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03 紅い髪のエルフ。




 最初の一ヶ月は、魔王からの間者ではないかと疑われて、もふもふ……いえ獣人騎士団に守るついでに見張られていた。

 ちなみに間者とは、スパイのこと。

 私は大人しく見張られておく。

 魔法の教育のない日々に、ボーッとしていた。

 ボーッとしながら、談話室にいるもふもふを眺めた。

 ボーッとしながら、もふもふの稽古を眺めた。

 ボーッとしながら、もふもふと食事をした。

 やがて、痺れを切らしたらしいシアン様に誘われて、仕立て屋に向かう。ヴェルデ様も同行した。


「そのヴェルデ様って言うのやめてくれませんかー? どうやら同い年のようですし」

「じゃあヴェルデも敬語やめて、普通に話そうよ」

「それは約束しませんー」

「何故!?」


 敬語は外してくれないまま、とにかく並んで歩くヴェルデと話した。


「ヴェルデは何の獣人? 猫科だよね」

「オセロットです」

「オセロット! 素敵だね」

「……そうですかぁ」

「あら、そんなこと言われたら、ヴェルデが照れちゃうわね」

「照れてないです、オカマ野郎さん」


 振り返ったシアン様が、クスクスと笑う。

 ヴェルデの顔を見てみたけれど、照れた顔ではない。ヒョウ柄に似た模様はないけれど、若葉色の毛並みはなかなかのもふもふ。なでなでしたら、大人しく撫でられてくれた。

 人間みたいに伸びた毛は、髪の毛と呼べるだろうか。緑色の髪は、顎まで伸びている。後ろの髪は短めだけれど。瞳は私よりも明るいペリドット。

 可愛い猫顔。顎をコショコショしてもいいだろうか。


「それにしても、なんで深く被ってるの? フード」

「ああこれは……」


 青と城の犬顔のシアン様に指摘されたローブのフードを、私は落ち着きなく触った。

 魔王の城にいる間も、紅い髪と耳は視線に晒されていたものだ。もちろん、他の魔族とすれ違う夕食時だけ。

 人間の国は、魔族の出入りを封じる結界が張ってある。だから安心して出歩けるけれど、あ、私は魔族の魔力を封印しているから入れた。エルフの魔力と魔族の魔力を分けるのには、一苦労したものだ。おかげで今はエルフの魔力だけで、魔法が使える。

 つまり私は人間の国を闊歩出来るけれど、人目が気になるのは変わらない。


「私が紅髪のエルフだからです」

「……?」

「……それって、どういう意味ですか?」


 シアン様もヴェルデも足を止めて、私を見た。

 俯いて、自虐的に笑う。


「……普通のエルフと違う容姿だから……」

「あら……そう言えば、紅い髪のエルフって初めて見たわ」

「希少なんですねー」


 希少と言えば、聞こえはいい。けれども、嬉しい言葉ではない。私は薄く笑うだけで、フードを深く被り直した。

 仕立て屋の店員は、年配の女性が受けてくれる。私の耳と髪を見て、戸惑った反応を見せたけれども。

 私の紅い紅い紅い髪は、長めの前下がりボブ。

 シアン様の意見を取り入れて、ドレスを仕立ててもらった。

 お金がなかったけれど、シアン様が大丈夫だと言って支払う。どうやらお国から、お金をもらうみたいだ。申し訳ない。

 でも新しいドレスをもらえて、ウキウキした。

 一着は深紅のドレス。それと深緑のドレスと、橙色のドレス。どれもコルセット調のフリルドレスだった。


「喜んでくれて良かったわー」


 シアン様はそう言って笑う。オネエ系のワンコ。尻尾がフリフリと振っていた。

 その尻尾を触ってはいけないだろうか。グッと我慢した。

 お城に戻って、獣人騎士団のいる談話室に向かっていた。その螺旋階段から、窓の外を見れば勇者・ダイスケを見付ける。彼も私を見付けて、手を振った。だから、私も笑いかけて手を振る。

 けれども、ダイスケは一人じゃなかった。周囲には令嬢と思しき着飾った少女達がいる。ハーレム状態。流石勇者。そう思ったのも一瞬。

 ハーレムの中に、エルフの少女がいた。城の中だからと油断して、ちょうどフードを取っていたから、彼女は私の紅い髪と耳を見た。

 次の瞬間には、美しい顔に嫌悪が浮かんだ。そしてひそひそとダイスケに耳打ちして、手を下げさせた。仲間外れの存在だと、話したに違いない。

 戸惑いの色が浮かんだダイスケの瞳を見て、私は目を背けて急いで階段を上がる。


「……なんですか、今の」


 見ていたらしいヴェルデが、後ろで呟くように漏らす。


「なんでもないの」


 私はそれだけを言う。震える手は、羽織ったローブの下に隠した。

 獣人騎士団用の談話室に入れば、アルヴェ様を見付ける。

 ソファーに座っている純白の獅子に、私は癒されようと抱き付こうとした。けれども、もっふりとした手が、頭を鷲掴みにして止められる。


「無条件で得られると思うな」

「な……何をすれば、もふらせていただけるのですか?」


 低い声がくすぐったい。そんなアルヴェ様に問う。


「コーヒーを淹れてこい」

「コーヒーですか……」


 コーヒーをご所望。私はシアン様に視線を寄越す。シアン様はにっこりとすると、私を給湯室に案内してくれた。

 そこでコーヒーの淹れ方を教わって、コーヒーを人数分淹れる。シアン様と一緒に運んだ。

 そして、アルヴェ様に飲んでもらった。感想を待ってみる。


「練習しろ」

「……はい」


 ふむ、初めて淹れたコーヒーが美味いわけがなかった。

 隣に座っているベルン様なんて、手をつけようともしない。

 練習して、頑張ろう。


「失礼します」


 そこに入ってきたのは、ダイスケ。


「やぁ皆。ルビドットも元気? 変わりない?」

「……はい。おかげさまで、元気です。ダイスケ様」

「かしこまらないでいいよ。俺はただの勇者」


 ただの勇者とは、謙虚なものだ。


「アルヴェ団長と違って貴族じゃないんだ。日本人の一般市民」


 それも知っている。話したくてうずうずしたけれど、エルフの令嬢を思い出して、堪えるしかなかった。

 アルヴェ様は、男爵家の子息らしい。だから団長。実力もあるけれど、家柄がなければ団長にはなれないらしい。

 シアン様とベルン様も、そしてヴェルデも貴族ではないそうだ。でも実力ある騎士なので、様付けをする。

 勇者・ダイスケは、魔王を倒すために召喚された。この国の救世主。その魔王は、私の叔父なのだけれども。


「仕立て屋に行ったって聞いたけれど」

「あ、はい。シアン様に選んでもらって買ってもらいました」

「よかったね。……敬語、やめてよ」

「……じゃあ……うん」


 悲しげな顔をするものだから、私は仕方なく敬語をとる。

 パッとダイスケは明るい顔になった。


「ヴェルデもそうしようぜ。俺達、同い年同士じゃん」

「オレのポリシーなので、それは無理ですー」


 そう言って、ダイスケの隣に座るヴェルデはコーヒーを啜る。微妙な顔になった。不味いのだろうか。私は普通のコーヒーだと思うのだけれど。


「良かったら、城の中を案内したい。行かない? ルビドット」

「ああ、それは……」


 ベルン様が鋭い眼差しを向けてきた。私は許可が出るのかと、アルヴェ様の顔色を覗く。間者疑惑がまだ拭えていない私が、勇者と城を歩いていってもいいのだろうか。


「ヴェルデ。シアン。一緒に行け」

「あ、俺一人で大丈夫ですよ」

「いいや。オレ達が任された。二人も連れて行け」


 ダイスケに、きっぱりとアルヴェ様が言い返した。有無言わせない威圧感がある。

 それにはダイスケも従うしかない。

 私は曖昧に笑って、シアン様とヴェルデの手をとった。


「ではいってきます」

「ああ」


 返事をしてくれたのは、アルヴェ様だけ。ベルン様はそっぽを向いたままだ。

 談話室を出て、ダイスケのあとをついていく。

 先ずは城の前庭を案内された。垣根が並ぶ道を沿って歩いていく。広い前庭を進んでいくと、プールに行き着いた。この世界にもプールはあるのか。円形のプールを覗き込むと、自分が映った。紅い髪のエルフ。

 パッシャンと水面を叩いて、打ち消した。


「稽古の後に泳ぐと気持ちいいんだよ。プールって言うんだ」

「ああ……ダイスケが造らせたのですね」


 だから城にプールなんてあるのか。


「なんか、意味深だね」


 ダイスケが気が付く。

 私は唇を噛み締めてから、考えた。


「……実は、私前世の記憶があるの」

「前世? それって……生まれる前の人生ってやつ?」


 ドキドキしながら、打ち明ける。


「そう、私は地球にいて、日本で生活していた人間だったの」

「!」


 ダイスケは目をこれでもかと見開いたあと、ガシッと私の腕を掴んだ。


「地球人仲間!」

「きゃっ!」


 勢いが凄かったから、私は危うくバランスを失うところだった。ここはプールサイド。落ちたくなくって、ダイスケを掴み返した。


「待って、私! 前世から泳ぎは不得意なの!」

「あ、ごめん。落とすつもりは全然なかったんだ、ごめん」


 前世は泳ぎが不得意で、学校のプールの授業も欠席していたくらいだ。今は泳ぎが得意かどうかはわからない。何せ水遊びもしたことがないからだ。


「いや故郷の話が出来るんだと思うとつい」

「いいの。私もいつ切り出そうか迷ってて……」


 正直、親しくなることは避けたかった。けれども言ってしまったのはもう手遅れ。

 それからプールサイドに腰を下ろして、私とダイスケは日本の話をした。

 ダイスケは飛行機雲が懐かしいのだと言う。すれすれに飛んでいく飛行機の騒音が、恋しく思うなんて変だと笑った。そう言われれば、空を見上げて飛行機を捜してしまう。空を占領する飛行機はない。静かでいいのでないかと私は言った。確かにと、ダイスケは頷く。

 車もないから、空気が澄んでいる。いいことではないかと言い合った。けれども電車の揺られる車内は恋しいと言う。そして友だち。家族まで。しんみりとした。


「私も……家族が恋しいと思う……前世の家族が」

「現世の家族は?」

「母親は声しか覚えてないし、父親は記憶にないから……」


 あとは四年間夕食を共にした叔父の魔王だけ。特に記憶に残る会話はない。


「そっか……ごめん」

「いいの」


 申し訳なさそうにするダイスケは、謝らなくてもいいのだ。


「それで……自分が魔族に狙われる理由は、心当たりない?」


 案内を提案したのは、それが聞きたかったのだと知る。

 私は考えるフリをしてから、首を横に振った。


「魔王の側近オルトと名乗る魔族は、ただ連れ去ろうとしたの」

「よく逃げられたね」

「国境の結界のおかげ」

「魔族は入れないからね」


 うんうん、と頷く。


「俺が突き止めるよ」


 それは結構。突き止めないでほしい。


「ありがとう、ダイスケ。何から何まで」

「いいんだよ。地球人仲間じゃん」

「そうだね」


 ハイタッチを要求されたので、手を合わせた。


「ダイスケも何か私に出来ることがあったら言って。私こう見えても魔法は得意だから」

「エルフだもんな」

「……うん」


 エルフは、人間よりも魔法が得意とされている。

 エルフだと言われるのは、ちょっと。

 俯いて、水面を撫でた。冷たい。


「氷よ(アイスエース)」


 氷の魔法を唱えて、プールを凍らせた。

 そのプールの上に立つ。


「アイススケート」

「あはは」


 白いブーティで滑らないように踏み止まる。

 ダイスケは同じくブーツで立つ。


「ちょっと! 危ないわよ」

「氷の厚さは十分みたいですよー」


 シアン様が注意するけれど、片足を置くヴェルデが確認する。大丈夫。壊れたりしない。

 ダイスケと手を取り合って、踊るように滑る。楽しい一時だった。令嬢達にそんな姿を見られていたことも知らず。


 数日して、私の間者疑惑が消えたのだと知った。

 給湯室に向かう時は、一人にしてもらえたからだ。

 コーヒーの淹れ方も、何となくコツが掴めてきた。もふもふの許可が降りて、私はアルヴェ様の鬣を楽しんだ。今日ももふもふ出来るかと思うと、ワクワクしていた。

 ふと、給湯室の壁にカナヘビが這っていることに気が付く。

 カナヘビの尻尾を入れて、魔力を高める魔法の薬を作ったことを思い出した。その魔法の薬を作って、ダイスケに渡してみようか。細やかなお礼として。

 私はカナヘビを捕まえようとしたけれど、手の中からすり抜けた。

 待って。尻尾だけ、ください。ちょうだい。

 私は追い掛けた。必死になっていれば、とうとう城の外に出てあのプールに到着する。


「いやだわ、トカゲなんて追ってる」


 声が聞こえてきて、私はピタリと止まった。

 見れば、エルフの令嬢達がいる。エルフの令嬢は、淡い緑色と白を基調にしたドレスを着ていて、白金の髪を軽くカールさせておいていた。

 後ろにはツインテールとド派手なショッキングピンクのドレスの令嬢と、黄色と白いドレスの黒髪の令嬢がいる。


「あなた、保護されているのですってね」

「……はい。そうです」


 一番関わりたくない令嬢が、私に声をかける。無視して逃げ出すわけにもいかず、俯いて頷く。


「ダイスケ様から聞きましたわ。仲良くしてほしいと言われましたが……紅い髪のエルフだなんて……」


 彼女達の顔に、嘲笑が浮かぶ。

 酷く懐かしいものだ。孤児院でよく見た。

 私は唇を噛み締めて、目を背ける。さっさとこの場を去ろうとした。


「失礼しまーー……」

「ダイスケ様に近付かないでちょうだい」

「!?」


 突き飛ばされる。

 その先はーープールだった。

 ズブンッと水面を突き破って水の中に落ちる。ただでさえ、泳ぐことは不得意だ。なのに、ドレスだ。深紅のドレスはあっという間に水を吸い込んで、鎧みたいに重くなった。


「はっ! うっ!」


 浮き沈みする。もがいてもがいてもがいた。でも沈んでしまう。息が持たない。微かに見えた視界の中で、プールサイドの令嬢達は消えていたことはわかった。代わりに見えたのは、藍色の制服。

 ズボンッと水面を貫く音がした。次は身体を引き寄せられ

た。

 プールサイドまで私のことを運んでくれたのは、緑色のオセロットのヴェルデだ。そう言えば、オセロットって泳ぎが得意だったっけ。


「ぷはっ!」

「ルビドットちゃん! こっちよ!」


 引き上げてくれたのは、青と白の犬のシアン様だ。


「ゲホゲホッ!」


 飲み込んでしまった水を吐く。


「大丈夫ですかー?」


 覗くヴェルデは、水も滴るいいオセロット。なんてことは言えなかった。

 ゴホゴホと噎せてしまっているし、悲しくて涙が溢れてしまったからだ。

 なんでここまでされなくてはいけないのだろうか。

 ただ紅い髪のエルフというだけで、同族に忌み嫌われてしまう。


「ううっ、ううーっ、ひくっ」

「ルビドット……?」


 びしょ濡れのまま、泣いた。


「ねぇ、誰かに突き落とされたの?」


 シアン様が私の肩に触れて尋ねる。


「……私は……勝手に落ちたのです……」


 泣きながら、私はそう答えた。

 無駄な騒ぎにしたくなくって、突き落とされたことを隠す。

 けれども打ちのめされて、ただただ泣く。


「ねぇ……ちょっと……大丈夫?」


 頬に触れてきたのは、ヴェルデ。私は耐えきれなくって、ヴェルデに抱き付いた。誰かに慰められたくて。

 ヴェルデは戸惑いがちに、私の頭を撫でた。それが余計、涙を溢れさせる要因になる。必死にしがみ付いて、泣いた。

 一頻り泣いて、私は謝る。ごめんなさい。


「風邪引くわ、着替えましょう。この前買った深緑のドレスに着替えて。ヴェルデも」


 シアン様は、私を支えて立ち上がらせてくれた。


「ごめんね、ヴェルデ。濡れたままでいさせて」

「別に……オレは獣人で身体が丈夫ですしー」

「そっか……ありがとう、グスン」

「……別に何もしてないですよ」


 ヴェルデに手を引かれていく。


「何もしてない……」


 そう呟くヴェルデだった。




20170916

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