◆狼の王
「我らの王よ」
産まれたその日から俺は王だった。狼獣人を導く一族の王。まだ小狼の俺を前にして長老が膝をおり、それに並んで他の奴らも頭をさげる。
そういうもんなんだって教えられて育った。それがきっと正しいんだろうってのは言われなくてもわかった。
山脈に住む王の会合。そこであいつに会うまでは。
狐のような細目に、長い茶色の髪をひとつの三つ編みにして同い年くらいのあいつはのんびりと馬獣人の王として座っていた。
大人たちの発言に時折相槌をうちながら、かと思えば俺や他に若い王達に声をかけては世話を焼く男。それがあいつの…トトと初めてであった日の印象だった。
「お前ほんとに王なのか?その割に身体が細っちぃぞ」
「うーん、どうなんだろう?僕にとってはあまり王とか長とかしっくり来なくてね、同族達は僕が王だって言うから多分あってるはずだけどね」
「多分だァ?!」
「仕方ないじゃないか、僕にとって本当にしっくり来ないんだ」
そういうとトトはほぼ閉じていた目を開けて俺を見る。綺麗な空色の瞳が俺の事を見返していた。まるで、俺がアイツが王かどうか見定めろとばかりに。
「僕はずっと不思議なんだ、何故獣人達には王種が生まれるのか、人間が言うように魔族や魔物と同じなのかって、でも僕らは種族ごとに王種が生まれる……それが例え、10人しかいなかったとしても王種は生まれ、王となる」
「何を言ってんだよ…俺達は魔物じゃねぇだろ」
「そうだよ、僕らは魔物じゃない。なら、本能で考えずリーダーを決めるべきだろ」
透き通るような青い瞳はまるで考えも周りの葛藤も全て見透かす様に世界を写している。無意識に後ずさった俺の靴の音で再びトトは目を伏せ、青を隠した。
それは俺が跪く同族を見てそういうものだと受け入れた時と同じようだと思った。
俺ら狼獣人は体が強くて、数も多い。みんなそうだと思っていた。
例えなんかじゃなく、トトは、たった9人の王だった。馬獣人達は静かに終焉へと向かっているのだと、長老は俺に言った。
そんなのおかしいだろ、だってトトは王だ。トトを入れても10人にしかならない一族の王だとしても、それでも……と。
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「どういう……?」
目の前で同じく王を冠する男を見る。髪色も顔もよく見えないが、きっとタイミングからして水精霊王なのだろう。
酔ったフリも飽きたなと思いながら空を見上げ、ふぅと息をつく。
「王種は……王の力は民によって得るものだ」
「……?」
「あんたも王なら分かるはずだ、また逆もそうだ、王がいなければ民は民になれずいずれ待つのは死のみ」
息を飲むのが分かる。先代水精霊王は人によりそう存在だったと聞いている。なら感性も人に近いのかもしれない。
――――俺は力が強い。体もでけぇ。声もよく通る。それは俺が王種として生まれたからだけでなく、沢山の同族が俺を王とするからだ。
トトの体が細いのも、弱っちいのも、それは自分を王とする者があまりに少ないということにほかならない。
それを知った時問い詰めた俺にトトは微笑んで「当たり前だろう」と言うだけだった。あいつは知っていた、弱る体のことを気にすることも無く、終わりに向かう仲間だけをあんじて。
「ここには風精霊王が居る、そしてその契約者もな、だから別にあんたが精霊王でも気にやしねぇ、むしろありがたいことだ 」
水精霊王が来たということはこの山脈はもう“大丈夫”だということだ。精霊王の力の強さは心底理解している。俺がしたかったことをやれちまうってな。
「風精霊王が…」
「人見知りなんだか分からねぇが、俺はあったことないんだがな」
「風精霊王が人見知りとは聞いたこと無かったな、僕が聞いたのは風は自由の象徴だって話だよ」
ぱさりと静かに落とされたフードの中は勿忘草色の髪に、深い蒼の宝石のような瞳で、人間じみた表情で困ったように笑う。
「風が自由の象徴…っはははは」
思わず酔ったフリなんてかなぐり捨てて、大きく笑っちまう。そりゃそうだ、風は自由。そうだ、だから、だからトトは……風精霊王の契約者だったんだろう。
あいつはいつも自由を望んでいた。あいつはいつも平地を駆けたいと思っていたはずだ。元々馬とはそうなのだから。
「なぁ、風精霊王に会いにいくんだろう」
「そうだね、水の精霊を起こしながら向かう予定だよ」
「なら俺も連れてってくれ、これでもここらの道は把握してるしよ、それによくきく鼻もある、迷わずにすむための道案内だと思ってくれ」
「僕は助かるけど……なんでついてきたいのかきいても?」
「風精霊王に礼を…言いたいんだよ」
ただ終わるのを待つトトを再びこの世界に結びつけたのはきっとその自由を象徴する精霊王のおかげだろうから。
それに。
「俺は風精霊王の契約者の親友だからなっ」




