呪いか祝福か
◇
暗いその空間のなか唯一の白が蠢く。短い髪はサラリと揺れて赤黒く汚れていても美しく。その手足は真っ白で、シミ一つない。
───そう。シミ一つないのだ。
「…なに、これ」
彼女は慌てて自分の手足を見る。眠る前はあんなに紫色になっていた手足。それが面影もなく元に戻っている。確かに痛みはあった。傷もあった。だと言うのに、今はそんな様子もなくただ“無傷”な肌があるだけだ。
「なん、で?」
シュナは眠る前には痣になっていた場所を殴る。痛い。痛いけれど、それだけだ。腕が折れているかもしれないという痛みははしらない。
「なんでよ…」
不意に、涙が流れる。真っ赤な目から涙がこぼれ白い肌を伝い、質素な血に汚れたワンピースを湿らす。太陽の光が唯一ある小窓から光を刺してシュナを照らす。その照らし出された表情は恐怖と怒りが浮かんでおり、やがて彼女は立ち上がる。
そしてワンピースを脱いで傷やあざを探すのだが、どこも無傷で美しい肌があるだけ。シュナはそうして理解するとへたり込み、華奢な体を震わせる。
「なんで。私だけ……?」
人とは違う体。自分をバケモノと呼ぶ人間達。シュナの脳裏に浮かぶのは何なのか。ただ自分の体を抱きしめて歯を食いしばるように泣くだけ。
白い髪、赤い瞳、白い肌に──傷が治ってしまう体。
シュナは自分の体に恐怖し、憎んだ。
◇
アルヴィスが目を開けると。見慣れた広場だった。沢山の精霊樹に囲まれ守られるようにある広場。そこでアルヴィスは眠っていたらしい。
「……なんだろ」
《アルヴィス様おきたの》《おきたおきた》《おはよう》
首を傾げてシノ、エノ、ラノに抱きつかれながら大きく伸びをした後に立ち上がり広場の中心にまで来るとアルヴィスは胡座をかいて目を閉じる。
最近日課としている魔力と魔素の流れを感じるという修行だ。
魔力と魔素には違いがある。精霊たちが食事とし、世界を形成するのに必要とされているのが魔素。魔力は動物や木々の身体に宿るもので魔力溜まりから毎日一定供給される。魔力が強いものなら毎日供給される魔力が多くなり魔法を使っても疲れにくくなる。つまり、魔力は《内》。魔素は《外》なのだ。
魔力を感じるには精神を落ち着かせ自分の体の中に存在する魔力溜りと向き合い。魔素を感じるには精神を自然と溶け合わせる必要がある。その精神を自然に溶け合わせるということが人族と獣人族には難しいとされ、逆に耳長族は得意とされる。
「……」
さて、そんな修行をするアルヴィスだが。今行っているのはその魔素の流れを感じる修行だ。少しでも心が乱れれば自分の精神が乱れ、すぐに失敗に変わる。だからといって精霊にとって魔素は食事であり力だ。苦手なままで終わらせていいものでもない。
「はぁ、ダメだっ」
汗を拭ってアルヴィスは立ち上がり、スタスタと木陰に座り込み。空を見上げる。青々とした空を見て、アルヴィスはヨルゼ王国の事を思い出していた。
◇数日前◇
シュバルツとともにヨルゼ王国を立ち去ろうとしたアルヴィスを呼び止めたのはシュバルツの契約者のエルメラだった。美しい金髪を風に揺らしながらアルヴィスの手を取り彼女は微笑んだ。
「我が国を救ってくださった水精霊王様に感謝を……」
その表情は大人びており、まだ10歳とは見えない。だがシュバルツはそれに対して何も言うことはなく帰りを急かし、アルヴィスは精霊樹の森へと帰ってきたのだ。
◇
アルヴィスは深くため息をつくとその場に寝っ転がり目を閉じる。
「契約者か…僕も見つけられるのかなぁ」
そう小さく呟きながら。




