05 出立式。
アルヴェ様のことが大好きになったのは言うまでもなく、私はもふもふの時間以外もベタベタしていた。腕にしがみ付いても、アルヴェ様も何も言わない。
懐いたのは一目瞭然で、シアン様とヴェルデも何も言わなかった。ベルン様だけは、なんだか気に入らなそうに睨んでいたけれど。
「なんか悪い……ルビドット」
日を改めて、ダイスケが謝罪に来た。
「俺が余計なことを言ったばかりに、本当にごめんなさい」
土下座までしたのだ。流石は地球人、いや日本人仲間。
私にしかわからない謝罪方法。
「ダイスケは悪くないよ。あなたが謝る必要ないから」
「そうかな……俺が仲良くしてほしいって言ったから」
「余計な一言ですよねー」
「ヴェルデ!」
ヴェルデが口を挟んだものだから、私は止める。
でもその口は止まらなかった。
「でも事実ですよね。ダイスケが仲良くしてほしいなんて言わなければ、関わろうとしなかったはずです」
「うん、本当にごめん……。城に滞在するなら友だちがいた方がいいと思って」
「ダイスケは、鈍感なんですよ。令嬢がダイスケ以外に、いい顔をすると思ったら大間違いなんです。余計なお世話ってやつですよ」
「うん……そうみたいだ」
ヴェルデは大人しい敬語キャラだと思っていたけれど、どうやら毒吐きキャラだったみたいだ。
そんなヴェルデの頭をスパーンと叩くのは、シアン様だった。
「もうそれはいいってば。この話は終わりにしよう」
私はまぁまぁと掌を見せて、プールに突き落とされた件を終わりにしてもらう。
「それより、近々出立式があるんだってね」
「! うん、そうなんだ」
シアン様から聞いた。勇者・ダイスケ達が旅立つことを祝う式が城で行われる。ダイスケがついに魔王討伐のために旅立つのだ。
その前に魔力を高める魔法の薬を作って渡そう。
「……これが終わったら……一緒に地球に帰らない?」
ダイスケから思わぬ申し出を受けた。
「え……でも私はこんな姿だし……帰る場所ももうないと思う……」
紅い髪のエルフだなんて、地球にいても目立ってしょうがない。それにダイスケと違って、帰る場所もないのだ。
「言った矢先に、また余計なお世話ですよー」
「ダイスケは良かれと思って言ってるの!」
「それが余計なお世話って言ってるんです! ダイスケには思慮深さが足りないんですよ!」
またスパーンと頭をシアン様に叩かれたヴェルデは、頭を押さえて言い続けた。
「なんか重ね重ねごめんなさい……」
ダイスケは、再び土下座をする。
「やめよう、ダイスケ。勇者なんだし、そう易々と土下座しちゃだめだよ。人の目にもあるし」
さっきからベルン様が、床に座り込んで頭を下げる姿を嫌がるような眼差しを向けていた。土下座は通用しない世界みたいだ。
ダイスケはとりあえず立ってくれた。
「何かあったら、言ってくれ。オレも対処する、オレもルビドットを守る側だから」
「……ありがとう、ダイスケ」
照れ臭いけれど、お礼を言う。
そう言えば、ちゃんとアルヴェ様達にお礼を言っていないことに気が付く。頬にポッと熱さを感じながらも、私は向き合って頭を下げた。
「アルヴェ様、シアン様、ベルン様、ヴェルデ。昨日はありがとうございました」
「礼には及ばない。オレ達はお前を守ることが仕事なんだ」
アルヴェ様のもふりとした人差し指で、額を小突かれる。
「私達が守りたいの。守られていて」
シアン様がウインクして見せた。私は笑みを溢す。
嬉しい限りだ。
そのうちの日に、魔法の薬を作る材料を集める。ヴェルデにも手伝ってもらいカナヘビを追い掛けて、シアン様にも買い物に付き合ってもらえた。
おとぎ話の魔女のように、瓶のような鍋に材料をグツグツと煮込み込んだ。味はミックスベリー風に仕上げようと手を加える。カナヘビの尻尾や、草をたくさん入れたものだから味は最悪。だから味は変えようと努力した。
完成した三日後に、ダイスケに持って行く。
「お世話になったお礼。魔力を高める効果がある薬」
「ほんと? ありがとう、ルビドット!」
「一緒に飲もう。味はミックスベリー風にしたけれど、一応毒殺しないって証明」
「あはは、じゃあ一緒に飲もうか」
冗談で勇者を毒殺するわけじゃないと言う。ダイスケは笑ってくれた。
二つのカップを用意して、それをダイスケに選ばせる。残ったのは私のもの。
同行したヴェルデは露骨に苦い顔をした。作っている間、ずと見ていたからだ。
それでもダイスケと私は、腕を絡ませて、合図してグビッと飲む。ちょっと苦味もしたけれど、主にミックスベリー味だ。
「うん、美味いっ!」
「その……魔王討伐の旅、頑張ってね」
「うん!」
その魔王は、私の叔父なのだけれどね。
ダイスケは、無邪気に笑った。
同い年なのに、過酷な旅と戦いに行く。私に出来ることはこれくらいだ。
「地球人は強いって見せ付けてやって」
「おうよ!」
ハイタッチをした。
別の日に、シアン様が仕立て屋に行くと言い出す。
「出立式に出るんだから、新しいドレスを買わなくちゃ!」
「前に買ったもので十分ですよ」
「だーめ! 白っぽいドレスを買うの!」
その買い物にはアルヴェ様もついてきた。アルヴェ様もついてくると、必然的にベルン様もついてきて、大所帯になる。
獣人四人と紅い髪のエルフの少女一人。奇怪な組み合わせに街を行く人々も、仕立て屋の店員さんも顔を引きつらせていた。
「オフホワイトのドレスにしてちょうだい」
「紅いフリルとリボンにしろ」
シアン様とアルヴェ様が注文する。
二人の言う通り、布がひとりでにドレスを作り上げていった。
「何も私が着飾らなくてもいいのではないですか?」
「出立式は私達と一緒に並ぶのよん」
「獣人騎士団とですか?」
「そうよ」
それなら着飾っておかなくちゃいけないのも理解出来る。
緊張してしまう。試着して、胸の紅いリボンをキュッと結ぶ。
「どうですか? 可愛いですか?」
「可愛いですよー」
「ヴェルデは、前回も同じトーンで言ってた」
「乙女心がわかってないのよ。ルビドットは可愛いわ」
オフホワイト基調で、紅いフリルのドレス。魔王の城にいた時も、色々着飾ってもらったけれども、今回もなかなか高価だ。
シアン様は隅々まで念入りにチェックをして、店員にオッケーを出した。次にアルヴェ様がチェアから立ち上がって、会計をすませる。
フードを被って、仕立て屋を出た。街並みは、イタリアの水の都を連想する。でも二つ、川が流れているだけ。普通の街だ。それに城は聳え立っている。街を見下ろしているように、そこにあった。
長い耳が拾った人々の会話は、主に明日の出立式だ。
「浮かれてますね」
「魔王を倒すんですから、大事ですよー」
そりゃそうだ。
覗いてみる食堂も市場は、賑わっていた。
「……最果ての状況はご存知ですか?」
私はこんな賑わいを、育った最果ての街で見たことがない。
閑散とした街の孤児院育ちだった。
「見たことがある」
アルヴェ様が答える。
それならいいのだ。
「私は最果ての孤児院育ちなのですが……きっと喜んでいるはずです」
噂が届いていれば、この賑わいには負けるが、きっと喜んで祝っているだろう。
オルトさんに燃やされたその孤児院は、もうないけれど。
白いブーティで、石の道を進んだ。
出立式当日は、賑わいで目が覚めた。城の外では、もう人々が集まってきているのだ。
私は新しく仕立ててもらったドレスを着るのに、時間がかかった。前下がりの紅い髪をブラシで整えて、真珠の耳飾りを垂らす。リボンを左右合わせて、それから部屋をあとにした。
獣人騎士団の談話室に入れば、見知らぬ騎士がいて、ピタリと止まる。
いつもアルヴェ様がふんぞり返っているソファーには、藍色と白を基調にした騎士団の制服を着た男の人。純白の髪が神秘的に艶めき、オールバックにしている。凛々しい顔立ち。瞳はアルヴェ様と同じスカイブルーだ。
隣には、同じくオールバックにした琥珀色の髪と琥珀色の瞳を持つ男の人が座っている。
向かいのソファーには、白のメッシュを入れた青い髪の魅力的な笑みを浮かべる男性がいた。瞳は青。
その隣には、左分けでサイドが顎まで伸びた緑色の髪をした美少年。
「あーら、ルビドットちゃーん! 今日は綺麗だわ!」
白メッシュの青い髪の男性が、立ち上がって私の脇を抱えてクルリと回した。
「!?」
「どう? 私達の正装の騎士団服もかっこいいでしょう?」
「? ……!?」
降ろされて、見せびらかされる。確かにかっこいいけれども誰。
いや、誰だかは声でわかる。行動でもわかった。
この白メッシュの青い髪の男の人は、シアン様だ。
「その前に教えてあげてくださいよー。困惑しているじゃないですかー。オカマ野郎さんも性格悪いですよね」
美少年が、伸ばす敬語を使う。毒も吐いている。間違いない、この美少年は、ヴェルデだ。アーモンド型の瞳は、明るいペリドット。
「あら、知らなかったの? 獣人は、人間と獣の姿、両方を持つ種族なのよん」
「それを知ってても、オレ達だって理解出来ないから名乗ってあげろって言っているんですよー」
つんっとシアン様に、鼻を小突かれる。
私はただただ瞠目した。つまり、向かい側のソファーに座っている男性二人は、アルヴェ様とベルン様。
「行く前にコーヒーを淹れろ、ルビドット」
「は、はい、アルヴェ様」
いつもの調子で言ってくるアルヴェ様に従って、コーヒーを淹れに行った。
ずるい! 人間の姿があんなにもかっこいいなんて!
給湯室で一人、身悶えした。
それから平常を装って、コーヒーを運んだ。
「……皆さん、かっこいいですね……。いつもの姿もですが、人間の顔もイケメンでいらっしゃる」
「やーん、イケメンですって団長! 褒められちゃった!」
「発言と仕草が台無しにしてませんかー?」
シアン様とヴェルデの間に座って、コーヒーをひと啜りして、私は本音を溢す。
アルヴェ様もコーヒーを飲んで、満足気に息をつく。
コーヒータイムを終えたら、朝食は後回しで出立式に出た。
騎士団が整列する中で、私も混じったので場違い感が拭えない。というか、とても緊張する。足が震えそうだけれど、アルヴェ様の相変わらず大きな背中を見て、勝手に励まされた。
城の外から、割れんばかりの歓声が響いてくる。
城のバルコニーから、王様が勇者一行を紹介する声も響いた。
それから、勇者・ダイスケの言葉が贈られる。
「この勇者が、必ず平和をもたらす!!!」
そう宣言した。
出立式は勇者一行の見送りまでだ。街の外までパレードを行なって、そして最果てまで瞬間移動する姿を街の人達は見送った。
魔王の城を目指して、魔族の国を突き進む過酷な旅の始まりだ。
勇者一行が魔王の城に辿り着くまで、一年はかかるだろうか。
ダイスケが無事に地球に帰れることを願う。
「あーやっと朝食の時間ですー」
「ていうか、ブランチの時間ね」
「またダイスケは思慮深さに欠けた発言をしていましたねー」
「あれ、言わされているのよ」
「傑作ですよねーこれで魔王倒せずのこのこ戻ってきたらー」
「縁起でもないこと言わないの」
相変わらず、毒を吐くのはヴェルデ。相手をするシアン様とは本当に仲が良いと思う。
そんなヴェルデの横顔は、今は美少年。
そのヴェルデの肩を、ツンツンっとつついた。
「なんです。ルビドット」
「ヴェルデ、かっこいいね」
「……は?」
視線の高さはちょうど同じくらい。いや、ヴェルデの方がちょっと高いのだろう。私はブーティだから。
ヴェルデの猫目が、見開かれた。いつもの姿だと、猫顔でどちらかと言えば可愛い顔だ。人間の姿だと綺麗だ。でもかっこいいと言っておく。
「……バカじゃないですか」
「え、なんで」
「ぶぁーか、ぶぁーか」
「なんで!?」
スタスタとヴェルデは先に進んでしまった。
「ぶふっ! 照れてるのよ」
「そうですか?」
シアン様はお腹と口元を押さえて笑う。
そうは全然見えなかった。
「本当に、ぶぁーかですよ……」
耳まで赤くなっていたことなんて、私は知る由もない。
20170918