07 任務と温泉。
ルビドットちゃん視点。
朝、目を覚まして、背伸びをする。
勇者の出立式から、一ヶ月が過ぎた。
城の暮らしは、のどかなものだ。特に変わりないのは、私も外を出歩いたりしなかったからだろう。ダイスケがいないと寂しくはあった。でも彼のいない生活には、あっという間に慣れてしまう。
お世話になっている私がすることは、コーヒーを淹れることくらい。
あとはないものだから、終始ボーッとした。
そこで考えてみたのだ。
もしも、ダイスケが魔王を倒せたとしよう。そのあとはどうしようか。保護されなくなる。何か自立して生活する手立てを考えなくてはいけない。
そうだ。魔法を売る店をしてみようか。
だめだ。資金も店を経営する頭もない。
そこは、学ぶしかないか。
その辺で雇ってくれる魔法のお店に働いでみよう。
……紅い髪のエルフを雇ってくれる店が見付かるといいな。
でも待てよ。叔父の魔王が倒されたら、次は私を魔王にしようとオルトさん達は躍起になるかもしれない。魔王候補として育てられたのだもの、きっとそうだ。
魔王を倒さないで! ダイスケ!
いやでも倒さないとダイスケが帰れなくなる!
どっち! 私はどっちを願えばいいの!?
「なーに、百面相してるんですかー?」
ヴェルデに声をかけられて、覗き込まれた。
「魔法のお店を経営したいけれど、私には無理かなーって考えてたの」
「まだ成人してないんですから、無理じゃないですかー」
「そうだね。成人してないと難しいよね」
資金云々の前に、歳が引っかかるか。
この世界の成人は十六歳だけれど、それでも資金があってもお店を貸してくれるところを見付けるには苦労しそうだ。
「やーん。何寂しいこと考えてるの? ずっと守られてよー」
話を聞いていたシアン様が、頬に手を当てて言ってくれる。
それは難しいんじゃないかな、と笑って見せた。
そこで部屋にベルン様が入ってくる。一枚の紙をアルヴェ様に渡した。
「任務だ」
そう一言、告げる。貴重なベルン様の声を聞いた。
「任務? 何処かに行ってしまうのですか?」
「お前も一緒だ」
途端に不安になったけれど、アルヴェ様の答えに余計不安になる。
「国境を越えないですよね……」
「国内だ。国外でも、安心しろ」
ホッと胸を撫で下ろす。
国内は安全地帯なので、言葉通り安心しておく。
二年前から、魔族が入れない結界が張ってある。この大国キオノレウに居る以上、大丈夫だ。
「今回は何の任務なんですかー?」
ヴェルデが問うと、アルヴェ様は目を通していた紙を渡した。
「ああ、また魔導師様の材料集めですか」
「魔導師様が使う魔法の材料集まってこと?」
私もヴェルデが見ている紙を見せてもらう。
そこには、東南の森ヴィオーラに生息するシシドオウと言う生物の角笛を採ってくること。そして同じ森ヴィオーラに咲くスミレン華を摘むこと。それが書いてあった。
魔導師は城に勤めている上級魔法使いのことだ。
最も優れた魔導師は魔王討伐の一行に加わっていて、残るは城を守る魔導師達だと聞いている。
「ヴィオーラの森って遠いのですか?」
「ここから二日ってところかしら」
日本人なら遠いと思う距離だ。
「魔導師様なら、瞬間移動して自分で摘んでほしいですよねー」
「言わないの。これもお仕事よ」
確かにそれでは扱いが傭兵みたいだ。傭兵と騎士ではもちろん騎士が格上のイメージがあるので、口にはしない。
「私、瞬間移動の魔法使えますよ。東南の方に飛ばしましょうか?」
私は自分を指差して言ってみる。
三人の視線は、アルヴェ様に集中した。アルヴェ様は、首を横に振る。だめか。私の魔法って信用ないのだろう。
「途中で温泉があるのよ、そこに寄るのよ」
「温泉ですか! いいですね」
シアン様が教えてくれる。なるほど。
「出発するぞ、支度をしろ」
「了解」
アルヴェ様は、立ち上がって指示を下す。
私は廊下に出てから、何を用意すればいいかシアン様に尋ねた。そうすれば用意してくれると言ってもらえる。ありがとう、と頷いておいた。
支度が出来次第、出発。
皆、馬に乗った。獣人が馬に乗っている姿というのは、ちょっと違和感ある。でもアルヴェ様達は、かっこよかった。
私も同じく乗る。馬に乗るのは初めてだ。魔王の城では地を這う巨大蜥蜴に乗っていたのだから、これぐらいへっちゃらだ。私はドラゴンにも乗ったことがある。
「召喚獣の方が早いな……」
私の召喚獣は、ドラゴンだ。
「え。召喚獣と契約してるんですか? ルビドット」
「あー……うん」
「どうやって?」
「……普通に召喚の儀式をやって」
隣を馬で歩くヴェルデが、聞き取ってしまった。
召喚獣という魔法の生き物がいる。その召喚獣は、儀式をやって運が良ければ召喚出来て、一生の契約を果たす。
儀式は魔法陣を書いて、長い詠唱をするだけのこと。けれども、その詠唱も魔法陣も本から得なくてはいけない。そんな本は高価だ。
私が召喚獣と契約出来たことよりも、儀式が出来たことに驚かれている。
「たまたま機会があって」
「……そうですかー」
ヴェルデは、納得してくれた。これがアルヴェ様だったら、嘘だと見抜かれていたところだ。
オルトさんに儀式をしてもらった。そう言えば、何の召喚獣が出るのかと、朝にも関わらず魔王様も起きて見ていたっけ。
出てきたのは、ルサンディ。
トリアという分類で攻撃的なドラゴンだ。
亡くなった父親と同じだと言われた。
だからついでのように父親について聞いていたら、四年前の戦争では凄腕の魔導師と一戦交えて相打ちになったとなったのだと言っていたっけ。
「……今度は辛気臭い顔になっていますよー?」
「……死んだ父親のことを考えてたの」
「……それは邪魔をしてしまいましたね」
「いいの」
カポカポと馬が進む。
「どんな父親かを聞いてもいいですか……?」
「んー私を同じ紅い髪の持ち主、だと聞いた」
「父親譲りなんですねー」
「残念だけれどね」
私は力なく笑った。
紅い髪を摘んで、太陽に透かす。
「……ルビドットはその紅い髪は嫌いみたいですけれど」
「ん?」
「オレは綺麗だと思いますよー」
そう言ってヴェルデは先を行った。
「それは……ありがとう」
「ぶふ!」
「?」
いつの間にか後ろついたシアン様が、吹き出している。私は小首を傾げた。
夕方前に、温泉のある宿に到着。
早速、温泉に浸かることになって、私は女性用更衣室に一人入っていった。シアン様に心配されたけれど、温泉に危険はない。
この世界の温泉の更衣室は、仕切板で他から見えない作りになっていた。ドレスを何とか脱いで、シャワーで汚れを洗い流してから、温泉に浸かる。
ホッとした。気持ちが良い。
美肌効果があるのか、ヌルヌルしていた。
露天風呂は煙に満ちていて、周囲がよく見えないけれど、私しかいないみたいだ。
この広い露天風呂を独占。鼻歌を歌ってしまいそうだ。
「気持ち良いわねールビドットちゃん」
「そうですねーシアン様」
隣から声をかけられたので、反射的に相槌を打つ。
その声は、シアン様のものだった。
「……!?」
一拍置いて、ギョッとする。
隣には、白メッシュの青い髪を持つ男性がいた。魅惑的な笑みを浮かべるのは、間違いなくシアン様だ。
「お風呂に入る時は、人間の姿なのよ。ていうか獣の姿で入浴は禁止なのよね」
「? ……!?」
「ここが混浴だってこと言い忘れちゃった! てへ!」
「!!?」
こ、混浴だって!?
私は身を縮めて、薄緑色の温泉に首まで沈んだ。
「ちなみにあっちの煙の向こうに、アルヴェ団長達がいるわ」
「!!?」
「上がるなら今よ」
「そ、そうですね。ありがとうございますっ」
「ゆっくり疲れなくてごめんなさいねー」
「いえっ」
流石に恥ずかしいので、私は髪をまとめるのに使っていたフェイスタオルで前を隠して、そそくさと更衣室に逃げ込む。
ひいっ。恥ずかしかった!
赤面しながら、せっせっと支度をする。
「今、紅い頭が見えましたけど……ここってもしかして混浴でしたっけ」
「そうよー。やだ、ヴェルデってば、ルビドットちゃんの裸が見れなくて残念?」
「全然残念じゃないし、知っててこの宿選んだでしょオカマ野郎さん」
「照れてるー、照れてるー!」
「ぶぁーかじゃないですかーぶぁーかぶぁーか」
「ヴェルデ、照れるとぶぁーかって言うー。私、可愛いお尻見ちゃったー!」
「変態オカマ野郎さん!」
なんだか露天風呂が騒がしかった。
20170920