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精霊王になりまして  作者:
旅の始まり
39/55

夜に舞う勿忘草色と音色




 夜中。アルヴィスは目覚める。目覚めた部屋は民宿の借りた一部屋だった。部屋から出て隣の部屋へと入る。そこではベッドが別にあった。そのベッドの上には金の糸──いや、美しい幼い少女の髪が広がっていた。


 「すぅ…すぅ…」

 薄いシーツを体に掛けていてその身体の形がぼんやりと月明かりで映し出さられる。どうやら、彼女は裸なまま寝てるらしい。


 「…カナリア?」

 「ん…ぅ…おかあ、さ…」


 驚いた様な声に反応したのか眠りながら彼女(カナリア)は泣き出す。その度に綺麗な髪がゆらりと波打つ。

 そっとアルヴィスは音も無くカナリアに忍び寄り、その頭を優しく撫で付ける。昔シシリーにされた時のように。幼子を宥めるように、ゆっくり、ゆっくりと。


 「あい、して…る」

 その甲斐あってか、涙は止まり、小さな笑が浮かんでいた。小さく聞こえた寝言にアルヴィスは手を止めて静かに手を引っ込める。アルヴィスの目は大きく見開かれラピスラズリの瞳からはゆっくりと涙が流れた。



 「───。」


 声も無く、涙を流し続け、やがてそれに厭いたように立ち上がって部屋を後にする。フードを外して手袋も外し風の精霊に頼み屋根の上へと下ろしてもらうと、月を見上げて目を閉じた。



 水の足りていないこの国では、夜まで起き続ける者はいない。夜は水場には結界が貼られ誰も近づけず、夜まで動けば喉が余計に乾いてしまうからだ。


 唯一城の方からは淡い明かりが見えるが、それもずっと遠い所にある。


 静かな寝静まった国、有名でもない民宿の屋根の上で、アルヴィスはオカリナを取り出して口を付けて音を鳴らす。



 「────起きて」


 そして、一度口を話し、呟いてからまたオカリナを吹く。

 高く優しい小川のせせらぎのような音色が静まり返る国に響き、その音は更に風の精霊に運ばれていく。



 どこまでも、遠く。この国の憂いを拭うように。ゆったりと、優しい音色が響き風が吹く。


 アルヴィスの勿忘草色の長い髪が風に煽られて夜空に舞い、(なび)く。月明かりに照らされたその髪は水の流れのような美しさがあった。



 ぽつり。


 地面から青い光が漏れ始める。次々と溢れる光に警備をしていた兵が、眠れず泣きぐずっていた子供が、それをあやしていた母が目を奪われる。


 たくさんの光が溢れて蛍火のように漂い、音色に答えるように揺れる。見ていたものは思わず涙する。その美しさに、その優しさに、なぜだか胸を占める悲しさに。


 《やっと、迎えに来てくれた》 《さあ、みんな歌おうっ!》 《精霊王様!》 《せいれいおうさま!》

 「光、だ。」

 「なにこれ! お母さん! お母さん!」

 「青い…光」

 「お父さん! 抱っこ! 抱っこして!」

 「こりゃあ、いったいなんだぁ? 俺は夢でも見てんのか?」

 「お、おいお前陛下にお知らせしてこい」

 「え、俺も見てたい」

 「いいから行けよ!」

 「うう、隊長今度奢ってくださいよ!?」



 光を見て、騒ぐ人々。思わず家を飛び出しては光へ触れようとする子供や大人が増える。その間もオカリナの音は流れ響き、癒す。



 (どうか、幸せな夢を。どうか、希望を)


 アルヴィスは静かにオカリナをしまってから部屋に戻る。カナリアはまだ眠ったままらしい。


 「眠れ、眠れ。怖いことを忘れて、幸せな事だけを思い出して。希望のない者には光を、癒しを。」


 アルヴィスは最後にそう告げて。ベッドへと戻る。その間も、窓の外からは青い光が瞬き、たくさんの人の声が聞こえた。



                   ◇



 騒ぎ出す人達を屋根の上で腰掛け見下ろす人影があった。雲が退き、現れた月に明かされた顔はアルヴィスのよく知るガリィーヴだった。


 柔らかな茶色の髪が風にふわふわと揺れ、少したれ気味なその目が細められる。


 「派手にやってるなぁー」


 《ガリィーヴ様アルヴィス様に合わなくていいの? 泣いてたよ?》

 笑みを浮かべる頬に土の精霊が抱きつくように張り付いて、そう問いかける。土の精霊の頭を指先で撫でながらガリィーヴはまた笑う。



 「会わないよ。今は会ってはいけないんだ」

 《そう、なの? サリィ様に会いに行く? 道案内ちゃんとするよ》

 「今会いに行ったりしたら怒られるから、いーの」


 くすくす笑うガリィーヴに土の精霊はきょとんと首を傾げるが、すぐに笑いに釣られ笑を浮かべる。


 「アル、ちゃんと頑張るんだよ。“僕ら”はみんなキミの味方だからね。」



 ガリィーヴのその言葉は土の精霊だけが───聞いていた。




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