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04 保護下。





 騎士も利用する宿泊部屋。その一室を与えられた私は、クローゼットの中にある鏡と向き合った。

 前下がりの長いボブヘアーは、紅い紅い紅い。

 瞳はペリドット色。

 長く横に尖っている耳。

 何故、私は紅い髪のエルフなのだろうか。半分魔族だからだろう。父親譲りだろうけれど、恨めしい。忌み嫌われる存在だ。

 いっそのこと、魔王になってしまえばいい。とことん嫌われて、恐れられればいいじゃないか。あのエルフの令嬢達なんて、泣いて震え上がるだろう。

 なんて、悪魔の囁きが頭の中で聞こえた。

 天使は言う。どん底まで落ちるのは楽かもしれない。けれども、這い上がるのは凄く辛い、と。

 過ちは起こさない。そう唇を噛み締めて、我慢した。どうやら私は、唇を噛み締める悪い癖があるらしい。

 魔王側につけば、私はダイスケと戦わなくてはならないじゃないか。せっかくの地球人仲間と戦いたくない。本当は誰とも戦いたくはないのだ。

 ……でも教育の一環で魔族達と、魔法や剣術対決をした時は、まぁまぁ楽しかった。ああいうものなら別に構わない。

 魔王候補だったから、嘲笑なんて向けられなかった。様々な戦い方を教わった日々が恋しくなるなんて。どうかしている。

 ペシペシ。自分の頬を叩いて、そんな恋しさを振り払った。


「よし。もふりに行こう」


 今日も良い朝だ。獣人騎士団の談話室に行けば、アルヴェ様がすでにいた。結構早起きしていると思うのに、いつも先を越されている。朝支度が遅いせいだろうか。ドレスを一人で着るのは苦労する。コルセット調だとなおさら。


「おはようございます、アルヴェ様」

「コーヒー」

「はい」


 純白の獅子さんは、ソファーにふんぞり返っていた。

 コーヒーをご所望されて、私はすぐに給湯室に向かう。

 ペーパーフィルターを使って、あらかじめ挽いたコーヒー粉を入れる。お湯を少々入れてから少し蒸らす。それから真ん中でのの字を書くように、くるくるとお湯を注ぐ。

 すぐに来ると思って、他の三人の分も淹れた。


「お待たせしましたぁ」


 アルヴェ様の目の前に置く。


「昨日泣いたそうだな」

「……」


 アルヴェ様はコーヒーカップを持ち上げて言った。コーヒーカップが小さく見える。


「なんで泣いた」

「……溺れることが怖くって」

「見え透いた嘘をつくな」

「……」


 嘘ではない。溺れるのは怖かった。泣いた理由ではないが。

 獅子さんの威圧感が怖くて、萎縮してしまう。


「エルフの令嬢か」

「!」


 何故わかったのだろうか。

 本当はシアン様達が犯人を見ていたのだろう。いやそれなら私に尋ねないか。

 じゃあ私が自分の容姿に劣等感を抱いていることを、二人から聞いたのだろう。フードを被って出歩くし、それくらい鈍感でも気付く。私の発言と薄い笑みでわかったはず。

 そしてアルヴェ様はカマをかけて、私の反応で答えを知った。


「おはようございます、団長。……ルビドット」

「おっはよー団長。ルビドットちゃーん」


 そこでヴェルデとシアン様が、部屋に入る。

 私を見付けるとシアン様は、抱え上げてくるりと回った。目が回ったけれど、笑顔にしてもらえる。さりげなく、もふり。


「おはようございます、シアン様、ヴェルデ」


 降ろされた私は、笑みで挨拶を返す。


「あ、ベルン様もおはようございます」

「……」


 琥珀色の狼さんのベルン様も来たけれど、私を見向きもしない。

 ふむ、嘲笑や好奇な視線に晒されるよりはマシだ。それより、ベルン様の首元をもふもふしたい。だめだろうか。

 視線でおねだりしていたら「無駄ですよー」とヴェルデに言われてしまった。

 でもコーヒーを飲んでもらえるようになったので、諦めないわ!


「ルビドット。来い」

「はいっ」


 クイッと人差し指で招かれて、私はアルヴェ様の膝に乗った。まだ十四歳なので、大丈夫。全然気にしない。

 もふれるのならば!

 アルヴェ様の鬣に顔を埋めて、ムギュッと抱き締める。いい子いい子と頭を撫でられた。子ども扱いされている。全然気にしない。まだ子どもだもん。

 ふわふわもふもふ!

 至福の時だ。癒される。純白の鬣は、綿菓子のようにふわふわなのに、しっとりもふもふ。

 コーヒーを飲み終わるまで、もふもふさせてもらった。そのあとは、皆で朝食をとる。

 食事をとる場所は、獣人騎士団に設けられたダイニングルームだ。魔王の城のものに比べたら、小さいけれど十分。五人で並んで座ってすませた。

 そのあと、外で稽古をする獣人騎士団を眺める。


「お疲れ様です。……アルヴェ様?」


 終わった頃合いを見て、声を掛けたけれど、アルヴェ様は他所を向いていた。ベルン様のように無視はしないはず。

 何かと視線を辿ろうとしたけれど、先にアルヴェ様に手を引かれた。


「ついてこい」


 その一言で、ぞろぞろと獣人騎士団を先導する。

 どこに行くのかと思えば、別の騎士団の稽古場。そこにはダイスケもいて、一緒になって稽古をしていた。

 端っこには、テーブルが設けられていて、令嬢達が座って観賞している。私は止まりたかったけれど、アルヴェ様がそうしてくれなかった。どんどん令嬢達の方へと近付く。全力で踏み留まろうとしたけれど、アルヴェ様の力には敵わない。エルフの女の子では無理だ。特に獣人の男性が相手では。

 獣人騎士団の登場に、誰もが手を止めた。私達は、嫌でも目に留まる容姿の集団だ。


「失礼、レディ達」

「……なんでしょう、アルヴェ団長」


 そしてエルフの令嬢に話し掛けた。私はアルヴェ様の後ろに隠れたかったけれど、引っ張られて前に出る羽目になる。

 エルフの令嬢達の視線を浴びた。咎める視線だ。告げ口したことを。別に私は告げ口していないのだけれど、言っても無駄だろう。


「シャーベル家のニコール嬢、ウィルソン家のロビン嬢、ミラー家のクリステン嬢」


 その視線を送る三人の名前を、アルヴェ様は呼んだ。

 彼女達は自分がやったと自白したも同然。


「ルビドットは、我々獣人騎士団の保護下にあります。もしもまた危害を加えるようならばーー……ガウッ!!!」


 獅子が咆哮を放った。私も、令嬢達も、見ていた騎士団までもが、驚き震え上がる。そんな迫力のある咆哮だった。

 令嬢達は青ざめて、ガクガクと震えている。


「……ーー容赦はしません。肝に銘じてください」


 アルヴェ様の後ろで、シアン様とベルン様が歯を剥き出しにして「グルル」と唸った。

 ニコールと呼ばれたエルフの令嬢は、震える手でカップを置く。けれども、微かに紅茶は溢れた。

 アルヴェ様は私の手を引いて、踵を返す。


「ちょっと待ってくれ、アルヴェ団長。どういうことですか?」

「昨日ルビドットがプールに突き落とされた」

「え?」


 引き留めようとするダイスケに、アルヴェ様は簡潔に答えた。ダイスケの目が、令嬢達に向けられる。非難の目だ。それから、私に同情の目を向ける。私はそれから目を背けた。

 だって泣いてしまいそうだったからだ。

 孤児院に大人は何人もいたけれど、こうして助けてくれる人はいなかった。味方なんていなかったのに……ーー。

 それが嬉しくて、涙が込み上がった。

 手を引かれて歩きながら、私はついに泣き出してしまう。

 味方がいるという実感が心強かった。

 目の前にある大きな背中が心強かった。

 後ろをついてくる気配が心強かった。

 私には心強い味方がいる。

 私にとっては大きな幸せだった。




20170916

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