11 惚れ薬。
アルヴェ様に惚れ薬を盛る。
そんな命令を受けてしまった私は、翌日給湯室で悩んだ。
いくらギデオン様の命令だからと言って、アルヴェ様に薬を盛るなんて。
毎日、アルヴェ様は私の淹れたコーヒーを飲んでくれている。信頼して飲んでいるのに、盛るなんて出来ない。
出来なかったとギデオン様にあとで謝っておこう。
惚れ薬の小瓶はドレスのポケットにしまって、四人分のコーヒーをトレイで運んだ。談話室の前には、何故かシアン様とヴェルデとベルン様が立っていた。
なんで入らないのかと疑問に思っていれば、シアン様が惚れ薬を入れたかどうかをジェスチャーで尋ねる。私は入れていないと首を横に振った。
そんなシアン様に開けてもらって談話室の中に入れば、ソファーにふんぞり返る純白の獅子さんと、向かい側で同じくふんぞり返る少年がいた。アルヴェ様とギデオン様だ。
ギデオン様は「おはよう、ルビドット」とニヤニヤした顔で挨拶をした。
「おはようございます、ギデオン様」
私は引きつった笑みで挨拶を返す。
「コーヒー、お持ちしました」
「オレも頂こう」
「あ、はい。どうぞ」
もう一つ淹れに行こうとした。でもコーヒーを飲もうとしたアルヴェ様の片手に掴まれた。
「ギデオンに言われて、何かを入れなかったか?」
ギクリ。
なんでわかったのだろうか。いや入れてないのだけれど。
ギデオン様が来て、ニヤニヤしているからだ。
「なんでわかった。アルヴェ」
「目論んでいる顔をしている。何を入れさせた?」
「い、入れてません。何も」
「なんだ、惚れ薬、入れなかったのか」
ギデオン様が白状するので、私は首を横に振って否定した。
「惚れ薬だと?」
アルヴェ様の片方の眉毛が上がる。そしてまじまじと私を見上げてきた。
な、なんですか?
「子ども騙しのまじないの惚れ薬だ。大人な惚れ薬の方は、まだルビドットには早いだろう」
「大人な惚れ薬とは?」
この子ども騙しのまじないと言われている惚れ薬は、一目見た相手に胸の高鳴りを覚えるもの。では大人の惚れ薬とはどんな効果があるのだろうか。
本当に惚れさせることが出来るとか?
「大人な惚れ薬は簡単に言えば……欲情の薬だ」
「よ、欲情……」
かぁあと顔を赤くしてしまう。
「そう、もっと言えば性欲増進の薬だな。抱きたい抱かれたいという欲求を増幅させて、それを恋だの愛だのと錯覚させる。ああ、抱きたい抱かれたいと言うのは」
「みなまで言わなくてもいいですっ」
わかっている。それくらい。私は前世持ちの子どもなのだ。
つまり、一瞬とは言え、アルヴェ様にそんな薬を盛られたのではと思われてしまったのだ。恥ずかしい。
「ははっ、耳まで真っ赤になっているぞ。これはこれで面白い」
ギデオン様に指差してまで、笑われてしまった。
「しかし、小娘相手に胸を高鳴らせるアルヴェが見たかったものだ」
「……いいぜ。飲んでやる」
「え!?」
コーヒーを啜るギデオン様の言葉に続き、アルヴェ様が言い出したものだからギョッとしてしまう。
「子ども騙しの惚れ薬なんかで、動揺しないことを証明してやる」
「おお! それでこそ面白い!」
「ええ!?」
アルヴェ様が、コーヒーを差し出す。入れろと言わんばかり。
「さぁ入れろ」
ギデオン様は、ワクワクした様子で急かす。
「本当にいいのですか? アルヴェ様」
「早くしろ」
「は、はい……」
私はアルヴェ様に従って、ポケットから小瓶を出す。ピンク色の液体を、トボボとコーヒーに入れた。
そのまま躊躇することなく、アルヴェ様はコーヒーを一口飲んだ。
「……ピーチの味だな」
「あ、はい。ピーチ味にしました」
「ルビドットは味付けが上手い。さて、ルビドットを見つめろ。アルヴェよ」
また一口、コーヒーを飲むアルヴェ様の隣に、私は腰を下ろす。アルヴェ様はスカイブルーの瞳で、私を見つめ始めた。
うむ……これは、私の方がドキドキしてしまうなぁ……。
アルヴェ様が背凭れに頬杖をついて、じっと私を見つめる。
真っ白な獅子さんに見つめられるなんて。
そう言えば、人間の姿は本当に美形だった。
あ、思い出したら、ドキドキしてしまう。
惚れ薬を飲んでいないのに、なんで私がこんなにも胸を高鳴らせてしまうのだろうか。
「動悸はするが、別にどうってことないな」
フン、とアルヴェ様は鼻を鳴らした。
アルヴェ様も、胸が高鳴ってはいるらしい。
惚れ薬の効果は発揮していると、言えるのかどうか。わからない。
「つまらないなぁ」
ギデオン様は、足をプラプラさせた。
まぁ、一回り歳下な未成年に惚れるわけないですよねー。
「では、今日は大人な惚れ薬の方を作ってみようか」
「いえ、それはいいです」
ブンブン、と首を横に振る。
大人な方は、結構です。
「しかしつまらない反応だ、アルヴェ」
「私がもっと大人ならば、もうちょっと違っていたかもしれませんね」
「ほう? 大人になれば、自分に惚れると思っているのか?」
真っ白な獅子さんは、意地悪な笑みを浮かべた。
私は唖然としてしまう。
「なんですか! 意地悪な笑みですね! 大人になっても魅力がないというのですか! もうっ!」
「ぶふっ」
プンプンッと怒る私を見て、ギデオン様はコーヒーを吹き出さないように堪えた。
「きっと大人の女になれば、ちょっとは魅力的な女になりますからね!」
「……」
これでもエルフの血を継いでいるのだ。美しい妖精の血族は伊達じゃないと証明してやる。
すると、アルヴェ様の手が私の顎を掴んだ。
「言っておくが、大人の女にするのは、大人の男だ」
「!」
スカイブルーの瞳で覗かれて、告げられる。
「言っている意味、わかるか?」
「わ……わかりません」
「だろうな。大人になったら……教えてやる」
「っ……」
もっふりとした親指が、私の唇をなぞった。
甘い囁きに、また耳まで真っ赤になる。
つんっとその耳をつつかれて、ビクンと立ち上がった。
「もっ、もう一つ、コーヒーを淹れてきますー!!」
そう言ってその場から逃亡する。ケタケタと笑うギデオン様の声が聞こえた気がした。私は給湯室で身悶える。
なんだ、大人になったら教えるって!
色気たっぷりに囁かないでほしい!
なんて獅子さんなんだ!
もう床に転がりたい気分だった。
「平常心……平常心よ……ルビドット」
私は言い聞かせて、コーヒーを一つ持っていく。
ギデオン様はもういなくて、いつも通りのもふもふの面子がソファーに並んでいた。唯一コップを持っていないヴェルデにコーヒーを渡す。
「今日はもふもふしないんですかー?」
「……今日は遠慮しておく」
「……ククッ」
アルヴェ様に笑われた。
また顔が熱くなりそうだったけれど、堪え切る。
ヴェルデは首を傾げた。
「失礼します」
そこで若い騎士がノックをして、許可を得てから入ってくる。
「任務の通達です。アルヴェ団長」
緊張した様子で背をピーンと伸ばして、その騎士はアルヴェ様に紙を渡した。受け取ると、一礼して去る。
どうやら獣人騎士団は、騎士の中でも畏怖を抱かれているらしい。
一目置かれているし、恐れられてもいる。
「また魔導師様の材料集めですかねー」
「……アンデッド退治だ」
ヴェルデとアルヴェ様の会話を聞いて「うげぇ」と漏らしたのはシアン様だった。
私はアンデッドと聞いて、ゾンビを思い浮かべる。この世界のアンデッドは、魔族の下僕的存在。多分、ゾンビそのものだ。生きているものに襲い掛かり、ただ食す。魔力はなく、あるのは毒。
「アンデッド苦手なのよね……見た目はグロいし、臭いは最悪だし。ルビドットはアンデッド見たことある?」
「……ないですねー」
魔王の城に四年間いたけれども、下級位置にいるアンデッドなんかに会うことはなかった。
吸血鬼になら会った。会ったというか、毎日会いに来ていたのだ。自分を婿候補にしてもらおうと執着していた。付きまとわれては、オルトさんが追い払っていた。
遠い目をしてしまいそうになるけれども、堪え切った。
「準備しろ。行くぞ」
「私も同行していいのですか?」
「当たり前だろ」
「はーい」
私は飛び上がるように、ソファーから立ち上がる。
そんなところが、まだまだ子どもだろうか。
「大人になったら食べてやるぞ」系俺様なアルヴェ様。
20170926




