美しい夜
アルヴィスは目を覚ました。
真夜中な為、あたりは暗い、たくさんの木々がさわさわと音を立てて風に揺れている。
月明かりだけが、アルヴィスに夜の世界を見せる。
「……あう?」
アルヴィスは一人だった。いつもいたシシリーはいない。なぜか一人で精霊樹の下にいた。
精霊樹とは精霊にとってゆりかごのようなもので、眠りにつく時、精霊たちは精霊樹の周りに好んで集まり眠りにつく。
シシリーもそうであった。
いつも夜になるとアルヴィスと共に一時の睡眠をとる。
精霊に睡眠はあまり必要が無いが、全くなくていいものでもない。精霊樹はそんな睡眠を得るための精霊達の家なのだ。
───だがシシリーはいない。
「うっ…あうっ……ううう」
それがアルヴィスには悲しかった。
悲しくて、寂しくて。
アルヴィスのラピスラズリのような瞳から涙がポロポロと零れていく。最初は我慢しようとしていたんだろう。
でも、次第に悲しみの波は強くなる、寂しくて不安でたまらなくなる。
「うぁぁん……ぁぁあん」
そしてとうとう泣き出してしまうアルヴィス。
軈て精霊樹で眠りについていた精霊達も目を覚ました。
《なかないで精霊王様》
《さびしくないよ、精霊王様》
クルクルと小さな光がアルヴィスの周りをぐるぐると回る、その光は優しくアルヴィスに囁くが、涙は止まらない。
「……泣いてるのか」
「うううぁぁぁん」
「おい、お前達何がどうなってる」
しばらくするとシシリーは果物をたくさん手に持ってやって来た。それにすぐ気づいたアルヴィスは必死にシシリーに手を伸ばして泣きじゃくる。
《さびしいのよ》《かなしいの》《シシリーさまがいなかったから》
口々に答える精霊達にシシリーは少し困ったようにしゃがみこみ、果物を下ろした後、アルヴィスを抱き上げる。
「泣くな、水精霊王」
「うああっ」
「水の精霊王であるお前の涙は魔力がこもっているんだ、惜しげもなく泣くんじゃない」
優しく嗜めるようにいるシシリー、その声にアルヴィスはひくひくと鼻を鳴らしながらシシリーを見上げた。
「ほら、見てみろ」
「……う?」
ポロポロ落ちた涙が地面に落ちて染みる、その場所から生えている草が異常な速度で育っていた。そして、微かに光を放ち始める。
「…あう、あう!」
嬉しそうな顔でその様子を見るアルヴィスの頭を優しくなでてシシリーは言った。
「お前の力は心地いいな、水精霊王」
シシリーはふわりと笑い、そして再び精霊樹の下にアルヴィスを座らせる。
「強くなれ」
「……う?」
「……恐らくお前の存在はこの世界ではとても重要な意味を持つことになる」
「……」
「人間にも、獣人にも、エルフにも、ドワーフにも…魔族……魔獣にだって重要な意味を持つ、惑わされないように、力をつけろ。」
シシリーは悲しげにアルヴィスの涙を拭って、髪をなでてやる。
その手は優しかった。壊れ物でも扱うような、そんな手つきだった。
「…力がつくまでは私が守ってやろう」
その夜をアルヴィスはあまり覚えてはいない。
だが、とても幸せな日だったとアルヴィスは感じていた。
綺麗な、綺麗な夜だった。