◆アルヴィスの魔力溜り
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僕の名はアルヴィス・サークフェイス。
水精霊王が消えてから数十年。やっと産まれた水精霊王が僕だと、シシリーは教えてくれた。
僕が知っているこの世界はとても狭い。
産まれてからまだ二ヶ月。この精霊の森から僕は出たことはないし、シシリーは出す気は無い。
僕がこの世界にとって重要で何よりも守らねばならないとされている水精霊王だからだと、シシリーは言った。
──「水精霊王という存在は、薬にも毒にもなるんだ」──
シシリーが僕が魔力溜りを探している時、暇つぶしのように話し出した。
──「水精霊王が消えて、水が減った。たくさんの命が消えていった、それは水精霊王が消えたからだ。だからこそ水精霊王のアヴィはたくさんの者達に願われ、縋われ、そして憎まれる」──
僕は精霊王だ。それも世界が望んだ水精霊王。
僕は最初たくさんの人がたくさんの命が僕の存在を求めている、僕の存在を確認すれば戦争は終わるんじゃないかと考えてシシリーに言ったことがあった。
───けど、それは頬を叩かれることで止められた。
──「人間同士の戦争は、そんなに簡単なものではない。逆に戦争の種になったアヴィが出てみろ、お前はただの道具としてしか生かされない!」──
シシリーは知っていたのかもしれない。人間達がどんな思いで戦争し、死んでいくのか。どんな戦争が行われているのか。
僕には分からない、飢えることのない精霊王の僕には分からない。でも、きっとそれはとても僕なんかじゃ想像できるものじゃないんだろう。
「救いたいか、アヴィ」
「シシリー?」
色々な思いがグチャグチャになって、もう魔力溜りを見つけることが出来ないほど落ち着けなくなって、ため息を漏らした時シシリーが僕に話しかけてきた。
その目はとても悲しそうで。僕はその目が嫌いだった。シシリーは時々居ない時がある。
今は薄くなった昔の記憶の中でも泣きじゃくる僕をその目で見下ろし、シシリーはどこかへ行った。
場所は聞かない、だってきっと僕はその言葉を聞いたらとてもまともではいられないから。
でも僕はその目が嫌いだった。ぼくを置いて行ってしまうそんな目をしてしまうシシリーがどこか嫌いだった。
「それは、どんな問いなの? シシリー」
「見たことも無い、そんな存在をどうしてそんなに救いたいと思えるか…私には分からない」
僕だって分からない、でも僕は救わなきゃいけないって思うんだ。僕が何が出来るかわからない。魔法だって使いきれてない、たまに暴走して、それを人や動物が恐れるかもしれない。
「あのね、シシリー。命ってのは替えがきかないんだよ、僕はみんなに望まれて生まれたとシシリーは言ったよね?」
僕は何度も考えた。僕はまだ生まれて二ヶ月で、人間と違って成長が早いだけ、知能はあってもそれの扱い方を知らない。やっぱり経験値が足りないんだ、時間という経験値が。
「僕の命は毒にも薬にもなるとも言ったよ、シシリーは」
「……ああ」
「僕はね毒にも薬にもなろうと思う。僕を必要とし、求め救って欲しいとすがったものには薬になるよ。僕を道具として扱おうとしたなら僕は毒になる。」
僕はすべてを救えるなんて思ってないし、救いたいとも思わない。
「僕はシシリー以外を知らない、この森以外を知らない」
僕は知りたいんだ。どうしてそんなに苦しいのか、どうして僕が憎いのか、どうして僕が必要なのか。
「シシリー、僕は僕だよ」
アルヴィス・サークフェイス。神の子。精霊を纏め保護する王。
十数年ぶりに生まれた水精霊王。
「ア、ヴィ」
「僕は僕なんだ、だから。」
僕がシシリーを本当に嫌いになる前に、僕をその目で見るのはやめてほしい。
僕はそうは言わなかった。けど、シシリーは目に涙を浮かべてどこかへ走っていく。僕はそれを見送って、月を見上げる。
《アルヴィス様?》《どうしたの?》《泣かないで、アルヴィス様》
シノ、エノ、ラノが僕の周りを飛び回る。小さな彼女達はいつも僕のそばにいてくれた。僕を支え、そして見ていた。
「大丈夫だよ。」
胸が痛かった、涙が止まらなかった、悲しくて仕方なかった。
ここまで言ったのにシシリーは僕に何も言ってくれないのが……苦しかった。
胸が痛くて痛くて、抑えてしゃがみこむ。僕の涙が土を濡らして草を喜ばせる。胸が熱かった、その熱が静かに胎動するのを感じた。
「……な、にこれ」
《アルヴィス様凄い!》《見つけたの?》《見つけたんだね!ぐちゃぐちゃ!》
「まさ、か。これが魔力溜り?」
熱くて、熱くて。仕方ない。どうして僕はこの熱を感じなかった?あんなに時間をかけたのに、どうして感じれなかった?
不安で、不安で仕方ない。
怖くて、手が震える。
「しし、りー…」
いつも一緒だった、いつも僕を守ってくれていた。僕はなぜ。
なぜ、こんなにもあのシシリーの目が嫌なんだろう……。
どうしてシシリーは僕の側にずっといてくれないんだろう。僕がなぜ水精霊王なんだろう。
「教えて、よ。神様…」
◆