決意の刻
街の出入口で聖書バロンを必死に読んでいた人間を拾って、探しに行ってくれていたナーガと手を繋がせる。
そうして夜を迎えた王都で宿をとり、ひとりで森に出かける為に街を出る。
背後の気配に振り向くと、尾行がバレて苦笑して手を振るミドガルが立っていた。
手招きして先に歩き出すと、小走りで追い付いたミドガルが隣に並んで歩く。
「すまぬな。私の勝手で」
「別に良いのよ〜、私だって分かってたんだからね〜」
いつも通り話してくれるミドガルだが、街からずっと付いて来ている気配に気付いていない。
少し揺すってみようかと思ってミドガルの手を引いて走ると、追跡者も同じ様に走り出す。
「アイネちゃん? 突然はびっくりするよ〜」
「飛ぶぞミドガル、おぬしはそのまま人間の姿のままだ」
ドラゴンの要素を全て出して地面を蹴って飛翔すると、追跡者も同じ様に地面を蹴って空を飛ぶ。
「ドラゴンじゃと?」
追跡者に向かってミドガルを投げると、見事命中して一緒に地面に落下を始める。
高速の飛行を実現させる為にドラゴンになり、ミドガルを丁寧に受け止め、追跡者を雑に鷲掴みする。
地に降りて人の姿に戻って追跡者を確認すると、まだ若い成体にもなっていないドラゴンだった。
「酷いよアイネちゃ〜ん、傷心の私の体にまで傷を作る気なの〜?」
両手を振り上げて猛抗議するミドガルを冷めた目で見て、支線をもう一度追跡者に戻す。
「酷いよ〜、起こるのわたしなのに冷たくされてるよ〜」
「良い投擲斧があったものでな、ミョルニルよりも馴染んだと言うとミョルニルが拗ねるから敢えて言わぬ」
「一緒に住んでも馴染む筈よ〜」
「貴様は何者だ追跡者」
ガン無視されたー、と騒いでいるミドガルを放置して追跡者を無理矢理起こすと、右肩を小さな手に掴まれる。
振り返って手の主を確認すると、喧嘩する気しか無い人型になったミョルニルが立っていた。
「何じゃミョルニル、ちと後にしてくれぬか」
手を右肩から退けると、今度は左肩に手を置かれる。
相手にせずに追跡者が起きるのを待っていると、足で背中を蹴ったりして何とかして相手をしてもらおうと頑張る。
「なんじゃ小さいの」
「なんじゃとはなんじゃ、私が小さいのではない。お前が大きいだけじゃこのうつけ、私は小柄なだけじゃ」
自らを武器として顕現させたミョルニルは、手に持った斧を私に振り下ろす。
首目掛けて振り下ろされたミョルニルは牙を肌に通さず、ただ当たっただけで何も傷付けない。
「契約者に傷は付けれぬのはおぬしが一番分かっておるだろう」
「やるのとやらんのでは気持ちが違う、私はやる方を選んだまでだ」
意識を取り戻した追跡者は、私を見るなりすがり付いて必死に喋り出す。
「お願いします、人間との戦争で総大将をトール様に頼みに参りました。人間による虐殺が多発しており、不意討ちと闇討ちで既に多くの犠牲者が……」
「待たぬか。それは誠か」
「はい、私はある商隊のひとりでしたが……皆襲われて、私を逃がす為に犠牲に」
「これは確実に収まり切らぬな、分かった。このアイネ・トール、総大将を務めよう」
少女に手を差し出して立ち上がらせ、頬を進んだ彼らを拭く。
「なら〜、副大将はこのヨルムンガンドさんが……」
「おぬしとジャンヌとアリスはクライネの下に行け、側近やメイドでクライネを守ってやってはくれぬか」
「アイネ!」
背後から呼ばれて振り返ると、ジャンヌとアリスが走って来ていた。
錆びた剣を抱きしめたアリスは私の腰に突進して、腰に短くて小さな手を回す。
「私はアイネに付いてく!」
「私たちも御一緒させて下さいアイネさん、まだ貴方に恩を返せていません。私が貴方に拾われたのも神が与えて下さった御縁です」
「私もドラゴンだし〜、やっぱりアイネちゃんに付いてくわ〜」
「恩ならクライネに返してくれ、あやつが居らねばおぬしらとは出会ってすらいなかっただろう。全てクライネのお陰なのだ」
「違うもん! アリスが今ここで生きてるのはアイネのお陰だもん! だからアイネをひとりにしないって決めたの!」
「……いい加減にせぬか! おぬしらは帰らねばならぬ場所があるのであろう、戦争など私は認めぬ!」
泣き出すアリスを見て心が痛むが、ここで折れてはこれからまた引き摺っていくものがひとつ増える。
こんな事を言いながらも結局最後は誰より自分が可愛いと思っている己に、呆れと失望しか沸いてこない。
「なあアイネ、俺はアイネの言う事も分かるけどさ。全員居なくなったらお前はお前であり続けられるのか?」
歩いて来た人間は欠伸をしながらそう言うが、そんなものは無論、あり続けられるに決まっている。
「当然だ、私は……」
「じゃあこうしよう、俺とアリスはあんたの方。ミドガルとジャンヌはあっち、こうすれば誰もひとりにならないだろ。戦争してるからって会ったらいけないことは無いんだし、こっそり会っちまえばそれで良いんだろ」
「分かった……それが恐らく最善なのかもしれない、最悪なのかもしれぬが。答えが出ぬよりも出た答えを選び取ろう」
「ほんじゃ決定、三人も異論はあるか?」
全員が黙っているということは、肯定、または異論が無いという事になる。