23 元召喚獣。
グラキロの森。通称“凍り付く森”は、霜が降っていた。
というか、凍り付いているよう。
踏み締める白い落ち葉は、パキッという音を立てて砕けた。
「寒いわねぇ。ルビドットちゃん、大丈夫?」
「はい、なんとか」
シアン様もブルブルと震えつつ、私を心配してくれる。
私は大丈夫だと微笑む。
「今回は別行動しないから、絶対にはぐれたりしないでね」
「それってフラグですよー」
「危ないから、絶対にはぐれちゃだめよ!」
「フラグですねー」
シアン様に続いて、フラグフラグと言うヴェルデ。
言う通り、はぐれたらどうしてくれるの。
こんな寒くて、危険な森に一人でいたくない。
はぐれないぞ、とシアン様の背中と後ろのヴェルデを確認した。
「はぐれないように、手。繋いであげますよ」
「うん、ありがとう。ヴェルデ」
後ろから差し出されたから、ヴェルデと肩を並べて繋ぐ。
もふもふでぷにぷになのだけれど、嫌がられると思うので揉むのはやめておく。
「まぁ! いつの間にか二人の距離が縮まっているわね! 何があったの?」
「そうですか? 普通だと思いますけど……」
「別に何でもありませんけどー」
シアン様が、ニマニマする。
ヴェルデはそっぽを向いた。
「アイガットさーん」
呼びかけてみる。
「呼んで出てくれたら、苦労はありませんー」
「でもこの広い森の中で見付けるには、呼んでみなくちゃいけないじゃない」
「ルビドットちゃんの言うように、物は試しで呼んでみなくちゃ! アイガットー!」
「アイガットさーん!」
シアン様も呼びかけてみた。
この森にいるはずなら、返事をしてくれるだろう。
召喚獣は、ちゃんと言葉を話す。こちらの言葉も理解する。
だから、呼べば応えてくれるはずだ。
「けれども、アイガットの前に、危険な生き物の注意を引いちゃうかもしれません」
「あっ」
「あっ」
ここは危険な生物が住まう凍り付く森だった。
「じゃあ、注意を引かない程度に呼びかける!」
「そう上手く調節出来ますかねー」
「とりあえず今日のところは、森の南西のところを捜索するわ」
捜索は一応、計画的だ。森中を見付かるまで捜す。
シャキシャキッと凍った落ち葉を踏んでは、凍り付いた木の幹を越える。
そのまま、奥に進んでいった。
歩き続けて三時間ほど経つと、ついに危険な生き物と遭遇してしまう。
鎧のような甲羅に身を纏う、真っ黒な生き物だ。体長は二メートル強。巨大なダンゴムシみたい。でもズシンッと飛びかかってきた。
瞬時にヴェルデが私の身体を抱えて、避けてくれる。
「っと。凍り付いて足場悪いですねー」
木の枝に飛び乗ったヴェルデだったけれど、滑って座り込んだ。
そんな木の枝に私を下ろすと、アルヴェ様達と参戦した。
けれども甲羅が硬すぎて、苦戦している。
なんとか後援支援しようかと思った。
その時。
森の奥から別の生き物が、現れる。身体が黒い鋼のような大型犬の群れが飛び交う。数が多過ぎる。ただでさえ、飛び跳ねる巨大ダンゴムシに手こずっていたのに、黒い鋼の犬が襲い掛かった。
私は魔法の弓矢を出そうとしたが、その前にローブを下から引っ張られる。黒い鋼の犬の仕業だ。私は落ちた。
「ルビドット!」
ヴェルデがすぐ様、駆け付けてくれる。ローブを引っ張った黒い鋼の犬を、剣一振りで追い払った。
「離脱しろ!!」
アルヴェ様の指示が、咆哮のように轟く。
「了解!!」
ヴェルデ達は、返事をした。
この場は、滅茶苦茶だ。離れる必要がある。
けれども、黒い鋼の犬が追いかけてきてしつこい。
振り切れない。
剣で斬ろうとしても、キンッと弾く。相当硬い。
犬だけじゃない。巨大ダンゴムシも降ってきた。
避けるために、散れぢれに飛び退く。追ってくる犬。
「ぜぇーはぁー……」
「なんとか……はぁー……まけましたねー」
ずっと一緒にいたヴェルデと息を乱す。
犬の追跡をようやく振り払った。
けれども。
「……はぐれたね……アルヴェ様達と」
見事に、はぐれてしまった。
凍り付いた森で、身を潜めて二人きり。
「オレ達は、はぐれないようにしなくちゃいけないですねー……絶対」
「だからフラグだって……」
ヴェルデだけは、離れないようにしたい。
私を保護してくれている獣人騎士団に、迷惑をかけてしまうことになる。
それだけは阻止して、ヴェルデとはぐれないようにしなくちゃ。
けれども、また襲われた時のために、手を繋いでいられない。
私も反撃出来るように、両手は空けておかなくては。
「アイガット捜すどころじゃなくなったね……」
「合流しなくちゃいけませんねー」
木の陰から周囲を確認するヴェルデから、目を放さない。
絶対に見失わないぞ。
緑の毛に覆われた猫みたいなヴェルデも、白いローブを羽織っている。
そんなローブを摘んだ。
「……」
「……」
その部分に、ヴェルデは注目した。
「なんですか……それ」
「はぐれないため」
「……そうですかー」
手を繋いだら、ヴェルデが剣を握れない。だから、ローブを摘む。
「なーんで」
ふと、声が落ちてきた。
顔を上げると、人がいる。
「アイガット、捜してるんだい?」
白と赤だった。白くて長い髪は、後ろで三つ編みにしている。白いジャケットは、手をまるごと隠していたけれども、寒そう。中のVネックのシャツは、赤。黒いズボンには、ベルトが二つずつついていて、細長い足だった。それをプラプラさせていると思いきや、目の前に降ってくる。
首には、赤い布と白い襟と鈴がついていた青年。
ヴェルデは、剣先を向けた。
こんな森にいる人なんて、怪しい。
青年の黄色い瞳は、ヴェルデだけではなく私に向けられる。
見たところ、魔族ではなさそう。
「誰ですかー?」
「そっちが答えたら、それに答える」
にんまり笑って、青年は首を傾げる。
私を見ていた。好奇の眼差し。
紅い髪のエルフだからなのだろうか。
クルクル、私達の周りを回る青年。ヴェルデは絶対に近付けまいとしてくれる。
青年はスンスンと鼻を鳴らす。
「ハーフエルフ……いやぁ、半分魔族だね。珍しいぃ」
「っ……!」
魔族の匂いが嗅ぎつけられた。
秘密を言い当てられて、びくりと肩を震わせる。
どうにかしなくては、魔族の匂い。
というか、何故嗅ぎつけられたのだ。
彼も獣人?
すると、彼の後ろに揺れる赤い尻尾があった。チーターのように、太くて長い。人間の肌のままなのに、尻尾がある。こんな中途半端な生き物の存在を、私は知らない。
現世には猫耳付けたメイドはいるけれども。
獣人は人間と獣の姿、両方を持つ種族。中途半端な変化はしない。
「ねぇ、どうして捜してるの?」
私に問う。
「ちょっと……オレを無視しないでくださいよ」
ヴェルデは絶対近付けないようにしてくれる。
クルクルと回られて、私目が回ってきた。
「近付くと、斬ります。何者ですか?」
「だぁかぁらぁ。そっちが答えたら、答えるって」
見ず知らずの怪しい人に、目的をひょいひょい話せない。
ヴェルデは、答えなかった。
「……」
私はじっとヴェルデの肩越しから、彼を観察した。
ズボンについたベルト。本に記されたアイガットを連想した。
「あなた、もしかして……アイガットさんですか?」
「!」
ヴェルデがそれを聞いて、私を下がらせる。
青年は笑みを深めた。
「ねぇ、なんでキオノレウ国の騎士が、半分魔族のエルフを大事そうに守ってるのぉ?」
「アイガットさん、ですよね?」
「なぁんでぇ、そんな組み合わせでアイガットを捜しにきたのぉ?」
疑問はたくさんあるみたいだけれど、先ずは目的が知りたいらしい。
私はヴェルデと目を合わせる。ここは目的を話した方がいい。
「私はルビドットと申します」
「良い名前! ルビちゃん」
「ありがとうございます。こちらは獣人騎士団のヴェルデ。訳あって、私は保護してもらっています」
私が半分魔族だということは、あとで口止めしよう。
名前を褒められるとくすぐったい。親にもらった数少ないものだもの。
「アーゼン子爵様があなたに会いたがっていますので、キオノレウ国の王都まで来ていただけないでしょうか?」
「暇を持て余した貴族の呼び出しぃ?」
青年ことアイガットは、身を引いた。ちょっとよく思っていない様子だ。
プラプラとジャケットの裾を振り回して、口元に添えると小首を傾げた。
「そうだ!」
そして、何かを思い付いたように笑みを輝かせる。
「ルビちゃんがオレぇの主になってよ!」
「へっ?」
“主殺し”の元召喚獣に、とんでもないことを言われてしまった。
私もヴェルデも、開いた口が塞がらない。
「こーんな可愛い娘が、主ならいい」
私はヴェルデのローブを握った。
「あいにく、私には召喚獣がすでにいます」
「召喚獣は一匹だっていうルールはないよ。ちなみにどいつと契約したのぉ?」
ただでさえ千しかいない召喚獣を、一人で何匹も契約を交わすなんてことは稀である。
「……トリアのルサンディです」
「ルサンディ? あのドラゴンは確か魔王の弟の召喚獣のはず……」
「……亡くなりました」
その魔王の弟は、私の父親。六年前の戦争で命を落とした。
私はルサンディを受け継ぐような形になった。
魔王の弟の召喚獣だと、有名なのだろうか。それはまずい。
迂闊に召喚出来ない。
「そうなの」
アイガットの反応は、軽いものだった。
特に驚きはしないことらしい。
召喚獣は魔法の生き物。不老不死だ。長い時を生きる彼らにとって、些細なことなのだろう。
「トリアのルサンディと、ドゥエのアイガットを召喚獣にしようよ。ルビちゃん」
「いや……それは……」
「嫌? オレぇが“主殺し”で追放された召喚獣だからぁ?」
アイガットはしゃがむと、私を上目遣いで見上げてきた。
猫目をうるうるさせて、訴えかけてくる。
うっ。そんな顔をしないでほしい。そんな目で見られても困る。
「オレぇは、元主が人間の子どもを生贄にして魔法を使おうとしたのを止めたかっただけなのに……」
子どもを生贄にして魔法を発動。それも禁忌だ。
ギデオン様だってそんなことをしたりしないだろう。
ゾッとしてしまった。
その時、ピクッと私の耳がはねる。凍り付いた落ち葉が、踏まれる音を聞き取った。
「ヴェルデ!」
「ちっ! 来ましたか!」
さっきの黒い鋼の犬達だ。足音が多い。囲まれた。
まずい。二人で対処するには、多過ぎる。
太い木の幹に爪を立てて、黒い鋼の犬が私達を見下ろした。




