドラゴンって希少じゃないですかー。そこは流石エルフってところですかね」
「そうかな……。それより、花を見付けて摘もう」
「そうですね。怪我はありませんか?」
「ないよ。ヴェルデは?」
「服が汚れただけです」
パンパンッとヴェルデは、自分の制服を叩いた。互いに下から上まで見て、怪我をしていないことを確認する。よかった。
「ごゆっくり」
「……」
ルサンディは何か言いたげだったけれども、そこにいてもらう。
「ん」
「あ、うん」
ヴェルデが手を差し出してきたので、迷うことなくその手を掴んだ。二人して手を繋いで、森の中を歩く。ヴェルデはまた小竜が襲ってこないかと上を時々気にしていたけれど、私と一緒に下を見て花を探した。
「ドラゴン、放置してよかったんですかー?」
「大丈夫。食事がすめば、還るから」
「そうですか」
用がなければ召喚獣は、勝手に帰ってしまう。
「ヴェルデ、あれじゃないかな」
菫色を見付けて、指を差す。木の根元に、一輪咲いている星型の花。スミレン華だ。
「まずは一輪だね」
「これをたくさん摘まなきゃいけないんですか」
ヴェルデが持っていた布袋に、摘んだスミレン華を入れた。
「あっ、こっちにいっぱい咲いてるよ」
「あれで足りますかね」
「まだじゃないかな」
まとまって咲いている箇所を見付けて、二人で摘んだ。
すると大きな音が遠くでした。ズドンと微かに地面が揺れる。
「あっちは派手にやってるみたいですねー」
「派手に、か……」
どんな派手な戦いをやっているのだろうか。
「ん?」
ズドンという音が聞こえた方向とは真逆から、ガサガサという音が近付いてくる。
ヴェルデは私を下がらせて、剣を構えた。
ガサガサと木の葉を鳴らして近付いたのはーー……。
「ひいっ!」
巨大なムカデ。黒い身体に、いくつもの赤い足。いかにも強力そうな顎には牙があった。その巨大なムカデが、私達に狙いを定めたことがわかる。こっちを見ていた。
「失礼しますっ、よっと!」
「!」
ヴェルデは私の身体を片腕一歩で抱え上げると、向かってきたムカデを躱す。
一本の木をそのまま駆けて登ると、木の枝に私を下ろした。
「加勢する!?」
「オレ一人で十分ですよ!」
私から離れたヴェルデは、素早く木の幹を移りながら駆けていくと、ムカデの上に飛び込んだ。そして、剣を振り下ろす。
その一撃で、一刀両断した。
おお、強い。流石は獣人騎士団の一人。
「ヴェルデ。かっこいいね」
「……バカ言ってないで、降りてきてください。受け止めるので」
「本当に?」
「……疑われるなんて心外ですー。受け止めませんよ」
受け止まられなくても、自分でちゃんと着地出来る。エルフの身体能力は、人間より高いのだ。
でも「早く」とヴェルデが腕を伸ばして待っているので、飛び込む。ヴェルデはしっかりと受け止めてくれた。ちょうど抱き締めるような形になる。
「……もふもふっ!」
「……」
短い毛でも、もふもふだった。なかなかのもふもふ。
長めのサイドの緑色の髪の毛もあって、艶やかで気持ちが良い。
「離れてくださいよ」
「もうちょっともふもふさせてー」
ムギュッと抱き締めてしまう。頬摺りすれば、もっと気持ちが良い。
「何なんですか……あなたは」
呆れた息が零れた。
次の瞬間、衝撃を喰らう。けれども、痛みはこなかった。
ヴェルデが抱き締めて、地面を上手く転がったからだ。
「いってー……もう一匹いやがったのですか」
「ヴェルデ! 大丈夫!?」
「下がってください」
巨大なムカデが、もう一匹現れた。そのムカデに背中を攻撃されたらしい。その背に、庇われた。
言われた通り、後退りをする。
でも背後にガサガサっという音が聞こえてきて、私はヴェルデと背中を合わせるように立った。
「ヴェルデ……囲まれたよ」
一回り小さくても、やっぱり巨大なムカデが、私の目の前に立ちはだかる。親子かな。
「ちっ……邪魔ですねー」
長い身体で、逃げ場を塞がれてしまった。
「魔法、使いますよー。離れないでくださいね」
「私も使うよ。何の魔法?」
「風の詠唱魔法、”震わせる風”です」
それって最強の風の詠唱魔法の一つじゃないか。
いいよ、と頷くとヴェルデの片腕に抱かれた。
「「”ーー震わせ風よ。集えそよ風。見えなき刃を数多尖らせて、振るえ、荒れ狂い踊れーー”!」」
私達はぴったりと詠唱を合わせて、魔法を唱える。
周囲に集まった鋭利な風が、台風のように暴れてはムカデの身体を引き裂く。ザンザンッと、ムカデの細切れが出来上がる。
風が止む頃には、私は息を吐いてはヴェルデに凭れた。
エルフの魔力だけでは、召喚獣の名での喚び出しと最強の風の詠唱魔法を使っただけで疲労を感じてしまう。封印した魔族の魔力があれば、まだ余裕だけれどね。
「大丈夫ですかー?」
「ちょっと……召喚獣で魔力使い過ぎちゃった……」
「それはオレのせいですね」
「そんなことないよ」
ヴェルデは、支えてくれる。そんなヴェルデの背中に手を添えて「ソーレ」と簡単な治癒の魔法をかけた。
「言った矢先に魔力を使わないでください。倒れられたら、オレが怒られるんですよー」
「でもこの怪我は私がもふもふさせてもらっていたせいだし」
ヴェルデは皮肉屋だな。もう。
また片腕で抱え上げられた。そのまま次のスミレ華畑に降ろされて、座りながら花を摘んだ。袋がいっぱいになったところで、アルヴェ様達が合流した。
「気持ち悪い巨大ムカデと戦ったの? やだわー。怪我ない?」
死体を見たらしいシアン様は、ブルブルと震えては私に手を差し出してくる。もう回復した私は、その手を取って立ち上がった。でも疲労を感じる。
「どうしたの? 顔色悪いわ」
「ちょっと魔力を使い過ぎてしまって……」
「あらやだ。ヴェルデったら」
「ヴェルデは悪くないです。ヴェルデが守ってくれて、怪我もありませんし」
大丈夫ですよーっと言ったのだけれども。
身体が浮き上がった。アルヴェ様の片腕で、持ち上げられたのだ。そのまま肩に担がれた。
「花はそれで十分だ。帰るぞ」
「アルヴェ様、ちょ、痛い、痛いです!」
お腹が圧迫されて苦しい。
「あんまりよ、団長。せめてお姫様抱っこにしてあげなくちゃ」
シアン様、そういう問題じゃないです。
「これならいいか?」
アルヴェ様は、私を肩に座らせた。確かにこれだと、苦しくも痛くもない。けれども、この扱いは子どもだ。子どもだけれど。
まぁいい。そのまま、アルヴェ様の頭を抱えるようにしがみ付く。もふもふを堪能。
「……頭上に注意ですよー」
「うん」
ヴェルデに注意されると、垂れ下がる蔦が頭に触れた。
枝に頭をぶつけないようにしないと。
「角笛は採れたのですか?」
「ばっちりよ」
シシドオウの角笛も、スミレン華も採れて、任務はクリアだ。
もふもふー。純白の鬣に顔を埋めて、すりすり。
「……あ、ヴェルデ」
「なーんですかー……」
アルヴェ様の後ろには、ヴェルデが歩いている。だから呼んでみたら、何だか疲れた声を伸ばした。
「私達って息ぴったりだと思わない?」
「……普通じゃないですか」
「そうかな。ナイスコンビだと思うけどな」
「ぶぁーかじゃないですかー」
「なんでそうバカって言うかな」
風の詠唱魔法、なかなかだったと思う。
なんでバカってすぐ言うかな。でもにへらと笑いかけた。
ヴェルデの可愛い顔には、特に感情を浮かべていない。でもすぐにフッと笑って見せた。私は笑みを深める。
「確かに、息ぴったりでしたね」
ヴェルデが笑ってくれた。
20170921