シシリーの拳骨
精霊の森の中を小さな影が走る、その影の周りを沢山の精霊が飛び回り楽しそうに笑っている。
「シシリー!」
そして広場に出てきたのはラピスラズリの瞳を輝かせ、絹糸のように柔らかく細い、そんな勿忘草色の髪を風に靡かせたアルヴィスだった。
「なんだ…やけに元気だな」
「あのね僕ね木の上に登れるようになったんだ!」
《アルヴィス様はゆうかんね》《とてもかっこよかったわ》《すてきすてき》
アルヴィスに同調したようにシシリーに話しかける精霊たちをシシリーは呆れたような目で睨む。
《シシリー様がおこったわ》《どうしてかしら》《わからないわ》
「……アヴィ、私の言ったことを忘れたのか?」
「うん? シシリーの言ったこと……?」
「なんだったっけ?」と首を傾げるアルヴィスを見て頬を引き攣らせたシシリー。そしてシシリーは拳を作るとそのままアルヴィスの頭に落とす。
ゴスッ──といい音があたりに響く。アルヴィスの周りを飛び回っていた精霊達は慌ててシシリーを止めにかかり泣き出すアルヴィスを宥めた。
「危ないから木に登るのはまだ止せと言ったろう!」
「うあーん!」
シシリーがアルヴィスを見つけてから一ヶ月。
アルヴィスの容姿はもう七歳ほどになっていた。小さかった手はまだまだ小さいままだが身長は少し伸び、可愛らしい顔はもっと可愛らしく育っていた。
「殴ることないじゃんシシリーッ!」
「なんども登ろうとして落ちたのはどこの誰だかな!忘れたとは言わせないぞアヴィ!」
「忘れたもん!」
「……もう一発いっとくか?」
「うあーーん!」
二人のやりとりになんだなんだと見に来た精霊たちはまたかと言ったように首をゆっくりと横に振る。
ぐじぐじと泣いているアルヴィスを放置してアルヴィスを宥める三人の精霊を睨みつけるシシリー。
「お前達も止めないか!危ないだろう!」
《怒られたわ》《平気なんだもの》《怪我をしたらなおせばいいのよ》
三人の精霊が「ねー!」っとアルヴィスに抱きつくと、シシリーは肩を震わせまた拳を握りしめて……落とした。
アルヴィスの頭に。
「なんでええ!」
「うるさい!」
涙で濡れた目でシシリーを睨みつけるアルヴィス。だがその視線は簡単に躱される。
悔しそうなアルヴィスを横目にまたシシリーはため息を吐いて、今度はアルヴィスの頭を撫でてしゃがみこみ目線を合わせた。
「何度も言ったろう、危ないんだ。精霊と言っても死なないわけじゃない」
「分かってるし、大丈夫だよ」
「分かってない…今日は魔法の練習は止めるからな」
「え…」
アルヴィスが唖然としてるのを放置してシシリーは精霊達に一冊の本を持ってこさせる。
そして精霊樹の下であぐらをかいて座った。
「アヴィ、おいで」
「……うん」
アルヴィスが渋々とそのシシリーの柔らかな太ももの上に座る。そしてその周りに沢山の精霊達が寄ってきて二人の周りをくるくると回った。
「どうにもアヴィは自覚が足りない」
「むっ、僕してるよ? 自覚! 僕は水の精霊王なんでしょ!」
膨れるアルヴィスの顔を元に戻させシシリーは本を開いた。アルヴィスはもう口を開かない。自分には読めない字で書かれたその本を読んでもらうのをただ待った。
アルヴィスの周りにいる三人の精霊はシノ、エノ、ラノとシシリーに名付けられています。
シノは一番目に話す明るい子で光の精霊
エノは二番目に話すお転婆な子で風の精霊
ラノは三番目に話す天然な子で水の精霊