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魔王候補ですがもふもふに保護されました。  作者: 三月べに@『執筆配信』Vtuberべに猫
一章

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11/28

11 惚れ薬。




 アルヴェ様に惚れ薬を盛る。

 そんな命令を受けてしまった私は、翌日給湯室で悩んだ。

 いくらギデオン様の命令だからと言って、アルヴェ様に薬を盛るなんて。

 毎日、アルヴェ様は私の淹れたコーヒーを飲んでくれている。信頼して飲んでいるのに、盛るなんて出来ない。

 出来なかったとギデオン様にあとで謝っておこう。

 惚れ薬の小瓶はドレスのポケットにしまって、四人分のコーヒーをトレイで運んだ。談話室の前には、何故かシアン様とヴェルデとベルン様が立っていた。

 なんで入らないのかと疑問に思っていれば、シアン様が惚れ薬を入れたかどうかをジェスチャーで尋ねる。私は入れていないと首を横に振った。

 そんなシアン様に開けてもらって談話室の中に入れば、ソファーにふんぞり返る純白の獅子さんと、向かい側で同じくふんぞり返る少年がいた。アルヴェ様とギデオン様だ。

 ギデオン様は「おはよう、ルビドット」とニヤニヤした顔で挨拶をした。


「おはようございます、ギデオン様」


 私は引きつった笑みで挨拶を返す。


「コーヒー、お持ちしました」

「オレも頂こう」

「あ、はい。どうぞ」


 もう一つ淹れに行こうとした。でもコーヒーを飲もうとしたアルヴェ様の片手に掴まれた。


「ギデオンに言われて、何かを入れなかったか?」


 ギクリ。

 なんでわかったのだろうか。いや入れてないのだけれど。

 ギデオン様が来て、ニヤニヤしているからだ。


「なんでわかった。アルヴェ」

「目論んでいる顔をしている。何を入れさせた?」

「い、入れてません。何も」

「なんだ、惚れ薬、入れなかったのか」


 ギデオン様が白状するので、私は首を横に振って否定した。


「惚れ薬だと?」


 アルヴェ様の片方の眉毛が上がる。そしてまじまじと私を見上げてきた。

 な、なんですか?


「子ども騙しのまじないの惚れ薬だ。大人な惚れ薬の方は、まだルビドットには早いだろう」

「大人な惚れ薬とは?」


 この子ども騙しのまじないと言われている惚れ薬は、一目見た相手に胸の高鳴りを覚えるもの。では大人の惚れ薬とはどんな効果があるのだろうか。

 本当に惚れさせることが出来るとか?


「大人な惚れ薬は簡単に言えば……欲情の薬だ」

「よ、欲情……」


 かぁあと顔を赤くしてしまう。


「そう、もっと言えば性欲増進の薬だな。抱きたい抱かれたいという欲求を増幅させて、それを恋だの愛だのと錯覚させる。ああ、抱きたい抱かれたいと言うのは」

「みなまで言わなくてもいいですっ」


 わかっている。それくらい。私は前世持ちの子どもなのだ。

 つまり、一瞬とは言え、アルヴェ様にそんな薬を盛られたのではと思われてしまったのだ。恥ずかしい。


「ははっ、耳まで真っ赤になっているぞ。これはこれで面白い」


 ギデオン様に指差してまで、笑われてしまった。


「しかし、小娘相手に胸を高鳴らせるアルヴェが見たかったものだ」

「……いいぜ。飲んでやる」

「え!?」


 コーヒーを啜るギデオン様の言葉に続き、アルヴェ様が言い出したものだからギョッとしてしまう。


「子ども騙しの惚れ薬なんかで、動揺しないことを証明してやる」

「おお! それでこそ面白い!」

「ええ!?」


 アルヴェ様が、コーヒーを差し出す。入れろと言わんばかり。


「さぁ入れろ」


 ギデオン様は、ワクワクした様子で急かす。


「本当にいいのですか? アルヴェ様」

「早くしろ」

「は、はい……」


 私はアルヴェ様に従って、ポケットから小瓶を出す。ピンク色の液体を、トボボとコーヒーに入れた。

 そのまま躊躇することなく、アルヴェ様はコーヒーを一口飲んだ。


「……ピーチの味だな」

「あ、はい。ピーチ味にしました」

「ルビドットは味付けが上手い。さて、ルビドットを見つめろ。アルヴェよ」


 また一口、コーヒーを飲むアルヴェ様の隣に、私は腰を下ろす。アルヴェ様はスカイブルーの瞳で、私を見つめ始めた。

 うむ……これは、私の方がドキドキしてしまうなぁ……。

 アルヴェ様が背凭れに頬杖をついて、じっと私を見つめる。

 真っ白な獅子さんに見つめられるなんて。

 そう言えば、人間の姿は本当に美形だった。

 あ、思い出したら、ドキドキしてしまう。

 惚れ薬を飲んでいないのに、なんで私がこんなにも胸を高鳴らせてしまうのだろうか。


「動悸はするが、別にどうってことないな」


 フン、とアルヴェ様は鼻を鳴らした。

 アルヴェ様も、胸が高鳴ってはいるらしい。

 惚れ薬の効果は発揮していると、言えるのかどうか。わからない。


「つまらないなぁ」


 ギデオン様は、足をプラプラさせた。

 まぁ、一回り歳下な未成年に惚れるわけないですよねー。


「では、今日は大人な惚れ薬の方を作ってみようか」

「いえ、それはいいです」


 ブンブン、と首を横に振る。

 大人な方は、結構です。


「しかしつまらない反応だ、アルヴェ」

「私がもっと大人ならば、もうちょっと違っていたかもしれませんね」

「ほう? 大人になれば、自分に惚れると思っているのか?」


 真っ白な獅子さんは、意地悪な笑みを浮かべた。

 私は唖然としてしまう。


「なんですか! 意地悪な笑みですね! 大人になっても魅力がないというのですか! もうっ!」

「ぶふっ」


 プンプンッと怒る私を見て、ギデオン様はコーヒーを吹き出さないように堪えた。


「きっと大人の女になれば、ちょっとは魅力的な女になりますからね!」

「……」


 これでもエルフの血を継いでいるのだ。美しい妖精の血族は伊達じゃないと証明してやる。

 すると、アルヴェ様の手が私の顎を掴んだ。


「言っておくが、大人の女にするのは、大人の男だ」

「!」


 スカイブルーの瞳で覗かれて、告げられる。


「言っている意味、わかるか?」

「わ……わかりません」

「だろうな。大人になったら……教えてやる」

「っ……」


 もっふりとした親指が、私の唇をなぞった。

 甘い囁きに、また耳まで真っ赤になる。

 つんっとその耳をつつかれて、ビクンと立ち上がった。


「もっ、もう一つ、コーヒーを淹れてきますー!!」


 そう言ってその場から逃亡する。ケタケタと笑うギデオン様の声が聞こえた気がした。私は給湯室で身悶える。

 なんだ、大人になったら教えるって!

 色気たっぷりに囁かないでほしい!

 なんて獅子さんなんだ!

 もう床に転がりたい気分だった。


「平常心……平常心よ……ルビドット」


 私は言い聞かせて、コーヒーを一つ持っていく。

 ギデオン様はもういなくて、いつも通りのもふもふの面子がソファーに並んでいた。唯一コップを持っていないヴェルデにコーヒーを渡す。


「今日はもふもふしないんですかー?」

「……今日は遠慮しておく」

「……ククッ」


 アルヴェ様に笑われた。

 また顔が熱くなりそうだったけれど、堪え切る。

 ヴェルデは首を傾げた。


「失礼します」


 そこで若い騎士がノックをして、許可を得てから入ってくる。


「任務の通達です。アルヴェ団長」


 緊張した様子で背をピーンと伸ばして、その騎士はアルヴェ様に紙を渡した。受け取ると、一礼して去る。

 どうやら獣人騎士団は、騎士の中でも畏怖を抱かれているらしい。

 一目置かれているし、恐れられてもいる。


「また魔導師様の材料集めですかねー」

「……アンデッド退治だ」


 ヴェルデとアルヴェ様の会話を聞いて「うげぇ」と漏らしたのはシアン様だった。

 私はアンデッドと聞いて、ゾンビを思い浮かべる。この世界のアンデッドは、魔族の下僕的存在。多分、ゾンビそのものだ。生きているものに襲い掛かり、ただ食す。魔力はなく、あるのは毒。


「アンデッド苦手なのよね……見た目はグロいし、臭いは最悪だし。ルビドットはアンデッド見たことある?」

「……ないですねー」


 魔王の城に四年間いたけれども、下級位置にいるアンデッドなんかに会うことはなかった。

 吸血鬼になら会った。会ったというか、毎日会いに来ていたのだ。自分を婿候補にしてもらおうと執着していた。付きまとわれては、オルトさんが追い払っていた。

 遠い目をしてしまいそうになるけれども、堪え切った。


「準備しろ。行くぞ」

「私も同行していいのですか?」

「当たり前だろ」

「はーい」


 私は飛び上がるように、ソファーから立ち上がる。

 そんなところが、まだまだ子どもだろうか。




「大人になったら食べてやるぞ」系俺様なアルヴェ様。


20170926

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