ネルヴ平原の夜
アルヴィスは食事をベルグに与えて一人夜空を見上げた。幾度と夜を越えたが、今日のようによく澄んだ夜は久しぶりな気がした。ベルグはもう既に眠りについている、恐らくこの平原で起きているのは夜行性な者を置いて、アルヴィスだけだろう。
とても静かで澄んだすこし肌寒さがある空気がゆったりと大地を撫ぜる。精霊樹が近くにないからか眠気が出てこないアルヴィスは、ふと土を掴んでみる。サラサラとして水気はない。とてもじゃないが木々が育てるような水を含んでいるとは思えず、確かにこの土地は木精霊王によって生かされていると感じられる。
「明日にはネルヴ平原は抜けられるかな。サリィはアラーシュトは水に困っていると言っていたけど……酷くないといいな」
こうして水精霊王の力が弱くとも木々が生えるような場所は他にも存在しているだろう。それが少しでもその土地にいる生き物を助けてくれているならいい。祈る様に目をそっと伏せると、アルヴィスは眠るベルグをチラリとみる。ベルグは自分の名を好きだと言った。だから、変えたくないと、そう言った。彼に名付けた人はどんな人なんだろうか、魔力がないと言っていたけどあの馬屋の店主が名付け親だとは思えない。……ならば彼はどうして売られていて力があるのに逃げずにいたのか?その名を貰った時どんな気分だったのだろうか。
「アルヴィス…サークフェイス」
無意識に自分の名を呟いて、アルヴィスはまた夜空を見上げる。
「創世神様」
ベルグの名付け親は分からない。けれどアルヴィスにアルヴィス・サークフェイスと名付けたのは創世神と呼ばれる存在だとアルヴィスは不思議と理解していた。まだシシリーと出会って間もない頃。アルヴィスが言葉を話せるようになったその時に、シシリーに名を問われて自然と口から出た名はアルヴィス・サークフェイスというものだった。
その名を口にして自覚がすぐにアルヴィスには湧いた。自分の名はアルヴィス・サークフェイス。遠くて近い触れることの出来ない優しいあの方が名付けてくれた名だと。
「僕はちゃんと…出来てるのかな」
もう子供の姿を取り続ける必要のなくなったアルヴィスは、精霊王としての成人は迎えていた。だというのになぜか胸を占めるのは戸惑いばかりで。水精霊達を起こして回るとシュバルツに告げた時の顔を今でも忘れられないのだ。アルヴィスが旅立つことにした日の夜に、シュバルツが言ったその言葉が。
──「アルは自覚していないが……お前は俺達とは少し違う存在だ。けして、無理はするな。」──
シュバルツともガリィーヴともシシリーとも少し違う存在だと、そう告げられて最初は理解が追いついてなかった……が。アルヴィスが先代水精霊王についていくら調べても出てこなかった事があった。それは、……水精霊王の涙についてだった。先代ナシオは感受性が高かったのか、人に対してもよく考え、気にするようにしていたようだ。そして彼はよく泣いたとも記されていた……だけど、どこにもその涙が植物の成長を増長させるとは書いてはいなかった。
しかしアルヴィスの涙は違う。少し涙がこぼれるだけでその場所の植物は良く育ったものだ。それは水精霊王だから、という訳ではなくアルヴィスだからだと結論づけることが出来る。
「僕は、なんなの……?」
ぎゅっと自分の体を抱きしめてから、アルヴィスは横になる。寝ることなんてできはしないが、だが、横になるだけで少しだけ、気が晴れる、そんな気がしたのだ。
「はやく、目覚めさせなきゃ」
決意じみたその言葉を聞いたものは誰もいない。ただ、平原に流れる風が静かに吹くだけ、それ以外は音もなくやがてアルヴィスも口を開くこともなくなり、静寂が訪れた。
次話で新キャラ出ますよ