13 お姫様。
翌日。
「ヴェルデにプレゼント?」
「はい」
「へーぇ」
クッキー作りをしていれば、シアン様は口元を押さえた。笑っているみたいで、私は小首を傾げる。
一つまた一つとクッキー生地から型を切り取った。
「何か盛らないのか? 面白くないな」
「ギデオン様。普通プレゼントに薬を盛ったりしません」
場所はギデオン様の研究室だ。ヴェルデが知ったら嫌な顔をするかもしれないけれど、かまどがあるんだもの。
「味見で食べてみますか?」
「頂くわ」
「もらおう」
焼き上げたクッキーを一つずつ渡した。
美味しいと言ってもらえたので、バスケットに入れてリボンをつける。これぞプレゼントって感じだ。
早速渡しに行こうと、廊下をシアン様と歩いていく。
すると、前方にあのエルフの令嬢達が来た。気まずい。
あの日以来会ってもいないし、何かされたわけでもないが、私は萎縮した。廊下の隅っこを歩いて、譲る。令嬢達の視線を感じたけれど、過ぎていく。
はぁ、と息をつけば、シアン様が背中を摩ってくれた。
「何もされていないでしょう?」
「……はい、アルヴェ様達のおかげです」
「当然よ。私達はあなたを守る」
シアン様は私の頭を撫でる。ふふ。
「ヴェルデ。はい、プレゼント」
一人で談話室にいたヴェルデに、バスケットを渡す。
「……ありがとうございますー」
「今の間は何?」
隣に腰を下ろす。
「いえ、すぐに作ってくるとは思わなくて、驚いたんですよ」
「照れてるのよ」
「ぶぁっかじゃないですかー」
「ぶふふっ!」
シアン様にそう返しつつも、ヴェルデはバスケットからクッキーを一つ取って食べた。
「美味しい?」
「ん、美味しいですよ」
「ヴェルデ、全然変わらないトーン」
「乙女心がわかってないのよん」
「事実を言っているだけですよー本当に美味しいです」
もぐもぐとまた食べてくれるヴェルデ。声のトーンが全然変わらないことに笑う。また食べてくれているということは、気に入ってくれたに違いない。
私はニコニコして、眺めた。
「そんなに見つめられると食べにくいです」
「見つめられると照れる?」
「食べてもらえると嬉しいから」
「嬉しいだってよかったわね!」
「うるさいです、オカマ野郎さん」
「あらお邪魔かしら!? じゃあ若い二人でごゆっくりー!」
シアン様がニマニマしては、談話室をあとにする。
「……何なんですか」
「何なんだろうね」
ヴェルデに作ると答えたら、笑いを堪えているようだった。
変なシアン様。
私もバスケットの中から、クッキーを一つ取って食べた。
「ちょっと、これはオレがもらった時点でオレのものなんですから、オレの許可を取ってくださいー」
「屁理屈言わないでよ」
「だめですー」
「ちょっとだけー」
私が作ったのだから、いいではないか。
バスケットを隠すヴェルデから奪い取ろうと躍起になる。
けれどもヴェルデも躍起になって隠す。
そんな風に笑い合ってじゃれていれば、ベルン様が入ってきた。
私達はピタリとじゃれることをやめる。
ベルン様はいつも通り、黙って向かいのソファーに座った。
「あの、ベルン様。昨日は助けてくださりありがとうございました」
「……」
私はお礼を言うのだけれど、ベルン様はチラリと視線を寄越すだけで、横になって眠ってしまう。
「仕事だから当たり前、ってことですよ」
もぐもぐと食べながら、ヴェルデが通訳してくれた。
本人の口から聞きたいな。それだけでも。
翌朝。アルヴェ様に挨拶をして、コーヒーを淹れる。そして膝に乗せてもらってもふもふさせてもらう。
あとから来たヴェルデに抱き付いて、もふり。
シアン様に抱え上げられてクルリと回されて、ついでにもふり。
ベルン様にはスルーされて、もふりはお預け。
「ルビドット。会わせたい人がいる。来てくれないか」
朝食が終わって、稽古に行こうとした時、ギデオン様から訪ねてきた。別にいいのだけれど、とアルヴェ様の許可が出るかどうかを目を向ける。
「シアン、ヴェルデ」
「はい、団長」
今日はシアン様とヴェルデが同行してくれた。許可も出たところで、私達はギデオン様についていく。
「会わせたい人って誰ですか? ギデオン様」
「会ってからのお楽しみだ。そうじゃないと面白くないだろ」
彼の基準は面白いかどうか。
変な人に会わせないといいけれど。
連れて行かれたのは、バルコニー。そこにはテーブルと椅子が設けられていて、すでにお菓子と紅茶が用意されていた。お菓子の甘い香りと、ローズティーの甘い香りが漂っている。
椅子に座っているのは、薄いピンクと白のドレスを着た白金髪の美少女だった。青い瞳を持っていて、私が羨むその長い髪はストレートに下ろしている。
「姫様よ」
シアン様が私に潜めた声で教えてくれた。
お姫様。この国の、この城のお姫様だ。
会わせたい人とは、王族だったのか。お姫様がいるとは知っていたけれど、まさか会うことになるとは。
途端に緊張して、思わずギデオン様に睨むような視線を送る。
「ジュリエット様。連れて参りました。ルビドットです」
ギデオン様は深々と頭を下げるものだから、私も慌てて頭を下げた。
「ルビドットと申します」
ええっとなんだっけ。ドレスを摘んで軽くしゃがむ。
「私はジュリエット・リリ・ダイアナですわ。ルビドット様。座ってください。お話ししてみたいと前々から思っていたのです。急に呼び出してごめんなさい」
「いえ、全然、大丈夫です」
気品な話し方をして、にこやかに微笑んだ。
私は椅子に腰を下ろして、ゴクリと息を飲む。
なんだろう。私と話してみたかったなんて。きっとエルフの令嬢達の友だちだから、聞いているはず。仲間外れの紅い髪のエルフだと。手を出すなと牽制されたことは、どうだろう。
お姫様の後ろには見覚えある若い騎士と、見覚えない騎士が待機している。流石にお姫様が手を出したら、シアン様もヴェルデも口出し出来ないだろう。後ろに立ってくれてはいるけれども。
色々覚悟した。
「そう身構えないでください。私はニコール達のように敵意を抱いてはいないです。彼女達は勇者ダイスケ様に熱を上げていただけですわ。許してあげてください」
「……えっと、私は……別に怒ってはいません」
何か敵意があるというわけではないとわかって、力が抜ける。それから紅茶を啜った。美味しいローズティーだ。
「あなたの噂は聞いていますわ。ギデオン様も認める魔法薬の作り手だそうですわね」
「そんなっ……大袈裟です」
ギデオン様! 何故そんな大袈裟なことを言ったのですか!
立って傍観しているギデオン様は、ただ笑って見せた。
「使用人達は、あなたの作ったボディーソープの香りを漂わせていますわ。ぜひ私にも作ってくださいませんか?」
「お姫様にですかっ?」
私はギョッとしてしまう。ギデオン様とお姫様を交互に見てしまった。
「そ、それは光栄ですが……そのっ……」
動揺が駆け巡る。私は魔王の姪だっていうのに、人間の王族のお姫様に何か作ってあげるってことは、まずいのではないだろうか。
いや、私が魔王の姪だってことは知られてなかった。
そうだ。私は忌み嫌われている紅い髪のエルフだし、お姫様のその柔そうな肌が使うものを作ってもいいのだろうか。
ああでもお姫様は気にしていないようだ。
しかし、お姫様なのだから高級品を使うべきなのでは。
私がそれを言うのは、余計なのだろうか。
「もっと言わせてもらうと……」
「はいっ?」
「私のお友だちになってほしいのですわ」
動揺が駆け巡る。私は魔王の姪だっていうのに、人間の王族のお姫様の友だちになるなんて、まずいことではないだろうか。
いや、だから魔王の姪だって知られていなかった。
そうだ。私は忌み嫌われている紅い髪のエルフだし、お姫様のお友だちになんて恐れ多い。
それなのに、お姫様は気にしていないみたいだ。
「あ、えっと、その、わ、私で良ければ……」
「ええ。ありがとう。私は十五歳だけれど、敬語はいらないわ。お友だちだもの。あと、ボディーソープは薔薇の香りで頼めるかしら」
「はい、うん、薔薇の香りですね、うんっ」
お菓子を口にしたら、思いっきり噎せてしまって、シアン様に背中をさすられた。
20170927




