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精霊王になりまして  作者:
旅の始まり
23/55

井戸を掘り続けた男

今回は長い気が……する?


 

 

 

 「私の息子は博識だった、学ぶのが好きでな、本を読み漁っては人の役に立つことがないかを探し回って人に話した」

 

 老人はポツンと一つだけある墓石に少し酒をかける。その表情は楽しそうでもあり寂しそうでもある。悲しみは感じない…アルヴィスは話の趣旨が掴めずただ話を聞き続けた。

 

 「水精霊王様が亡くなり、水精霊達が減っていった…息子はな水不足になるのを見越して調べ倒した。そしてずっと昔…水精霊王様の力が及ばぬ地では水を人の手で求め“井戸”を掘ったのだと言い出した」

 

 「井戸?」

 

 「世界(ベルべナ)の地中深くには水が膜のように流れている場所があるらしくなその場所まで穴を掘るという、何とも簡単な説明が付くものだった、だが誰もそれを受け入れることは無かった…だが人々は息子の話しに耳を貸さず神に、精霊王様に願い続けた」

 

 ぐびぐびとまた酒瓶に口を付けて飲み始める老人の頬はアルコールで火照ったのか少し赤くなっていた、老人はつぶらな瞳も赤くさせて、それを隠すように目頭を押さえる。

 

 

 「なに、当然の事。水とは神がお産みになられた水精霊王様の力を精霊達が分布させることで世界を潤すもの。水は神からの贈り物。地も風も火も光も闇も全てそうだと私の父よりもずっと前から伝わってきた。それを私は否定するつもりは無いし真実と思うさ。だけど息子は…」

 

 アルヴィスを見ることなく独り言のように話を進める老人。アルヴィスはいつの間にか聞き入っていて墓石を同じように見つめていた。

 

 「息子はな、偉大だったよ。私が考えてもつかない事を見つけてきて人の為にそれを広めようとした。誰も見向きのしないその場所で一人井戸を掘り続けた」

 

 助けようとした。祈るだけではなくて自分の力で救おうとした。祈るだけではなくて行動し生きようとした。老人の息子はどこまでも真っ直ぐでどこまでも馬鹿だった。

 

 「硬い野原の土……それを一人で本当に水が出るかもわからないのに掘り続けた息子はなずっと言っていた“大丈夫必ず水は出る”そう笑ってずっと一人で、見向きもしない私を怒ることもなく一人で……」

 

 耐えかねたように大きな涙のつぶが老人の皺くちゃの手から落ちて地面を少し濡らす。アルヴィスもいつの間にか泣いていた。

 

 何故だろう。知らない人ない人の話だ。本来なら話すこともなかったこの老人。そして知ることもなかったはずの墓石の持ち主の話。

 

 アルヴィスは老人がしたように墓石に少し酒をかけた。

 

 

 「ある日水が出たと息子が騒いだ。嘘だと思って放置したさ。誰も見てはくれなかった、誰も信じてはくれなかった…だけどそれでも息子はほんの少し溢れた水を追いかけるように穴を掘り続けた。」

 

 真っ直ぐで。どこまでも真っ直ぐで……そして、かなしい男。信じ、求め、追いかけて。そうして彼は

 

 

 「だが、直ぐにこの地で戦争が始まった。若者は集められ駆り出された…そして息子も例外ではなく、深い穴は戦争の邪魔だと…何年もかけて掘った穴を埋めるように…貴族様に言われ……息子は埋めた。」

 

 追いかけていたものを奪われ。信じてたことを笑われた。

 

 

 「息子はな諦めることはしなかった。どこでも穴を掘り井戸を作ろうとした。戦争で昼間は殺し合い夜中は寝る間を惜しんで穴を掘る……だがその穴も仲間に笑われ埋められる」

 

 ぎゅっと老人は強く手を握りしめる。まるで見てきたかのように語る彼の頬は先程よりも赤くなり目からは隠すことの出来なかった涙がこぼれ続ける。

 

 「それでも息子は笑っていたよ“大丈夫、きっと水は出るし戦争もいつか終わる”と、何度も笑われて、何度も埋められて、それでも諦めなかった息子は……疲労の中で戦った戦場で死んだ」

 

 諦めなかった。真っ直ぐに信じ続け、諦めず掘り続けた男は、その願いが叶うこともなく、水は出るという言葉を実現できず、戦場で家族に看取られることなく息絶えた。

 

 「息子は、ずっとずっと笑っていた。一人で戦い続け疎かな私の事を父と呼び続け、穴を掘り続けた。馬鹿な、息子だろう?なぁ、旅人さん」

 

 アルヴィスは何も返事はしなかった。返事はしなくとも手元にある酒を飲んでただ墓石を見つめた。

 

 「この墓はな。息子が最初に井戸を掘ろうとした場所なんだ。骨になっちまった息子を私がここに連れてきて穴を掘り埋めた。大変だったよ、長い間放置されていて土は固くなっていたし掘り続ける間考え…昔の自分を恥じた、息子はこんなに大変なことを一人で何年も続けたのだと、それを私は信じず笑ったのだと」

 

 老人は立ち上がると残りの酒を全て墓石にかけた。濡れた墓石からは微かなアルコールの匂いがする。

 

 「なぁ、旅の人。あなたはどう思う」

 

 「……それは」

 

 「愚かだろう、私の息子は。それは正しい意見だ。一人でやり続けた事が愚かなんだ。だが他になにか、なにか息子に言葉をくれないか」

 

 

 「……貴方の息子は愚かで馬鹿な人だ…だけど、誰よりも真っ直ぐで泣かない人だったんだな」

 

 「ああ、息子は井戸を掘ると言ってから一度も泣いたことは無い」

 

 

 アルヴィスも立ち上がる。残った酒は飲み干して。コップを墓石の前において。涙を拭ってから老人に向き直り、柔らかく微笑む。

 

 

 「貴方とあなたの息子の名は?」

 

 「…変な方だな。私のはザンザ…息子の名はダンザ」

 

 「覚えていよう、あなた方の名はこの水精霊王…アルヴィス・サークフェイスが」

 

 老人はそうしてやっと墓石から目を外し、アルヴィスを見て唖然とする。皺くちゃの顔は涙でぐちゃぐちゃだった。アルヴィスは微笑んで一つ言葉を残す。

 

 

 「自分の手で切り開こうとする者を昔の人は“英雄”と呼んだそうだ。正しくダンザは英雄。私とザンザしか知らない英雄だ。」

 

 アルヴィスはそう言って少し歌を歌うように魔素(マナ)に語りかける。

 

 「《癒しの雨を、彼が夢見た水を、彼に》」


 雲などないというのに雨が降る。日光の中に降る雨は光を反射し美しい姿を見せる、そして虹がかかりザンザはその場にしゃがみこんでダンザの墓を抱き締めた。

 

 「水精霊王様に感謝を…息子を英雄と呼ぶ貴方に祈りをっ」

 

 アルヴィスはその様子に少し困ったように笑う。

 

 けれどシュバルツは言った。「王というからには威厳を持て」と。ガリィーヴが威厳を持っているかは知らないが師匠で親であるシュバルツの言葉を思い出し。アルヴィスは顔を引き締める。

 

 「その祈り受け取った。」

 

 そう言ってアルヴィスは彼の側を立ち去る。人について知りたいと思うアルヴィス。その横顔は少しだけ寂しそうだった。

 

 

 なんてことは無い、旅先で出会った人と話しただけ。少しだけ人の人生や生き方に触れただけ。だが後にこの会話がアルヴィスの重要な選択に影響することを誰も知りはしなかった。

 

 

 

 

土地神への感謝として酒を飲んだあとに地面に垂らすことをする人は現実にいます。


今回の酒を墓石にかけるのは祈りと捧げ物だと思ってください。



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