15 火を吹く蜥蜴。
窓から射し込む朝日で、目を覚ます。
背伸びをして簡易ベッドから降りたら、クローゼットを開けてドレスを選ぶ。今日はお姫様ことジュリエット様と会うから、以前シアン様が買ってくれた深紅のコルセット調のドレスを着た。
朝の支度を終えて、獣人騎士団の談話室に入れば、純白の獅子さんがソファーで待ち構えている。
「おはようございます。アルヴェ様」
「おはよう。昨夜はどうだった?」
「楽しかったですよ」
「そうか。コーヒー」
「はい、ただいま」
新聞に目を通すアルヴェ様と軽く会話をして、私はコーヒーを淹れに行った。人数分運んで、アルヴェ様に飲んでもらう。
オッケーが出たところで、純白の鬣のもふもふタイム。
堪能していれば、扉を開けてシアン様とヴェルデが来た。
「シアン様、ヴェルデ、おはようございまーす!」
アルヴェ様から降りたら、ヴェルデに真っ直ぐ向かって抱き付く。ちょっといつもよりも勢いがあって、ヴェルデはよろけつつ受け止めてくれた。
「……そうやって、もふもふするのやめてください」
「ヴェルデが敬語やめたらやめるー。昨日はありがとうね」
「昨日もお礼言ってましたよー」
もふもふしながら、お礼を言う。極上の猫のもふもふ。
「ぶふっ、照れてるからやめてあげてルビドットちゃん」
「黙ってくださいよー、オカマ野郎さん」
「あら、やめてほしくない? ぶふっ」
次はシアン様をもふもふしようと、ヴェルデを放してシアン様に手を伸ばす。抱き上げられて、クルリと回された。しがみ付いて、もふもふを堪能させてもらう。
そこで、ベルン様が横切る。
シアン様から下ろしてもらってから、ベルン様の前に立つ。
「おはようございます。ベルン様、もふもふさせてください」
「……」
目すら合わせてもらえなかった。
「諦めればいいじゃないですかー」
「諦めない!」
「めげないのね、ルビドットちゃん!」
いつかベルン様ももふもふする!
その日、ギデオン様の研究室に向かうと、薔薇やボディーソファーの材料で机の上が一杯だった。ジェリエット様が用意させたみたいだ。
緊張して手が震えたけれど、薔薇の香りのボディーソープの出来上がり。
昨日会ったバルコニーで、ジェリエット様に会ってボディーソープを渡した。
「んー良い香り。ありがとう、ルビドット」
「いえ、どういたしまして」
テーブルの上に置いたボディーソープを、若い騎士が調べる。流石に調べないわけにはいけないらしい。
「オレが見張っていたから大丈夫だ」
「はい」
ギデオン様がははっと笑うけれど、若い騎士はボディーソープに触れて毒がないかを確認した。オッケーが出る。ホッと力が抜けた。やましいことないのに、ついつい。
「そう言えば、ルビドットは前世が、ダイスケ様と同じ世界の出身だろうね」
「うん」
「ダイスケ様から聞いたわ。異世界の話……ドラゴンのように大きな乗り物が空を飛ぶのだとか」
「うん。飛行機って言って、すんごい音がするんだけれどね。そんな音がダイスケと一緒になって恋しく思ったりしたんだ」
ローズティーを啜りながら、空を見上げる。
広くて高く見える空。白い雲が、ちょっと浮かんでいる。
「……ニコール達が心配していたわ。ダイスケ様と恋仲なのではないかと」
「ダイスケとはただの友だち」
私は苦笑を零してしまう。ニコール嬢達はそんな心配をして、私をプールから落としたのか。
「バカな子達ね……ダイスケ様は遅かれ早かれ帰ってしまうのに。英雄の妻になることを夢見ているの」
そう言ってジェリエット様は、マカロンを食べた。
私もオレンジ色のマカロンを口に運ぶ。
「英雄……か……。ダイスケは今頃、何処にいるのでしょう」
「まだ、魔族の国の隅っこでしょう」
「進撃も大変でしょうね」
「一筋縄では行かないわ」
ジェリエット様は頷く。
敵の国に乗り込むことは容易くはない。
心配だな、とローズティーの中を見つめた。
「失礼します。ジェリエット姫。任務を遂行のため、ルビドットを連れて行きます」
シアン様がバルコニーに足を踏み入れて、頭を下げる。
任務が来たみたいだ。
「あら、どんな任務ですか?」
「サラマンダー討伐です」
「そんな任務にルビドットを連れて行くの? 危険ではありませんか」
「我々が守り抜きます。我々の任務です」
サラマンダーの討伐。火を吹く巨大な蜥蜴が、脳裏に浮かぶ。
シアン様は微笑んで、受け答えした。
「大丈夫。心配しなくても、守り抜いてくれます」
私も微笑んで、立ち上がる。
「信頼しているのね」
「うんっ」
ジェリエット様に頷いて見せてから、一礼をした。
シアン様とヴェルデに挟まれて、ジェリエット様に見送られる。
「随分と打ち解けられたみたいね。昨日より自然に話せていたわ」
「はい……」
良いことでしょうか。
「サラマンダー討伐なら、マントが必要ですね。調達してから出発ですか」
後ろのヴェルデが言う。マント。サラマンダーの火に耐性があるマントのことだろう。
「ベルンが調達中よん。ここから北西の三日の街の付近に出没したそうよ。この前のアンデットが襲撃した街に近いから、また魔族絡みかもしれないってアルヴェ団長が睨んでるわ」
「……」
サラマンダーも、魔族は操れる。集団アンデットを操った魔族と同じかもしれない。
北西から、来ている。何か嫌な予感がしてしまう。
「ギデオン様が言っていたように、魔族の魔力を封じて進入した魔族が操って来てたりしてー」
ヴェルデが怖いことを言った。身震いする。
「何ビビってるんですかールビドット」
「アンデットはビビってなかったのにね?」
シアン様は、私を振り返らずに笑った。
「大丈夫よ、魔族がいても私達には手も足もでないわ」
「……そうですよね」
魔力を封じた魔族は、獣人のシアン様達には敵わないだろう。安心しておく。
出掛ける準備をした。ベルン様が調達してくれたマントはダークレッド。それを羽織って、馬に跨った。
街に被害が及ぶ前にと、今回も私の瞬間移動魔法を使って飛んだ。
サラマンダーが目撃されたという街外れの荒地に向かった。
「ベルン。お前がルビドットと居ろ」
「!?」
「……了解」
「!?」
アルヴェ様が思わぬ指示をしたものだから、仰天する。
その上、ベルン様もその指示を受け入れた。
シアン様とヴェルデに視線を送るけれども、アルヴェ様の決定を覆られないと言わんばかりに肩を竦めて見せられる。
「馬とルビドットを守れ」
アルヴェ様はそう告げて、シアン様とヴェルデを連れて、枯れ木の森を進んで行った。
枯れ木というより、焦げた木だ。火事のあとのような臭いがする。サラマンダーが森を燃やし尽くしたみたいだ。
私は馬に乗ったまま、気まずい沈黙を耐えた。
馬から降りているベルン様は、私を見ようとはしない。
「あの、ベルン様」
呼んでも、大きな耳はピクリとともしなかった。お尻にあるもふもふした尻尾もだ。
「……ベルン様は、どうして私が嫌いなのですか? 私、ベルン様に何かしましたか?」
嫌われるようなことをした覚えがない。
それとも、私が紅い髪のエルフだからか。
ベルン様の琥珀色の瞳が、私に向けられた。
「……オレはーー」
ベルン様が何を言いかけたその時だ。
馬が悲鳴を上げて、飛び上がった。
「!」
「どうしたの、ハリー!? きゃ!」
落ち着かせようとしがみ付いて首元を撫でたけれど、効果はなし。そのまま、馬のハリーは走り出してしまった。私は振り落とされないように必死にしがみ付いた。
燃えた森の跡を駆ける。
「落ち着いてどうしたの!? ハリー! 何もいな……」
手綱を引っ張って走ることを止めようとした。けれども、振り返った私の気が変わる。後ろには地を這う巨大な蜥蜴が、迫っていたからだ。
「やっ!」
私は全力疾走するように指示をした。
すると後ろから、熱風を感じる。振り返れば、大口を開けてサラマンダーが火を吹いていた。
「氷よ(アイスエース)!」
一瞬で凍らせる魔法を使うしかなかった。手を翳すと、バランスを崩してしまう。ハリーに踏み付けられないように、上手く地面を転がって避けた。ハリーに踏まれることは回避。
けれども、重大な一難がまだ去っていない。
サラマンダーが私を喰らおうと、襲い掛かる。
私は転がり込んで、大木の穴の中に逃げた。
おかけですすまみれ。でもそんなこと気にしていられない。
サラマンダーは、私を逃すつもりはなかった。
20170930




