冒険者ギルド
アルヴィスが、数あるギルドの中で冒険者ギルドを選んだのにはちゃんとした理由があった。ガリィは土精霊王でありながらAランクの冒険者だと、以前聞いたことがあった。何故ガリィが冒険者ギルドに入ったのか、その理由は今のアルヴィスに合致したのだ。
─「世界を見るため。自由に依頼を受けて、人の笑顔や黒い所も見て、それでも戦いの中で成長する人が見たいから。アルヴィス、この世にはね僕らでも知りえないことが沢山あるんだ。知るためにはその知りたい者の中へ入ることも大切だよ、郷に入っては郷に従えという言葉があるくらいさ。僕にとって冒険者ギルドは船であり馬車であり翼だ。」─
冒険者ギルドとは未知の土地の調査、人が踏み入れない土地への物資供給、魔物の討伐。薬草や果物などの採取。主にこれらの仕事が挙げられる。人を護衛する仕事もあるがそれは大概が傭兵ギルドへと流れる。冒険者ギルドに特にルールはない。あるとすれば、命には命をもって。依頼を受けて死ぬことは自己責任。ランクを笠に立てない。子供を守り、楽しく酒を飲む。それが古株の冒険者たちが言う“ルール”だ。
変わって傭兵は人を警護する仕事で、必要があれば人も斬る。仕事を選ぶことは出来るが仕事内容は絶対。入る時に一番に聞かれる一言があるという。それは「人を殺した事があるか」という言葉だ。傭兵ギルドは裏では殺人ギルドとも呼ばれていて中には暗殺業を生業としたパーティも存在する。
商人ギルドはお金を稼ぐことに重きを置いていて、商品の中には情報という欄もある。情報専用の商人はいない。それだけではやっていけないからだ。だが情報を知らねば物を売るのに遅れをとることもある、その際には冒険者ギルドや傭兵ギルドへ依頼を出したりすることが多い。冒険者ギルドで買い取られた魔物を売り捌いているのもここである。
つまりそれぞれには役割があり、メリットとデメリットがあるのだ。冒険者ギルドは自由で豪快、だが命の責任はそれぞれが持つ必要があり、依頼途中で死んでしまっても慰霊金などでない。 傭兵ギルドは、殺伐とし忠実、だが失敗を許されず甘さが許されない。 商人ギルドはお金は稼げるが、度胸や慧眼を持たねば他に喰われる。
アルヴィスの目的は“水精霊を目覚めさせる”という事だ。失敗を許されない不自由な傭兵ギルドは論外。顔を隠して行えない商人ギルドも不可能。ならば身分証を作る上で一番合うのは自由で個人に責任が乗る冒険者ギルドなのだ。
『ここだよ。一階は飲み屋で二階がギルドになってるの、昼間の今は飲み屋は閉まってるから正面から見て右にある階段から上に上がって』
「うん、わかった。」
カナリアに従って右へと向かえば、確かに階段があった。質素ながらも頑丈そうなその階段を上っていけばドアの向こうからガヤガヤと少し騒がしさを感じる。賑わっているらしい。楽しげなその声に少し安心しつつ緊張したままアルヴィスはそのドアを開ける。
◇
中に入れば開け放たれた窓から風が入ってきており、微かな酒の匂いを運んでくる。中では十数人の男女がわいわいと話しながら掲示板の前やテーブルで話し込んでいた。よく見れば全員が武器を所持している。女性も働けるらしい。
「あら、見ない服装ね。肩の鳥ちゃんもなかなか見ない毛色をしているし……登録希望者かしら」
不意にカウンターらしき場所から声をかけられる。黒いウエイターの服装をした使族の女性はつり目を細め微笑む。ゆったりとゆわれた赤毛が少し揺れて華やかな香りがアルヴィスの鼻腔を擽った。彼女は楽しそうにアルヴィスを手招いて水晶と記録用魔石を取り出す。
「まずはお名前をくれる?」
「えっと、僕の名前はアルヴィス……です。こっちはカナリア」
「アルヴィス君ね?鳥ちゃんの名前は必要ないんだけどしれて嬉しいわ。よろしくカナリアちゃん、アルヴィス君」
名を名乗ろうとしてあわててアルヴィスは姓を言うのをやめた。それというのもアルヴィスの名ではバレなくてもアルヴィス・サークフェイスの名に勘づくものが出るかもしれないという考えがギリギリで浮かんだからである。カナリアの名をいう必要のなかったことだと言われ少し恥ずかしく思いつつもアルヴィスはぐっと口を結んだ。
「あたしはアラーシュト唯一の冒険者ギルド天翼の受付アイドル、ニーナよ。よろしくね?」
そういったニーナに冒険者達は水を打ったかのように静まり返り、一気に笑いの渦が広がった。
「アイドルっ、ニーナ嬢がアイドル!」
「くくっ、そうだよな!アイドルだよな」
「あんたら……っ」
目の前で怒り出すニーナと笑い続ける冒険者達を見比べて唖然とするアルヴィスにカナリアが頬を突っ突く事で、なんとか正気に戻る。ニーナの怒りもアルヴィスの戸惑う様子で吹き飛び、女性陣に窘められることで、冒険者たちの笑いも終わった。
「ご、ごめんね?とりあえず役職教えて頂戴」
「役職わからないです」
「あー、じゃあ得意な事教えて」
「剣と攻撃魔法、治療魔法が出来ますよ」
「じゃあ魔法剣士ね。出身はどこかしら?」
そこで、アルヴィスは止まる。出身を正直に言えばそれは精霊樹の森だ。だけど、それを言って信じてもらえるかわからないし、精霊王だということもバレるだろう。困ったまま無言になったアルヴィスを見てニーナも笑顔が消えて固まる。
「……訳ありな人か、いいわ。裏で聞いたげる。入って」
カウンターの板をはずしてニーナに誘われるままに裏へと入っていった。




