自分が生き甲斐なやつは⑤
「と言う訳だオシナ、もう1日だけ滞在させてはもらえぬか」
「ハッ、馬鹿だなお前は。何でも出来ると思い込んで、結局頭下げに来たってか。出てくって言ったんだ、責任持ってお前は出てきな。その代わりに、もう1日だけアリスたちは預かってやろう。どうせ泊まる宿は疎か、入れる国も分からんのだろう」
「恩に着る、直ぐに発てば日暮れには公国に入れる。アリスたちを頼んだぞトコハナ、スメラギ、そしてオシナ」
「おぅ帰れ帰れ、お前の顔なんざもう1年は見とうない。この煙管を投げてしまわん内に消えろ亡霊が、ここまで地獄になってしまいそうだわ」
機嫌が頗る悪いオシナにもう1度深く礼をして、隣で私と同様に頭を下げていた鈴鹿と立ち上がり、天守を後にする。
「チッ、もう少し話の分かるやつや思うとったのに。あんたさんが眠っとる間にもいつくもの戦場に全員が駆り出された、大勢の民を救われた礼がこれか。えらいけったいなおもてなしやな」
「おぬしらだけでも留まれるなら良い、私はその辺りの湖で……」
「なぁ、あんたは誰も傷付けたくないが為に自己犠牲にする、ただの質が悪い偽善者や。1番業が沸いてくる種類の屑野郎や」
「国を持つ者は非情であらねばならん、オシナの判断は良き王……」
「だから、そういう話やないやろ! お前の意思は、その心はどこにあるか言う事や。何を恐れて、何が怖くてそこまで臆病になる、その不安さえも1人で抑え込んでく気なんか!」
胸に鈴鹿の小さな拳が叩き付けられ、背後には小さな影が張り付き、腰にしっかり手を回している。
「すま……」
「やき、謝罪を求めとるんやない言うとるやろ!」
「アイネが一緒なら、私は我儘言わない。1日でも早くアイネの事を助けられる様になるから、鈴もアイネを怒らないで」
鈴鹿が怒鳴る声に少し跳ねたアリスが、震えた声で私の背中に顔を埋めながら言う。
どうして良いか分からずに立ち尽くしていると、背後から足音が2つ近付いてくる。
「あーやめいやめい、そんなもの見せられてはこちらが悪者みたいではないか」
「気にするでないオシナ、私は約束通りこの国から出て行く。それとアリス、この国に1日残る事は決まったのだ、今頃嫌だと言うのは我儘じゃぞ」
「でも、アイネが居ないのは嫌」
「アリスよ……」
「何なんだお前たちのやりとりは、聞いていて気持ちが悪い。他を想い過ぎて自分が居らん、理解に苦しむな」
咥えていた煙管を私にぶつけたオシナは、疲れた様な表情をして踵を返し、トコハナを連れて廊下を歩く。
腕を押さえて痛みに耐えていたアリスを見てみると、灰が腕に乗っかって火傷をしていた。
「待たぬかオシナ! おぬしらのように自分が生き甲斐なやつは少なくない、確かに自分が生き甲斐なやつの方が普段は強い。だが他人が生き甲斐な者は、時に自分が生き甲斐なやつよりも強い」
私の言葉を聞いて足を止めたオシナは、トコハナに持たせていた刀を抜き、私の方を向いて睨み付けてくる。
「なら、ごたごた言うとらんとその強さを見せてみい。自分の為に生きる事も出来へんヘタレが、1人で背負って来た私に、偉そうにものを言うなや!」




