◆消えない闇
◆
川がとうとう枯れた。
「お母さん、私隣の村まで水を貰いに行ってくるね」
「シュナ…私もいくわ」
布団から起き上がろうとしたお母さんの肩を優しくなだめて笑う。お母さんには無理はさせられないしさせたくない。でもだからってほっといたら水が手に入るわけじゃないから。
「大丈夫だよ、お母さん」
私はそう言って水入れを持って笑う。
喉が渇いた。お腹がすいた。陽射しが強くて、目の前が少しくらくらする。ああ、早くお母さんに水を飲ませてあげなきゃ。
焦る気持ちで頑張って歩く。隣村は少し離れた場所にあって、私の足じゃ往復に半日かかってしまう、だから転んで怪我なんてしてる暇はない。ちゃんと気をつけて歩く。
しばらくして隣村が見えて、ほっと息をつく。
良かった。魔物とかでなくて。
やっぱりちょっと怖かったし不安だったし。
大丈夫かな、私ちゃんと話せるかな。お母さん以外の人と話すのは初めてだけど……でもきっと大丈夫だよね。
丁度近くを女の人が通って、その背中に声をかけようと走りよって…その人が振り返ってくれたから。嬉しくて笑う。
「あの───」
「……ッ誰か!」
なのにその人は私を見るなり悲鳴をあげる。
「え?」
「バケモノがいるわ!誰か!助けて!」
バケモノ?バケモノってなに?
唖然とその様子を見ているとそれを聞きつけた村の人達が家から出てきて手には農具を握っていて。怖い目で私を睨み付けていて。
持ってきた水入れをぎゅっと握りしめて少し後ずさる。なに?怖い、なんで。私何もしてないのに。
私が最初に声をかけた人が恋人らしい村の男性に抱きしめられて私を再び見る。──その目には恐れがあって。
「気持ち悪い」
そう、私に言い放って。
なんでか分からなくて、訳が分からなくて。でも村の人たちは武器を手にしてまるで私を──殺そうと、しているみたいで。
水入れを放り投げて振り返り走る。逃げなきゃ…逃げなきゃ、じゃなきゃ殺される…っ
「追え!」
「逃がすな!」
お母さん、お母さん。嫌だ、怖いよ…お母さん。
必死に走って走って…少しでも遠くに逃げようとするのに後ろから聞こえる声はまだ遠のかなくて。息が切れていく、足が震えていく。その震えが全身に広がり、もう止まってしまった方がいいんじゃないかって考え始めて。その考えが恐ろしくなる。
「殺せ!」
死にたくない。死にたくないよ。お母さんに水を……なんで、何でこんなことになるの?ただ水を分けてもらおうとしたのに。
「いやぁぁ!」
髪をギリギリと引っ張られて、後ろに倒れ込む。痛い、髪も…頭も、手も、足も……全部全部。
「離して、離してよっ」
腕を押さえつけられて顔を見られる。私の顔をのぞき込んだ男の顔が歪む。まるで恐ろしいものを見るように。
「赤い目に…白い髪……おい!お前ら他に仲間がいないか探してこい!」
赤い目?……なにそれ、他に仲間?やだ、やだ。行かないでやだよ、そっちは、そっちには────
「村長!女がいます!」
お母さんが…いるのに。
「……離してえええっ」
嫌だよ、嫌だ。お母さん…お母さん、!
男によってお母さんが引き摺られるように引っ張り出される。お母さんの綺麗な金髪が日が堕ちる色に混ざって……溶けて。
それで
「お願いします…私はどうなってもいいの……だからシュナはシュナだけは」
お母さんがそう言ったの。お母さんはそう言って私に笑って、そしたら。そしたら私を抑える男の人が笑って、心底おかしそうに笑って。
「バケモノを人間が守ろうって?巫山戯るな!裏切り者め!」
私から離れて行くとお母さんを殴りつけた。綺麗な、綺麗な髪に赤が混じる。ガタガタと体が震えてお母さんの方に行こうと体を動かしても男の人たちに押さえつけられて。
「お母さんっ、お母さんっ」
そう言ったらまたおかしそうに笑った。
私の方を見て。
そして、木の棒を振り上げるの。
私のことをお母さんのことを嘲笑って。
それを振り下ろすの。
「嫌ぁぁぁぁあああ!」
私の声だけが響く。暗い……暗い場所に。
どうして、私達は何もしていないというのに
“いつも”奪うの…?
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