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魔王候補ですがもふもふに保護されました。  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫
二章

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21/28

21 泣き虫さん。(ヴェルデ視点)


ヴェルデ視点。






 ずぶ濡れで泣く彼女を、どう守ればいいのか。

 オレは何をすればいいのだろうか。

 何をしてやれるのだろうか。

 オレはーー……


 騎士に憧れたのは、当然のようだった。

 間近で騎士を見れる街で生まれ育って、憧れて手作りの木剣を振っては遊んだ。そしてアルヴェ様の従者になって、鍛え上げてもらった。

 幼いオレにも容赦なかったけれど、おかげで十三歳で無事騎士に入団。

 同時に、獣人騎士団が結成された。

 アルヴェ様は、団長となったのだ。

 たった四人の団員。されども、獣人の力は人間の十人力。最強だ。

 そんな騎士団に、舞い込んだ仕事。

 ルビドットという名の紅い髪のハーフエルフ。その保護。

 オレと同い年の娘。

 最初は、間者だと疑って様子を見張った。

 けれども、それはすぐに疑いが晴れる。

 ルビドットはあまりにも無害に見えたからだ。

 終始、ぼんやりするだけ。稽古場の隅っこに座っていたり、ソファーの隅っこに座ったりと、とにかく隅っこでぼんやりしているだけで怪しい動きは一切なかった。食事中までも、ぼんやりとしていたのだ。

 痺れを切らしたシアンさんが、街に連れ出して仕立て屋に連れて行く。オレも同行した。

 ヴェルデ様とルビドットが呼ぶものだから、オレはそれをやめてもらう。

 オレがオセロットの獣人だと言うと。


「オセロット! 素敵だね」


 フードの下で、ルビドットは笑顔になる。


「あら、そんなこと言われたら、ヴェルデが照れちゃうわね」

「照れてないです、オカマ野郎さん」


 照れてなんか……いないです。

 すると、頭にルビドットの手が置かれて、撫でられた。

 女の子に、撫でられた。それは初めてのことだった。


「それにしても、なんで深く被っているの? フード」


 シアンさんが問う。


「私が紅髪のエルフだからです」


 少し口ごもって答えたのはそれ。

 シアンさんもオレも、理解出来なかった。


「……普通のエルフと違う容姿だから……」


 足を止めて意味を問えば、俯いて言う。

 どこか悲しげで、自嘲的な笑み。そう見えてしまったのは、フードの中が暗かったからだろうか。

 薄く笑ってルビドットは、また深くフードを被り直した。

 ドレスの買い物が終わって、城に戻る。獣人騎士団の談話室に向かって螺旋階段を上っていれば、窓の外で勇者・ダイスケを見付けた。

 勇者・ダイスケの進言もあって、ルビドットが保護されたのだ。

 たまに会いに来るほど、ダイスケは気にかけている。そんな仲だ。

 そんなダイスケの周りには貴族令嬢が三人ほどいた。休憩中にはいつも捕まっているらしい。

 ダイスケは、魔王を倒すために異なる世界から召喚した人間だ。大いなる使命があるダイスケは、モテているのだろう。

 そんなダイスケのそばにエルフの令嬢が一人いた。

 白金髪と青い瞳。あれが一般的なエルフか。そう思って見ていれば、そのエルフの令嬢の顔に嫌悪が浮かんだ。それからダイスケに耳打ちして、手を下げさせた。

 ダイスケの顔に戸惑いの色が浮かんだ。

 手を振っていたルビドットは手を引っ込めて、目を背けた。


「……なんですか、今の」


 呟くように問うと。


「なんでもないの」


 その声は、震えていたように聞こえる。

 オレはさっき紅髪のエルフが希少だと言ったが、それを後悔した。

 違うと言うことは、こういうことだったんだ。

 フードを被った後ろ姿が、あまりにも可哀想に見えた。


 そのあと、ダイスケがルビドットに会いに談話室に来た。

 ダイスケの態度は、普段通りだった。

 そんなダイスケが、ルビドットに城案内を提案。オレとシアンさんは同行した。

 前庭を案内したあとは、円形の穴に水が入ったプールというものに辿り着く。そのプールサイドで、ダイスケとルビドットが話す。

 ルビドットは自分の前世が、ダイスケの同じ故郷の住人だと打ち明けた。

 そういうこともあるんですねー。


「待って、私! 前世から泳ぎは不得意なの!」

「あ、ごめん。落とすつもりは全然なかったんだ、ごめん」


 ガシッとダイスケはルビドットの肩を掴んだ。勢いが凄く、ルビドットは危うくバランスを崩すところだった。オレは飛び出そうとしたが、ルビドットは落ちなかった。危なっかしい。

 それを機に二人は会話を弾ませた。

 ダイスケの故郷のことだろう。何かが懐かしいと話して、空を見上げる二人をただ見守っていた。その世界のことを、友人のことを、家族のことを恋しく思っていると話していた。


「私も……家族が恋しいと思う……前世の家族が」

「現世の家族は?」

「母親の声しか覚えてないし、父親は記憶にないから……」


 ルビドットは、孤児院育ちだ。

 だからなのか、とオレは気が付く。

 隅っこでぼんやりとしている癖は、孤児院からのもの。

 紅い髪のエルフだから、仲間外れにされたから、いつも独りだから。

 想像したら、切なさがキュッと小さく胸を締め付けた。

 そんなオレの気分なんて知らずに、ルビドットとダイスケは凍らせたプールの上で遊んだ。ルビドットは、笑っていた。


 ルビドットは、アルヴェ団長の命令で寝起きのコーヒーを淹れる係となった。

 アルヴェ団長は、間者ではないとそう判断したのだ。

 コーヒーを美味く淹れられれば、もふもふも許可していた。

 ある日、コーヒーを淹れに行ったルビドットが戻らないから、オレとシアンさんが捜しに行く。給湯室にはいない。まさか実は間者だったのではないのかと、一抹の不安を抱えて捜していたら見付けた。

 プールで溺れているルビドットを。

 泳げない、とそう言っていたことを思い出したオレは、真っ先に腰に携えた剣を放ってプールに飛び込んだ。泳ぎは得意。ルビドットが沈まないように腕で抱えて、プールサイドまで運ぶ。あとはシアンさんに引き上げてもらった。


「ゲホゲホッ!」

「大丈夫ですかー?」


 水を吐き出すルビドットが噎せている。

 ブルブルと震えて毛に染み付いた水を払いながら尋ねたが、返事はなかった。


「ううっ、ううーっ、ひくっ」

「ルビドット……?」


 漏れ出す嗚咽を聞いて、遅れて泣いていることに気が付く。

 ずぶ濡れのまま、泣いていた。


「ねぇ、誰かに突き落とされたの?」


 シアンさんが、ルビドットの肩に手を置いて問う。


「……私は……勝手に落ちたのです……」


 泣きながらの答えは、嘘だとわかった。

 ルビドットは泣き続けたからだ。

 傷付けられて、泣いているように見えた。

 ポタポタと落ちる水滴に混じって、涙も落ちていく。


「ねぇ……ちょっと……大丈夫?」


 頬に触れれば、顔を上げたルビドット。

 濡れて顔にへばり付いた紅い髪。ペリドットの瞳から溢れて止まらない涙。それを見た。

 次の瞬間、ルビドットはオレに抱き付いた。そして泣き続ける。

 オレはーー……戸惑いがちに頭を撫でてあやすことしか出来なかった。

 ルビドットは震える手で、オレにしがみついてただ泣いていた。

 しばらくして落ち着いたのか、ルビドットはオレから離れて謝った。

 シアンさんが風邪を引かないうちに着替えようと言うから、立ち上がる。


「ごめんね、ヴェルデ。濡れたままでいさせて」

「別に……オレは獣人で身体が丈夫ですしー」

「そっか……ありがとう、グスン」

「……別に何もしてないですよ」


 お礼を言われたけれど。


「何もしてない……」


 わからなかった。

 どうすれば、ルビドットを守れるのか。

 オレは何をすればいいのか。

 ルビドットに何をしてやれるのか。

 ずぶ濡れで泣きじゃくるルビドットの姿が、目に焼き付いて、その夜はなかなか寝付けなかった。

 ポタポタ、と落ちる涙の音が、耳から離れない。


 翌日のことだ。

 ルビドットは何事もなかったように、笑って挨拶を。

 アルヴェ団長の膝の上に乗って、嬉しそうに白い鬣にもふもふしていた。

 朝の稽古後に、それは起きる。


「ついてこい」


 その一言でついていき、これから何が起きるか想像出来た。

 アルヴェ団長が向かった先は、テーブルを設けてお茶を楽しむ令嬢達。

 オレとシアンさんの報告で、プールにルビドットを突き落としたのはこの令嬢達ではないかと推測していた。アルヴェ団長は、確信しているらしい。


「ルビドットは、我々獣人騎士団の保護下にあります。もしもまた危害を加えるようならばーー……ガウッ!!!」


 アルヴェ団長は咆哮を放つ。令嬢達はそれだけで青ざめて震えた。


「……ーー容赦はしません。肝に銘じてください」


 アルヴェ団長のその後ろ姿を、オレは見ていることしか出来なかった。

 ルビドットの手を引いて、この場を去るアルヴェ団長に続いた。

 ルビドットの横顔は、泣いてしまいそうだった。

 それから少しして、ついに涙を零した。嬉し涙だろう。

 袖で拭っている姿を見つめながら、オレはアルヴェ団長に嫉妬した。

 なんでこうも、かっこよく決められてしまうのだろうか。

 かっこよすぎるし、ずるい。

 オレから見ても、頼もしく感じる。

 幼い頃から見ているけれど、その背中は相変わらず広かった。

 それからルビドットは、アルヴェ団長にベタベタ。当然のように、懐いたのだ。

 アルヴェ団長の腕にしがみ付くルビドットを、見て見ぬふりをした。

 日を改めて、ダイスケが謝りに来た。

 ルビドットがプールに落とされたのは、ダイスケがルビドットを気にかけていたことが原因。令嬢達も、嫉妬だ。


「ダイスケは悪くないよ。あなたが謝る必要ないから」

「そうかな……俺が仲良くしてほしいって言ったから」

「余計な一言ですよねー」

「ヴェルデ!」


 オレは多分、ダイスケに八つ当たりをした。


「でも事実ですよね。ダイスケが仲良くしてほしいなんて言わなければ、関わろうとしなかったはずです」


 ダイスケは反省したように顔を伏せる。城に滞在するなら友だちがいた方がいいと思ったから、そう言ったらしい。ダイスケは鈍感なんだ。

 余計なお世話ってやつですよ。

 そう言ったら、スパーンと後頭部をシアンさんに叩かれた。

 話は勇者・ダイスケの出立式に変わる。

 城でダイスケ勇者一行が旅立つことを祝う式が行われるのだ。

 ダイスケは、自分の故郷に帰ろうと誘った。

 しかし、紅い髪のエルフに居場所はないらしい。


「言った矢先に、また余計なお世話ですよー」

「ダイスケは良かれと思って言ってるの!」

「それが余計なお世話って言ってるんです! ダイスケには思慮深さが足りないんですよ!」


 またスパーンとシアンさんに叩かれた。オレが悪いんじゃない。

 ダイスケの思慮が足りないんです!

 ダイスケのせいであんな目に遭ったといったのに、ルビドットは魔法の薬を三日かけて作ってやった。同じ故郷の思い出があるからなのか、ダイスケと仲良くしている。ダイスケと話すと、よく笑う。

 もしかして……好きなのだろうか。

 もやっとした。


 出立式当日。

 初めて人間の姿を見せたから、ルビドットは戸惑っていた。

 今まで見せていなかったのだから、当然の反応だ。


「またダイスケは思慮深さに欠けた発言をしていましたねー」

「あれ、言わされているのよ」

「傑作ですよねーこれで魔王倒せずのこのこ戻ってきたらー」

「演技でもないこと言わないの」


 出立式が終わったあとは、朝食を抜いたからお腹が空く。

 シアンさんとそう会話していれば、ツンツンっと肩をつつかれた。


「なんです。ルビドット」

「ヴェルデ、かっこいいね」

「……は?」


 オフホワイトを基調としたドレスを着たルビドットは、今日は尖った耳に真珠をぶら下げている。そんなルビドットと、視線の高さが同じだ。


「……バカじゃないですか」

「え、なんで」

「ぶぁーか、ぶぁーか」

「なんで!?」


 正直、驚いた。

 それからーー……照れた。

 耳まで真っ赤になったから、先を進んだ。


「本当に、ぶぁーかですよ……」


 なんでこんなにも、ドキドキしてしまうのだろうか。

 わからなかった。


 オレは十四歳になる。

 更に一ヶ月が過ぎて、任務が与えられた。

 魔導師様の魔法の材料集めだ。

 二人で花摘みをしていた時、また言われた。


「ヴェルデ。かっこいいね」


 バカ言ってないで、降りてください。

 木の枝に避難させたルビドットを、受け止めると締め付けられる。


「もふもふっ!」

「……」


 もふもふされた。

 というか、ムギュッと抱き締められる。その上、頬擦りさせた。

 女の子が、同い年の男の子に抱き付くのは、どうも思わないのだろうか。

 巨大ムカデが現れたから、二人で風の詠唱魔法、“震わせたる風”を唱えた。

 息がぴったりだった。

 その前に召喚獣を喚び出していたから、疲労を覚えたらしい。

 それなのに、ルビドットはオレに治癒魔法をした。

 顔色が悪くなったルビドットを、合流したアルヴェ団長が肩に乗せる。

 ルビドットは喜んだように、アルヴェ団長の鬣に顔を埋めた。

 結局、もふもふ出来ればそれでいいのか。


「……頭上に注意ですよー」

「うん」


 ルビドットは妖精だからなのかかなり軽いが、肩に乗せるなんて真似、出来ない。

 オレに抱えられるより、アルヴェ様に抱えられる方がいいんですよねー。どうせ。


「……あ、ヴェルデ」

「なーんですかー……」


 知らず知らず、疲れた声を出す。

 アルヴェ様の肩に乗ったルビドットが、オレを見下ろしている。


「私達って息ぴったりだと思わない?」


 なんて笑いかけた。オレがぶぁーかと言っても、破顔している。

 オレもなんだか負けてしまって、フッと笑ってしまった。


「確かに、息ぴったりでしたね」


 胸の中が、ほっこりした。

 それから、ルビドットは朝会う度、抱き付く挨拶をしてきた。

 んー……。オレを異性として意識していないのか。

 頬擦りまで、される。

 それが毎日のようにされたものだから、対策として人間の姿で朝、顔出してみた。

 そうすれば、面白い反応をしたのだ。

 何度も抱き付こうとしては、手を戻す。悶えた姿を心の中で笑っていたのだけれど、キレたルビドットはそのまま抱き付いてきた。

 獣人の違い、直接ルビドットの体温を感じた瞬間。

 身体の中で、熱が爆発した。

 瞬時に変身をする。そうでもしないと、赤面を見られてしまうからだ。

 他人の温もりに、これほど反応してしまうとは想像もしていなかった。

 それは、ルビドットだからだろうか。

 思春期の男の子にそう易々と飛び付かないでくださいよ。

 落ち着いたところで言ってやろうと思っていたが、その前にルビドットが落ち込んだ様子で「そんなに嫌なのか」と尋ねてきた。申し訳なさそうに謝るものだから、罰が悪くなる。


「ルビドットのこと、嫌いじゃない……です」


 オレはそういうしかなかった。

 やめてほしいと思うほど、嫌ではない。

 口にして、気付いた。

 別に抱き付かれることが、嫌じゃない。

 ルビドットに抱き付かれることは……嫌じゃない。

 会話を聞いていたギデオン様は、意味深に視線を送ってきたものだから、居心地悪かった。

 そんなギデオン様から、お使いを頼まれて二人で出掛けることになる。

 ベージュのローブを着て、フードを深く被るルビドット。

 紅い髪のエルフだから、人目が気になるらしい。

 隠そうとしなくても、いいと思うのはオレだけか。

 ……綺麗なのに。その紅い髪の毛が、宝石のルビーのようで。


「手繋ごう、ヴェルデ」

「……は?」


 フードから溢れている紅い髪を見ていれば、振り返ったルビドットが言った。間の抜けた声を出す。

 オレがそれとなく言っても、何かと断っていたのに、今日はそれほど機嫌が良くなったのだろうか。


「またはぐれたら、ヴェルデに迷惑かけちゃうから」

「あー……そうですねー。手を繋ぎましょう」


 吸血鬼が現れた時、ルビドットはオレから離れた。

 だからルビドットから言い出したのだ。

 差し出された手を、包むように掴む。


「ふふふ」

「何笑っているんですかー?」

「肉球がぷにぷに!」

「ちょ、やめてくださいよ。手、離しますよ」

「ごめんー」


 揉んでくるもんだから、オレは嫌がる。くすぐったすぎるのだ。

 笑うルビドットは、やめてくれた。

 そのまま市場を歩き、魔法の材料を取り扱っている店に着く。

 そこで、手が離れた。頼めれた材料を選んで、店員にお金を支払うルビドットを見る。フードの下には、愛想の良い笑みがあった。

 根は暗いわけではないんですけどねー。

 きっと好かれる質なのに、フードに隠れてもったいない。

 オレの両親も会わせたあとも、また家に連れてくるようにと催促の手紙がいくつも届いてきた。気に入ったのだ。

 オレの部屋で、オレのベッドの上で、ルビドットにしようとしたことを思い出してしまう。

 また泣いた泣き虫さんのルビドットを見ていたら。

 あの時、オレはーー……ルビドットに口付けをしようとした。

 なんだか吸い込まれるように、しようとしたのだ。

 寸前で止まり、誤魔化せた。

 忘れましょう。

 ルビドットも気に入ってくれたようだから、機会を見て連れて行きたい。

 そう考えていれば、スルリとルビドットの手が滑り込んで手を繋いできた。


「行こう?」

「はい……」


 ルビドットに手を引かれて、店をあとにする。

 ……正直、ドキドキしていた。

 どうしてこうも、自然に手が繋げるのだろうか。

 フードが捲れてしまいそうな追い風が吹く。溢れた紅い髪の毛の一本一本が、煌きながら靡く。少し歩調を早めて、肩を並べる。

 横顔を見てみれば、ご機嫌そうな笑み。

 エルフは美しい妖精。それだけあって、美人な顔立ちだ。

 ペリドットの瞳は、道の先を見つめている。

 陽射しで煌めく紅い髪が、自由に踊るように靡く。


「……ルビドットは嫌いなようですがー」

「んぅ?」


 オレは伝える。

 向けられるペリドットの瞳を、見ないまま。


「オレは好きですよー。ルビーの紅い髪」


 ちょっとはオレを意識すればいい。

 そう願った。


「……」

「……」

「……なんですか、その反応」


 チラッと確認すれば、ルビドットがげんなりした顔をしている。

 納得いかない反応なんですけれど。


「今、ルビーって呼んだ……」


 そこですか。

 オレ、結構勇気出して好きだって言ったのですが。


「ルビーって呼ばれると、フェリックス様を思い出してしまうから……嫌……」


 そこですか。

 確かにあの吸血鬼のフェリックスとかいう男は、ルビドットのことを“ルビー”と呼んでいた。それに“愛しのお姫様”とか“未来の夫”だとか言っていたっけ。

 結局、オレはやられっぱなしだった。

 ちょっと不快な気分になる。


「じゃあ、こうしましょう」


 オレはもう一押しすることにした。


「オレが上書きします」

「え? 上書き?」


 おうむ返しをするルビドットに、オレはどういう意味かを教える。


「ルビーって呼ぶと、あの吸血鬼を連想してしまうんでしょう? それならオレが呼ぶと、オレを連想するように上書きしてあげます」


 ペリドットの瞳を真っ直ぐに見つめて、呼ぶ。


「ルビー」

「……っ」

「ルビー」


 もう一度、呼んだ。

 そうすれば、ルビドットは頬を赤らめた。


「も、もうっ! やめてよ、ヴェルデ!」


 声を上げて、歩調を早めるルビドット。

 でも、手を放さなかったから、オレ達の距離は変わらなかった。


「ルビー、ルビー、ルビー」

「もうー! やだー!」

「ルビー」


 ルビドットを半分からかう。半分真面目。

 上書きは、本気だ。

 どうして、やたらルビドットを意識してしまうのか。

 理由はなんとなくわかっている。

 ずぶ濡れで泣く彼女を、どう守ればいいのか。

 オレは何をすればいいのだろうか。

 何をしてやれるのだろうか。

 オレはーー……好きな子を守りたい。


「ルビー」


 笑いかけて、呼んだ。

 そうすれば、振り返ったルビドットも、仕方なさそうに笑う。


「もういいから、ヴェルデ」


 フードの下で煌めく紅い髪に包まれて、微笑むルビドットへの想いが、少し膨らんだ気がした。




20171021

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