02 出逢い。
気が付けば、そこにいた。
様々な種族の孤児が集まった孤児院。
私は親も親戚もなく、そこにいるしかなかった。
前世では魔法に溢れたファンタジーの世界に生まれ変わりたいと望んでいたけれど、それが叶ったところで幸せではない。
前世はそこそこ幸せだったのだろう。家族がいて、友人がいて、ペットがいた。それでも生まれ変わりたいと願った。
結局のところ、私は貪欲なのだ。
ないものねだりの報いだろう。
私はエルフの血を継いでいた。けれども、普通のエルフとは違う。普通は白金の髪に青い瞳。私は紅い紅い紅い髪で、瞳はペリドット。
そのせいで、エルフの子ども達に仲間外れにされた。エルフの女の子達は、私を蔑んで遠ざける。美しいそんな彼女達を手本にして、他の子ども達も私とは仲良くしなかった。
私はフードを深く被って、部屋の隅っこにいた。
前世の記憶がなければ、家族がいないことに悲しさなんて抱かなかったかもしれない。最初から独りなら、寂しさなんて感じなかったはず。
四年間、私は孤独に耐えた。
そして十歳になったある日、それが来たのだ。
「お迎えに上がりました」
燃え上がる孤児院の前で、漆黒の蝙蝠の翼を持った男の人が私に傅いた。顔立ちは蜥蜴。瞳は銀色。私に首を垂れる。
孤児院が崩れる音。誰かの悲鳴。子どもが泣き叫ぶ声。
それを聞きながら、私は困惑のあまり立ち尽す。
そんな私を蜥蜴の顔した人は、抱え上げて連れ去った。
魔法で瞬間移動して。
「連れて参りました。魔王陛下」
下ろされた場所は、王の間だった。
悪趣味な黒い布が垂れ下がる暗い玉間。ここが何処なのか、私は知ってしまった。魔王陛下という言葉で。
魔族の国の魔王の城だ。蜥蜴の人は、魔族。
そして玉座に座るのは、魔王その人だ。
純黒の角が伸びていて、耳は尖っていた。真っ赤な髪は、私によく似ていて、長く伸びている。瞳は同じ血のように濃い深紅の瞳だった。
玉座に頬杖をついて、私を見据える彼こそ魔王だろう。
禍々しい魔力を感じた。
「名を何という? 小娘」
「……ルビドットと申します」
低い声を発する唇の隙間から、牙が並んで見える。
ゾッとしながらも、名前を名乗った。
皮肉なものだ。前世の記憶はあるのに、物心ついた頃の記憶が朧げで、母の顔も思い出せない。けれども、母が「ルビドット」と呼んでいたことだけは覚えていた。
不思議なものだ。亡くした人の声から忘れると聞いたのに、母のことで唯一知っているのは、その声だけだった。
「ルビドット。フン。オレの名は、ネラシュヴァルツ・アーテル・グラナルフス。お前もこの名を引き継ぐべき存在だ」
「え?」
鼻を鳴らす魔王に告げられた言葉の意味が、理解出来ずに目を瞬く。
「ルビドット・アーテル・グラナルフス。それがお前の真の名だ」
私は身を引いた。つまり私の父親はーー……。
「勘違いするな。オレは貴様の父親ではない。貴様はオレの姪だ。オレの弟クリムゾンが、貴様の実の父親だ」
「……」
驚きのあまり言葉が出なかった。
実の父親が、魔王の弟だなんて。
「喜べ」
魔王は私の反応を笑うかのように、笑みを吊り上げて見せた。
「お前は正当な後継者だ。次の魔王として教育を受けるがいい」
「……えっ」
「もう下がれ」
しっしっと追い払われる。まだ理解していないのに、腕を引かれた。
「ルビドット様のお部屋はこちらです」
私を連れて来た蜥蜴顔の人だ。
「あ、あのっ、お名前はなんですか?」
「オルトとお呼びください」
「オルトさん。何かの間違いではないですか? わ、私が、魔王様の弟の娘なんて……」
「……確かです。死ぬ間際に、エルフとの間に子を授かったと申しておりました」
「っ……」
オルトさんの口から、父親の死を告げられた。
実の父親も、私にはいない。
いるのは、魔王の叔父。
「……なんで死んだのですか……?」
「……人間との戦争の最中に亡くなりました」
魔族と人間の戦争といえば、去年国境であったと聞いた。
多数の死者が出て、新たな孤児が増えたから知っている。
つい去年まで生きていたのに、私は会えなかった。虚しさに襲われる。
「一年捜して見付け出しました。その髪色と魔力で、あなたがクリムゾン様の娘だと直感したのです。その髪色のせいで身の狭い思いをしてきたみたいですので、勝手ながらあの孤児院は焼き払わせていただきました」
ゴクリと息を飲む。
オルトさんは、淡々としていた。私のためにあの孤児院が焼き払われたことに、顔が引きつってしまう。ごめんなさい。
随分前から、見られていたみたいだ。
「今日からここがルビドット様のお部屋です」
「我々がお世話いたします」
通されたのは、広々とした部屋だった。
黒と深紅を基調としたベッドと家具が置かれていて、正直魔王の城らしくゾッとする。
オルトさんの横に並ぶのは、三人のメイド服の魔族の女性達だった。一人は、角を生やしたサキュパス。一人は鰐の顔をしている。最後の一人は、一つ目。
魔族って様々な姿をしている。前世の世界で言う妖怪や怪物の姿だ。吸血鬼や狼人間もいるに違いない。
「先ずは着替えましょう」
「お風呂に入りましょう」
「そして着替えましょう」
にこり、笑顔で笑いかける三人に、半ば強引に浴場に連れて行かれた。髪を洗われて、身体も隅々まで洗われる。耳は弱いのに、サキュパスのメイドさんに執拗に触られた。
半泣き状態で、身体を拭かれて、髪を乾かされる。
そして、ドレスに着替えさせられた。
夕食の時間になれば、広いダイニングルームで魔王と食事。
特に会話はなく、沈黙した食事だった。
慣れないことに疲れ切って、私は用意されたベッドに倒れ込んで、眠りに落ちていった。
翌日から、教育は始まる。
魔王の側近の一人であるオルトさんが付きっきりで、私に魔法を教えた。
夜になれば、疲労で眠りこけてしまう忙しい日々の中で、私は魔王候補だということを自覚をする。
そんな馬鹿な。平穏な日本育ちの私が、人間の国と争う頭になるなんて、考えたくもない。想像するのもだめだ。ガクガクしてしまう。
逃げ出そう。そう決めた。
魔法を学んで、逃亡しよう。
上手く魔力を抑え込む術も覚えた。
魔王とは毎日のように顔を合わせる。夕食の時間だけ。
夜行性の彼らに合わせて生活をしようとしたけれど、集中力が欠如してしまうからと、オルトが普通の生活をさせてくれた。
彼が起きている間は、私は眠っている。
私が起きている間は、彼は眠っている。
そんな生活が、何年も続いた。正確には四年だ。
瞬間移動の魔法も覚えた私は、逃亡を図った。
元いた人間の国に瞬間移動をして、魔族の魔力を封印。そして、駆け込んだ先はーー……人間の国の城。
人間の国とはいえ、様々な種族が共存する大国だ。
人間の王が治めているというだけ。
一か八かの勝負に出た。
「助けてください! 魔王に狙われているのです!」
私は門番の兵に、そう訴える。
「私を、保護してくださいっ! お願いします!!」
幸いタイミングが良かった。
魔王を倒すために準備をしていたという勇者が出てきて、私に対応してくれたのだ。
ブラウンの髪をしていて、明るいブラウンの瞳を持つ少年だった。けれども、大きな魔力を秘めていることはわかる。
「よくわからないけど、魔王の側近オルトと名乗る魔族に狙われたのです。命からがら逃げてきました。どうか、どうか、私を助けてくださいませ」
「わかった!」
泣き付いてみせれば、勇者はすぐに返事をくれた。それには、私も意外すぎて唖然としてしまったけれども。
心優しい勇者の進言もあって、王から許可を得て私は保護されることとなった。
そして私を守ることになったのが、もふもふ騎士団。正しくは、獣人騎士団だ。
アルヴェ団長率いる獣人騎士団。
初対面をした時、真っ先にしたことは、団長に抱き付くことだった。純白の鬣を持った大柄な獅子が立っていたのだから、私は堪えきれずに飛び付く。
「もふもふー!」
獣人は人間を容易く引き裂けると怪力の持ち主だと学んだが、団長は優しく抱きかかえてくれる。
「あはは、仲良く出来そうだね。それではアルヴェ団長、ルビドットをよろしくお願いしますね」
「わかった」
勇者・ダイスケは、笑って任せた。
どうやら勇者は異世界から召喚されたらしい。それもきっと地球の日本からだ。いつか故郷の話をしてみたい。でも勇者とは必要以上に接しない方がいいのかもしれないとも思った。
半分魔族だってことは、決してバレてはならない。
オルト達は捜しているだろう。だが、例えここにいると見付かっても、私が魔王候補だということを易々と明かしたりしないはず。
魔王候補だってことも、誰にも話せない。
「あの、私はルビドットと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
一度アルヴェ団長から離れて、私は頭を下げて挨拶をした。
「アルヴェだ」
団長は、純白の獅子さん。甲冑は着ていないけれど、藍色の制服を着ている。
「シアンよん」
副団長は、青と白の犬さん。こちらも藍色の制服を着ている
「ヴェルデです」
同じ視線の高さの猫さん。同じく藍色の制服。
「……ベルン」
琥珀色の狼さんは、長身で大柄。同じく藍色の制服。
こうして、私はもふもふ騎士団と出逢ったのだ。
20170915




