06 魔王。
三人称。
ルビドットが逃亡して、二ヶ月が経った魔王の城。
「まだルビドットは見付からないのか!?」
魔王・ネラシュヴァルツは、玉座で怒鳴り声を轟かせた。
純黒の角と真っ赤な髪と瞳の持ち主。美しくも禍々しい魔族の頂点に君臨する男。
「はっ……ルビドット様の魔力は……感知できません」
跪き頭を垂れる蜥蜴の顔をしたオルトが答える。
「あやつが死んだと言うのか!」
「……わかりません。まだ、わかりません」
ルビドットの死も、考えられた。
しかし、オルトは肯定しない。肯定したくなかった。
「可能性としては、魔族の魔力を封じて……我々が入れない人間の大国キオノレウに身を隠した、かと」
キオノレウの国。五年前に戦争をした国だ。そして二年前に、魔族が入れない結界を張った国。
「魔力を封じる術を教えたのか!?」
「……はい。身を隠す術の一つとして……私が教えました」
「このバカ者!!」
魔王の怒声が飛ぶが、オルトは動じた様子を示さない。
魔力を感知されないために、教えた術の一つだった。
「ルビドットは、オレの後継者だぞ! それなのに、身を隠す術を教えただと!? バカ者め!! ルビドットはっ、ルビドットはっ」
ダンッと肘掛けを叩く魔王・ネラシュヴァルツは言い放つ。
「ルビドットはっ! オレのたった一人の肉親なんだぞ!!!」
その言葉に、オルトは僅かに顔を歪める。
ルビドットは、唯一の後継者。つまりは、唯一の血族だ。
「オレの姪だ……クリムゾンの娘だ……なのに、見失うとは……」
ネラシュヴァルツは、額を押さえて嘆く。
オルトの顔が、ますます歪んだ。
「……申し訳ありません、魔王陛下」
謝罪をそう絞り出した。だが、何の慰めにもならない。
「ただ……そばに置きたかった……共に居たかっただけなのに……何故、行方を眩ましたのだ……」
ネラシュヴァルツは、深くため息を吐いた。
ただルビドットをそばに置きたかっただけ。
唯一の家族であるルビドットと、共に居たかっただけ。
魔王の後継者など、ついでのようなものだった。
それなのに、ルビドットは行方を眩ました。ネラシュヴァルツは、頭を抱える。初めから、家族として共に居てほしいと言えばよかったのだと知りもせず。魔王の後継者が、嫌で逃げたのだと知らず。
「……」
俯いていたネラシュヴァルツが、ギロリと深紅の瞳でオルトを睨んだ。
「いいか、オルト。貴様の失態だ。自分の魔力を封じてでも、人間の国に乗り込んでルビドットを捜し出せ!!」
玉座の間に、再び怒声を轟かせた。
「何年かかっても国中を捜して見付けるんだ!!」
「はっ! 必ず……必ず、ルビドット様を見付け出します!」
オルトは強く返事をする。
その眼差しも、強い決意を示していた。
しかし、姿だけを頼りに大国の中を捜すことは、言う通り何年もかかるかもしれない。それでもオルトは見付け出すと、心から誓う。
「……陛下。食事をしてくださいませ」
頭を下げつつも、進言したのはサキュパスのメイド。
「いらん! ルビドットのいない夕食など……喉が通らん!」
「……陛下……お労しい……」
「喧しい! もう下がれ!」
「陛下……」
ネラシュヴァルツは八つ当たりをして、玉座の間から追い出す。サキュパスのメイド達は、労しく涙を浮かべながらその場を後にした。
「……何処にいるのだ……ルビドット……」
ネラシュヴァルツは、無事かどうかもわからないルビドットの身を案じて憂いた。
そんなことは、ルビドットはやはり知る由もない。
この先、知るかもしれないが、今はまだーー……。