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精霊王になりまして  作者:
月と闇と綻び
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呼び水



 風精霊王の契約者と親友というロルフの言葉にアルヴィスは眩しいものを見る目を向ける。アルヴィスの知る契約者は二人。エルメラ姫とサリィ、全く似ていないような二人にひとつ共通点があった。


 “孤立していること”だ。精霊王の契約者はそれ自体が大きな戦力となる、精霊王達は契約者が傷付けられることを許さないからだ。だからこそ契約者達は大切に守られ、怒りを買わぬように距離を置かれた。


「ロルフは良いヒトだね」

「はぁ?俺がいいひとなわけあるか」

「ううん、良いヒトだよ、風精霊王の契約者もそう思ってるといいな」


 強すぎる力を人の身で受ける。人によって譲れないものがあるように、精霊王達にとって譲れないものが契約者。そんな精霊王と同じく孤独に生きることの多い契約者にこうして理解しようとするヒトがいることはとても幸せなことなのだろう。


「僕の契約者もそんな人が近くにいればいいな…」

「水精霊王の契約者ねぇ、水精霊王っていや、代々人贔屓だって話だがあんたもそうなのか?」

「どうだろう、考えたこともないな」

「まぁ、例外も居るもんな」

「例外?」

「あんたの先代だよ、街ひとつ湖に沈めただろう」


 初めて聞く話にアルヴィスが目を見開き固まる。それに対して不思議そうにロルフは酒に口をつけチビチビと飲みながら夜空を見上げる。


「俺はそんなに詳しくねぇけど、それでも知ってるぜ、なんも教えてくれねぇ親友の為に調べたからよ…なんでも精霊王の怒りを象徴する地らしい、毒の湖に沈む街は水精霊王が死んで、世界から水が減り続ける中も減ることなく存在するってよ」


「それは…どこに…」


「ここらじゃないぞ、どこの国かは知らねぇけど」

「なんだって、そんなことに…」

「怒りをかったやつがいて、そのせいで街は滅んだし水精霊王が死んだ…それだけしか調べられてねぇけど」


 (水精霊王の過ちと何か関係あるんだろうか?にしても毒?水に毒なんて自分の体に毒が回るようなものなのに何故)


 知れば知るほどアルヴィスは先代水精霊王、ナシオ・ヤーノルドが分からなくなっていく気がする。けれど、ドワーフの王はアルヴィスに先代を知るようにと言った。そして自分には使えなかったがアルヴィスには使えるはずとには使えるはずと一振の剣も残して。


「鳥の嬢ちゃんはもう寝たのか?」


 既にロルフにカナリアについて話していたのでそう聞かれても素直にアルヴィスが耳を済ませると借りた部屋の方から静かな寝息が聞こえてくる。ベルグはアルヴィスの隣に横たわり、静かにアルヴィス達を見ていた。あたりはもうすっかり暗く、大きな月がやけに近く見える、とても穏やかな夜だった。


「うん、寝ているね」

「あの嬢ちゃんがかけられたって呪いは多分先祖返りの呪いだぜ、奴隷商の奴らがよく使うクソみてぇなやつだ」

「先祖返りの呪い?」

「俺達獣人は先祖は獣だったって話はしってるか?俺だったら狼が先祖っつーやつ。眉唾の話じゃねぇ、根拠は俺らの耳としっぽもそうだが、それだけじゃねぇんだ。たまに産まれるんだよ、先祖返りで獣になれるやつが……先祖返りは腹立たしい事だが良く売れるらしくてな…先祖返りと偽る為に捕まえた獣人に呪いをかけるのさ」


 それを聞いてひとつ疑問に思ったことをアルヴィスは思わず口に出してしまう。


「カナリアは使族と鳥獣人のハーフだ。見た目も鳥獣人より使族に近い、何せ耳を羽が覆ってないからね、それに隣にいた母親純粋な使族だ…なのになぜ奴隷商はカナリアを狙ったんだろう」

「……そりゃ、“知っているやつ”が“知らせた”んだろう」


 生き物は時に神や精霊がその汚さに顔を顰める様なことをする。アルヴィスは心当たりがあった、あってしまった。既にカナリアから聞いていたから。


 (あぁ、とても…心底……悍ましい)


「あんた…そんな顔出来んだな」

 ロルフにそう言われアルヴィスは自分の頬を触ってみる。どんな顔かしっくりは来ないけれど、なぜだかその顔は見たくないと少し思ってしまう事に対してすらもなんだか不愉快な様だった。


「ねぇ、オカリナを吹いていい?」

「あ?あぁ」


 いそいそと懐からオカリナを取り出すと大きく深呼吸をして美しい目を伏せるアルヴィスを変わらずロルフは見つめ、ベルグは眩しいものを見るように目を細める。


 静かな夜風にオカリナの音が乗り遠くへ運ばれ……やがて、地面からポツポツと青く淡い光が浮かんで登っていく。アルヴィスはもう何度も見ていたし何度もしてきた行為だが、初めて見るロルフは手に持っていた酒を落とし、狼の耳としっぽを膨らませ唖然とその光景を見つめる。


 幻想的な光が浮かび登る光景に、涼やかで優しい声がロルフの耳にも届いた。それが王に再会できたことを喜ぶ水精霊達の声だと理解した時には、何故だかロルフの目からは涙がとめどなく流れている。


 楽器など聞いた事はある。それを好む種族もいるからだ。たまに旅芸人も来る。娯楽は少ないとはいえ無くはない。

 それでも目の前の光景に呆然と涙を流すしかない自分は王種だとしてもただのヒトなのだと証明してしまう様で、体が動くようになってからは何度も何度も溢れ出る涙を拭っていく。


 《おはよう》 《おかえりなさい》《ずっとずっと待ってたの》《また会えた》《水精霊王様》


 やがて何度も何度も拭うロルフの目元に小さな精霊がよっていくと赤くなった目元を撫でて癒し、そして柔らかく微笑むのを見て、ロルフの意識はゆったりと落ちていく。


 泣いていたのが嘘のように眠るロルフを横目にベルグはただオカリナの音に酔いしれ、止まった時に自分の主へと声をかける。


『カナリアは大丈夫ですぞ、主よ』

「そうかな」

『貴方がいます、それに私も及ばずながらおります』


 ベルグの言葉にアルヴィスは頷いて寝こけるロルフを横目に息を吐いた、体の力を抜くようなそんな印象を受ける様な。


 こぽりとどこからか水の音が聞こえるが、それに気付くものは残念なことに居なかった。


 


 

 


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