閑話 天龍の架け橋
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雨が降った。
砂漠のように雨が数ヶ月振らないと言うほど振らないわけじゃない。水精霊王様が生まれたと聞いたが、それでも水の力は戻ったわけではなく。一月に一度雨が降ればいい方だったのにも関わらず。
晴れた日だというのに雨が降った。
焼けた野原を癒す様に。美しいその光景を見た爺さんが「天龍の架け橋だ」と祈りだす。
「爺さん。天龍の架け橋ってなんだ?」
爺さんの目は右目は白くなっていて薄らぼんやりとしか見えていない。だから常に右目は瞑っていた。眼帯とか洒落たものは無いし、やるとしたら包帯だ。包帯を巻くのは怪我した時と決まっている。だからじいさんは目の前が良く見えるように逆に右目を瞑るのだ。
だけど今日はそんな右目を見開いて空を見上げたまま祈りを捧げる爺さんがいて。その目は少し潤んでいるように見える。老人と子供と女の涙ほど困るものはないが、その涙が悲しいだとか苦しいだとか負の気持ちで溢れそうになってる訳じゃないのはわかる。
「馬鹿者!そんなものも知らぬのか!創世神は天龍の背に乗って地に降り立ったという神話があるじゃろう!天龍は創世神の御御足そのものなのじゃい!」
「へぇ。」
爺さんは信仰心が俺よりも高いからな。俺の知らねぇことをよく知っているが、いつもうるさくて仕方なかったそれが今は感謝できる。
「それで?なんでその天龍の架け橋って言うんだよ」
「良く見ぃ、美しい七色の橋のようにかかって見えるじゃろうが。天龍の体はのあのように七色に輝いているという話じゃ。天龍の様な橋……じゃから天龍の架け橋なんじゃ」
「なんで架け橋なんだよ、普通の橋じゃ駄目なのか?」
「橋というのは場所を繋ぐ物じゃろ、天龍の架け橋は創世神様の元へ繋がっていると言われておってな、望まぬ死を与えられた御霊を創世神様の元へ送ってくれるのじゃ。じゃから天龍の架け橋とずぅーっと昔から言われておる。」
俺はそれを聞いてまた雨の中に輝く七色の橋を見る。確かに、心のどっかが風に晒されたように清々しい。綺麗だし、何よりも神秘的で、まるで天龍が雨を持ってきたみたいだ。
「作物育つかね」
「育つじゃろう。天龍の架け橋が出たんじゃ、きっと死者も報われる。さぁホルヘ畑を見に行こうか」
「ああ、分かったよ爺さん」
天龍の架け橋を最後に見納めて畑の方に杖をついて歩く爺さんの体を支えながら。小さく創世神様と水精霊王様に祈りと感謝をつぶやく。
「我らの愛しき創世神様に祈りを、慈愛溢れる水精霊王様に感謝を。」
前よりも、信仰する気になれた気がして。不思議と足取りも軽い。こんな夢の様に綺麗な空があるならきっとこの地も美しい緑を取り戻せるはず…いや取り戻す。
確かな決心と共に俺は文句を垂れる爺さんを宥めた。
俺はきっとこの日を忘れることはないだろう。
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