とある地のとある者達
深く息をつくシュバルツに彼女は申し訳なさそうに目を伏せる。
「いつまでそうしている気なんだ? 」
「…いつまででも」
「別にお前が悪い訳では無いだろう、仕方ない事だったんだ」
彼女は静かに頭を振る。それでも償わなければならないと。幼い最愛のものを置いていった行為に。恐れを抱いてしまった自分に。
「長い、時が流れたな」
「ああ、とても…とても長い時だった」
シュバルツは苦笑いを浮かべ、彼女の頭を優しく撫でつける。大きな狐の耳がそれに答えるように伏せられて…。
「アルヴィスは進んでいる」
「…止まっているのは私だけか」
「いや、ガリィーヴもそうだろうな」
「あれが変わるはずないだろ…」
「……否定できないが、まぁそんなことはどうでもいい」
彼女が目をひとつのツボへと向けるとシュバルツもそれに習い視線をツボに向ける。
真っ暗な中にいる存在を思い出し、そして憐れむのだ。
「ビドは…」
「また泣いている」
「眠れていないのか」
「一番依存しているからな契約者に」
その癖自分で探す程自信も持てない、それを二人は責めることはしない。仕方ない事なのだ。長い時を生きる彼らにとって契約者に出会えない絶望は計り知れない。
かつての彼が狂ったように。
精霊王も狂う可能性がある。
「お前の契約者、見つかったのか?」
「…私は探す気がないからな、特に出会わなくとも困らない 」
「まぁ、お前も特殊だからな、いいんならいいんだ…どうせアイツは何度生まれ変わろうとも一人で生きてけるだろうしな」
「私があいつを選んだのは一人で生き残れる信頼からだ、そうでなくては困る」
そうだったなとシュバルツが浮かぶ月をみあげる。近くの精霊樹がざわめき、精霊の灯りが周りを照らす。
「「こんな夜だった」」
シュバルツと彼女は思わず同じ言葉を口にしてなんとも言えない笑みを浮かべた。その先も同じであるということはぼんやりとは分かっていた。
「アヴィと語り合ったのは」
「アルヴィスと語ったのは」
二人にとってアルヴィスとは水精霊王とは幸せの象徴で、大切な宝だ。それは変わらない。変わらないのだが。
「そして、アヴィとの約束を反故にしたのは」
彼女が口にすれば近くにいた火の精霊たちが彼女を慰めるように動く。
シュバルツはなんとも言えない表情でそれを見届けそして口にした。
「アルヴィスはここに来る」
「っ」
「会いたくないなら他に行け、だがな、きっとあいつはお前を見つけだす…その時あいつがどう言うかは知らんが 」
「逃げるなよ、シシリー」
彼女は苦虫を噛み潰したような表情でゆっくり頷く。それをシュバルツはまた頭を撫でてやり宥めた。
長い時を繰り返す彼らはまだおわれない。終わる事の許されない精霊王の唯一の慰めが契約者である様に、また契約者たちも終わることが出来ない。
救いで呪いのような契約。
その契りを交わした日を彼らは忘れることが出来ない。悲しくおぞましいあの日を。恨めしく恋しいあの日を。
彼が未完成となったあの日を。
彼の救いが奪われたあの日を。
「アヴィならきっと…と思ってしまうのは希望を持ちすぎなのかもしれないな」
「…いや、きっとアルヴィスなら大丈夫だろう、手出しはされたが穢れてはいない」
二人は言葉を最後に交し、それぞれ別の方向へ歩き出す。
ツボの中のものはゆっくりと頭を出してその様子を見ていたが、再び中へ戻り、涙を流し続ける。
それは夜となり世界に祝福を与える。そして呪われた少女に休息を与えるのだ。




